凱歌の中で
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黎一が目を開けた時、真っ先に飛び込んできたのは見知った天井だった。ヴァイスラント王宮の医務室だ。
(またここか)
ゲームで全滅した時に戻されるセーブポイントを思い出しながら、身体を起こす。
患者用のガウンを着せられた全身は、例によって包帯だらけだった。鼻孔を刺激する薬草の香りが、前よりキツイ感じがする。
「あ、起きた?」
声のほうを見れば、蒼乃がやはり包帯だらけの姿でベッドに腰かけていた。体勢からして、ずっと黎一を見ていたらしい。
やはり患者用のガウン姿だが、裾から覗く両脚には黎一以上の包帯が巻かれている。
「足、ボロボロだったってさ。それでもすぐに治っちゃうんだから、不思議だよね」
蒼乃は黒髪をいじりながら、おかしそうに笑った。
白い雷光を纏い地精王獣と対峙した、天使のごとき姿を思いおこす。目にも止まらぬ速さの代償は、相応のものだったはずだ。それでも身体機能に障害がないのは、勇者紋のおかげなのだろうか。
「すっかり医務室の常連になっちゃった。ウチの学校にもさ、保健室の常連っていたよね」
「……そうだな」
ぽつりと言うと、蒼乃が目を見開いた。黎一が喋ったことが、よほど驚きだったらしい。
「すっごい……。あんたがまともに話に応じたの、はじめてじゃない?」
(やかましい)
急に腹立たしくなって、視線を逸らした。
しかし蒼乃は視界の外で、くすくすと笑っている。
「なんか、あんたの女性恐怖症にも馴れてきちゃった。あの地精王獣に比べれば、よっぽどマシ」
(比較対象がおかしいだろ)
軽口を遮るべくカーテンに手をかけたところで、医務室の入口に気配がした。
「……お邪魔しちゃって、いいですかぁ?」
柔らかさの中に、どこか棘を含んだ声。目を向ければ、そこにはマリーの姿があった。
錫杖こそ持っていないものの、紋様の刺繡が為された厚手のガウンと長衣、ガウンと揃いの刺繍が入った革製の篭手具足と完全武装のままである。着替える暇もなかったのだろう。
「戻って、来てたんですね」
「はいっ! おかげさまで小さな木立の迷宮にいた人たちは皆、無事に救助できましたから。遺跡の調査は後続の方に引き継いで、お兄様とわたしは戻ってきたんです」
どことなくムッとした蒼乃の声に、マリーは笑顔で応じた。
やりとりの中になかった情報を求めるために、黎一は口を開く。
「……アイナさんは?」
「あ、ご心配なく。大事を取って別室で検査中ですけど、命はもちろん身体にも別状はありません。レイイチさんの応急処置が早かったおかげです」
(うわマジかよ……。あの人の身体、なにでできてんだ?)
予想外と言えば予想外の答えに、唖然とする。
瀕死の重傷すら治す薬を二本も使って、ようやく蘇生したのだ。身体に後遺症くらい残るのでは、などと心配しての確認だったが、どうやら杞憂だったらしい。
そんな黎一の思考を見透かしたように、マリーはふたたび笑った。
「ま、まあ、アイナさんもアイナさんで特別製ですから……」
「てか、小さな木立の迷宮ってホントに消えたんですか? あの遺跡って、結局何だったんです? ほんとにレリックなんちゃらの遺跡なんですか?」
好奇心ゆえかはたまた別の理由か、蒼乃が矢継ぎ早に口を挟む。マリーは一瞬だけ口を尖らせたが、すぐ笑顔に戻って口を開いた。
「あっと、そうだ。お怪我で辛いかもですけど、あと少ししたらホールにお集まりください。その辺の話もありますから」
「その辺の話も、って……他になにがあるんです?」
訝しげな表情の蒼乃を見ながら、マリーは自らの口に人差し指を当てた。
「ご協力いただきたいことが、あるんです」
* * * *
数時間後、黎一は蒼乃と連れ立ってギルド本部のホールに足を運んでいた。扉の前に立つと、中から以前にも増して大きなざわめきが聞こえる。明らかに、級友たちだけではない。
(……ひょっとして、前より増えてる?)
