すぐ傍にいる悪
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ギルド本部のホールが、一転して殺伐としたどよめきに包まれた。それらはすべて、壇上に引き出された勾原たちに注がれている。そのすぐ傍に立つレオンはどよめきを制さぬまま、硬い表情で口を開いた。
「この者たちはヤナギ殿らと同様、先だって転移してきた勇者たちだ。崩落の直後、小さな木立の迷宮付近の荒野に屯していたため、本件に関する重要参考人……もしくは下手人と判断し、連行した」
先ほどまで明るかった場内が、一転して怒声と野次に包まれる。
対する勾原たちの態度は、各々で違っていた。勾原と山田は聴衆たちを睨みつけ、松本と恵月は俯き、園里と外波山に至っては今にも泣きだしそうな顔をしている。
「崩落発生の際、発生地点に八名の勇者がいたことが確認された。うち二名はヤナギ隊。人数からして、残りの六名は君たちだと判断している。……なにか、言いたいことはあるかな?」
「た、たまたまですっ! オレたちぁ関係ねえっ!」
「あの辺りを散策していただけですっ!」
必死な表情で口火を切ったのは、勾原と山田だった。
「散策したらいきなり地面が崩れてっ! 巻き込まれそうになったんですっ!」
「そ、そうですっ! 俺たち、何もしてません!」
「だ、迷宮の討伐作戦前にぃ、下見してただけですって!」
(こいつら、よくもまあ抜け抜けと……!)
さすがに内心の憤りを抑えかね、右足が一歩前に出る。だがマリーが口元に人差し指を当てたのを見て、すんでのところで堪えた。レオンは冷たい微笑を浮かべると、黎一に顔を向ける。
「さて、ヤナギ隊の二名に聞こう。君たちは崩落に巻き込まれた後、此度の戦果を挙げたわけだが……そもそも、なぜ崩落地点にいたのかな?」
「ギ、ギルドから、掃討作戦の前に先行調査やるって、魔伝文をもらったからです……」
震える声でぼそりと告げると、レオンはわざとらしく訝しげな表情を作る。
「ほほう、それはまた異なことだね。確かに大規模な作戦の前にはそういった任務が発生することもあるが……原則として、熟練の冒険者をあてがうことになっている。たとえロイド村を救った英雄とはいえ、青銅級の冒険者に声がかかることはないんだがね」
「……ギルド本部の端末を調査した結果、崩落発生の前夜に該当の魔伝文が送信された形跡がありました。なおその日の夜勤担当者に、覚えはないそうです」
「誰かに嵌められたってことか?」
「ギルドの職務怠慢じゃないか」
「いや待て、勇者の能力なら……?」
横からしれっと答えたマリーの言葉に、場内のそこかしこからざわめきが漏れる。レオンはそれを制することもなく、ふたたび口を開いた。
「では、引き続きヤナギ隊の二名に伺おう。崩落発生時……他に、誰がその場にいたかな?」
山田や松本たちの顔が、さっと青ざめる。
「あ、そうだ! 顔は分からなかったけど……誰かいたのは見えました! 助けようとしたら、地面が崩れちゃって……」
「そうだっ! 俺たちは助けようとしたんだっ!」
「お、おおう!」
「……君たちの発言は許可していない」
山田や松本、恵月の抗弁を、レオンがあっさり切り捨てる。
ただひとり勾原だけは、歪な表情で黎一を見つめていた。『これ以上しゃべったら、殺すぞ』――そんな風に言っているようにも見える。
(なあ、勾原……。お前、そんなにダサかったっけ)
怒りは湧いてこない。あるのは、憐憫にも似た哀しみだけだった。
小鬼頭のように最期の瞬間まで戦うわけでもなければ、ガディアンナのように堂々と戦いを受けて立つわけでもない。同じく人を手にかけるなら、魔物たちのほうがよほどマシだ。
胸に在る苦々しい感情を吐き捨てるように、言葉を紡ぎ出す。
「この六人が、いました。蒼乃と引き離された後……松本が地面に手をついた瞬間に、崩落が始まりました」
「私もこの六人と会いました。私が振り向いた時には、すでに崩落が始まってましたけど……大きな爆発音がしたのは覚えています」
「ほほう。ヤナギ殿、爆発がマツモト殿の制御だと考えた根拠はなにかな?」
「自分の能力……魔律慧眼は、周囲の大気や物体の魔力の色が見えます。あの時、周囲の地面に五つの赤い光点がありました。それは、松本が手をついたと同時に爆発したんです」
「……昨晩、ギルド本部の倉庫から炎焔石が五つ、持ち出されていました。ヤナギ様の証言にある、五つの赤い光点と一致します。マツモト様の能力は魔力増幅。地盤の緩い地点で五芒星の陣と併用すれば、崩落を引き起こすことも可能でしょう」
追い討つように告げるマリーの言葉に、ざわめきがさらに大きくなる。そんな中、顔を青ざめさせた松本が這うように進み出た。
「俺はそんなことしてませんっ!」
「この二人、あたしたちを陥れようとしてるんです! この二人が爆発起こしてたって、不思議じゃないでしょっ⁉」
「二人に崩落を起こす理由があるとは思えないが……ヤナギ殿、アオノ殿。他に言いたいことはあるかな?」
面白げなレオンと不安げな蒼乃、二人の視線が突き刺さる。つまるところ、勾原たちがあの場にいた物的証拠を出せということだ。
仮に魔伝文や盗難が勾原たちの仕業であったとしても、崩落を引き起こした決定的な証拠にはならない。蒼乃も崩落が発生した時は、数十メートルほど離れた位置にいた。証言以外の証拠は出せない。
(でも、ひとつだけ……ある)
「勾原の、靴を調べてください。焼けた跡があるはずです」
「ほほう?」
「崩落が起こった時、自分が撃った魔法が勾原の靴をかすめました」
「……マガハラ殿、靴を見せていただいても良いかな?」
レオンが、にこりと笑う。
その視線の先にいる勾原の靴には、裂傷に似た焦げ跡がたしかに残っていた。
「ち、ちげえっ! これは……」
「ヤナギ殿。彼ら六名は、たしかに崩落の現場にいた。……間違い、ないかな?」
レオンの言葉に、力強く頷く。
それを見た勾原が、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「テメエッ! ざっけんじゃねえぞコラアッ!」
「……そこまでおっしゃるなら、答え合わせしましょうか?」
見れば口元に指を当てたマリーが、満面の笑みを浮かべていた。
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