「ほら、早く入ろ」
たじろぐ黎一を押し退けて、蒼乃が扉を開けた瞬間――。
「おお、英雄殿のお出ましだ!」
「八薙君、蒼乃さんおっつかれ~!!」
「きたきた、最強ペア!!」
「勇者に栄光あれ!」
どっと響く声に、思わず部屋の中を見回す。
部屋には天叢たちをはじめとした級友一同の他、見慣れない顔ぶれがいくつもあった。冒険者風の男女もいれば、礼服に身を纏った貴族風の者、果ては立派な鎧を着込んだ騎士までいる。その者たちすべてが、黎一と蒼乃に拍手と喝さいを浴びせているのだ。
(や、やべえ……。酔いそう……)
頭がくらっとする。元々、人混みは得意なほうではない。
いっそ部屋の隅に隠れようかと思ったが、十戒の神話に語られる海のごとく、綺麗に割れた人混みがそれを許さない。
(完ッ全に、見世物だなこりゃ……)
仕方なく、祝福を受けながらホール奥の壇上へと進む。ちなみに蒼乃は、笑顔で手を振り返す余裕ぶりだ。
ようやく壇上にたどり着いた時、見計らったかのように礼服を纏ったレオンが現れた。隣につくマリーも、すでにいつものギルド職員の制服に戻っている。
「急な告知にも拘らず、これだけの方々が集ってくれたことを嬉しく思う。なぜならこの論功行賞は……王国始まって以来の、快挙を讃えるものだからだ」
レオンの鷹揚な声に、会場のそこかしこから拍手が上がる。
皆が鎮まるのを待って、レオンはふたたび口を開いた。
「本日正午、小さな木立の迷宮において崩落が発生したことは周知のとおりだ。この崩落によって、当該迷宮の迷宮主が出現した。その正体は伝説に名を残す六天魔獣の一柱であったが、ここにいるヤナギ隊の二人が、現地の冒険者と連携し……見事、討滅に成功した!」
会場全体が、割れんばかりの拍手と喝さいで沸き上がる。
まるで眼前に詰め寄られているかのような熱気に、軽くめまいを覚えた。なんとか気を張るべく、脳裏の思考に意識を向ける。
(レオン殿下、相変わらずだな……。ってか地精王獣、滅んでねーぞ。多分……)
地精王獣もといガディアンナの言葉を借りるなら、しばしの眠りについただけだ。そも竜人たちに滅びがあるのかすら定かでないが、いずれにせよ討滅という言葉は相応しくないように思える。
(まあ、いっか……。今のこの人たちにとって大事なの、そこじゃねーし……)
この場の者たちにとって大事なのは、『首都の間近に現れた伝説の魔物が、街を蹂躙する』という未曽有の惨事が回避されたことだ。口を挟める状況でも雰囲気でもない。
仕方なく、続くレオンの言葉に耳を傾ける。
「迷宮主の討滅により、小さな木立の迷宮は消滅した。当該迷宮の跡地は、大地の魔力を大量に含有する魔力湧出点として機能することを確認済みだ。また跡地の最奥からは、新たな遺跡が発見された。調査中ではあるが……焉古時代のものであることは、疑いようもない」
場内が、ふたたび拍手と喝さいで満たされる。級友たちの反応が薄いのは、焉古時代や魔力湧出点といった言葉を解さぬためだろう。対照的なのは貴族たちだ。惜しみない拍手と賞賛を送りながらも、並々ならぬ感情の色を漂わせている。
レオンは沸き上がった場内を手で制すると、一転して表情を硬くした。取り巻く白色の魔力が、冴えた青色に変わる。
「ここでひとつ、残念な事実を伝えねばならない。事の発端となった崩落だが、人為的なものであることが確認された。その下手人と思しき者たちは、すでに我らの手で捕えてある。ついてはこの場で、公開裁判を行うこととする。……連れて来い!」
レオンの声に応じて、壇上の裾から枷を嵌められた六人の男女が引っ立てられるようにして出てくる。
その中のひとり――勾原は、黎一の顔を恨めしげな視線で睨みつけた。
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