本当の勇者
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遺跡に、沈黙が落ちる。
隣にいる蒼乃の言葉に、思考が追いつかない。
「こいつが……全部知ってる?」
「うん。てか、五百年も生きてるなんて変だし。もし焉古時代の技術で、生きてるんだとしたらだよ? 元の世界に戻る技術があったって、おかしくないじゃん?」
蒼乃を無視しようとしていたことも忘れて、燃えさしのような剣を見つめる。
”剣”は黎一たちの出自を知っている。父である聡真のことも、おそらく知っている。そこまで思い至った時、無意識のうちに口の端がつり上がった。
「ハ、ハハハ……ッ」
級友に嵌められ、地の底の遺跡へと辿り着き、化け物に襲われて――。挙句に手に入れた剣が、失踪した父の行方と、元の世界に帰るための手掛りときた。
話が出来すぎているのか、出来ていなさすぎるのか。考えがまとまらぬうちに、気づけば笑っていた。
「フ、フフフッ……アハハハッ」
蒼乃も同じだったのか、釣られて笑いだす。
隣で眺めていたアイナも、くすりと笑った。
「フフッ。大したものだな、そなたらは」
「ハハッ……なにも、大したもんじゃないっす。好きでやったわけじゃない」
「そんな顔をするな。何も為さぬ者は、事に巻き込まれたりなどしない」
吐き捨てた言葉に、アイナは優しく応じる。
「なぜ勇者が、この世界に来るかは分からない。だがその先、事に巻き込まれたのは……そなたらが進むと決めたからだろう?」
「……なん、ですかね」
ぼやきながらも、思い起こす。
たしかにロイド村の救出活動で死線を潜らなければ、”剣”との出会いもなかった。勾原たちの恨みを買いもしなかったかもしれない。そうすれば、一番乗りで遺跡に来ることもなかっただろう。
「真に勇ましき者とは、強き者でも賢き者でもない。自らの意志で決めて、進んでいける者だ」
アイナの言葉が、心に優しく突き刺さる。
居なくなった父と、変わってしまった母と、切り捨ててきた人たちと。思い出ともつかぬ記憶の残滓が、胸に去来する。
(説教くせえ話だな)
だが、悪い気はしない――。
そんな思いを、突如現れた光が遮った。
「……は?」
遺跡の床へと降り注いだ光は、ひとりでに動き出し魔法陣へと姿を変えていく。その数は間隔を空けて次々と増えていき、やがて四つほどの列を成した。見覚えがある。島から転移された時の魔法陣と、同じだ。
「ちょっと、まだなんか出てくんの⁉」
「いや、待て……助かったぞ」
慌てふためく蒼乃をアイナが制した瞬間、最前列にある魔法陣のひとつが大きく輝いた。漏れ出た光はまたたく間に人の形を取り、やがて見覚えのある女性の姿へと変わっていく。
「レイイチさんっ! ご無事ですかっ⁉」
(……だからなんで俺だけ?)
光から飛び出てくるなり緊迫した声で問うてきたのは案の定、マリーだった。
茶髪のボブカットにあどけない顔立ち、小柄なわりに胸が主張している身体つき。だが出で立ちは紋様が刺繍されている厚手のガウンに、革製の篭手具足と完全武装だ。
「ついでに私もいますがね。見ての通り皆、無事です」
アイナが、心なしかムスッとした声で告げる。
隣の蒼乃からも妙な怒気を感じるが、気のせいということにしておく。
「アイナさんまで、なんでっ⁉ あ、そっか……。魔力検索、引っかからないから……」
マリーが驚愕の声をあげるとともに、隣の光から出てきた人物が並び立つ。
白銀の鎧と篭手具足の上に青藍の外套を纏い、右手には絢爛な装飾が施された片刃剣を携えた、金髪長身の美丈夫――。他ならぬ、レオン王子である。
「……これは一体、どういった状況かな?」
レオンが端正な顔に戸惑いを浮かべる間にも、他の光が次々と形を成す。
出てきたのは、金属製の武具に身を包んだ冒険者たちだ。男女比率は、ざっと三対一。装備と動きから、熟達者であることがひと目で分かる。しかし彼らの引き締まった顔立ちにも、すぐにレオンと同じ色が浮かんだ。
「皆さん、どうしていきなり遺跡に……?」
呆気にとられる蒼乃の言葉に、マリーはハッとした顔になる。
「あっ、と! 崩落と迷宮主の出現を検知して! お二人が巻き込まれたのが分かったので、魔力波形の座標を特定して直接転送したんです! で……って、あ、れ……?」
一気にまくし立てたところで、ようやくマリーの視線が地精王獣の骸に移った。ちなみにレオンや他の冒険者たちは、出現した時点で地精王獣の骸しか見ていなかったりする。
「まさか……っ! 倒しちゃったんですかあっ⁉」
その言葉を契機に、冒険者たちにも動揺が広がった。
「おいおいマジかよ……」
「アイナはともかく、あの子たちってこないだ来たばかりの……?」
「ああ、原石級だ」
「冗談でしょ? 迷宮主よ?」
「いくら勇者だからって……」
そんな冒険者たちのざわめきを、不意になった鋭い音がかき消した。レオンが片刃剣を納刀したのだ。
「肌でも感じる魔力の質量、疑うべくもない……迷宮主は倒れた。マリーディアは転移魔錨を設置。メルヴィ、君は回復役として残ってくれ。他の者は三人一組で散開。一組は遺跡内を探索。残り二組は……」
「……ひとつだけ、お願いがあります」
にわかに別の種類のざわめきを発する一同を制するように、黎一はおもむろに口を開いた。
「なにかね?」
「遺跡の中に魔物はいません。だからこの階層の奥にある、礼拝堂にだけは……入らないでもらえますか」
蒼乃の視線が向けられた気がした。また地精王獣が目覚めたら嫌だとか、そんなことを思ったわけではない。ただ己を認めてくれた女傑を、安らかに眠らせたい――そう、思ったのだ。
レオンはしばし黎一の顔を見ていたが、やがて鷹揚に頷いた。
「分かった、約束しよう。……遺跡の捜索は後回しだ。全員、遺跡の外に出て、小さな木立の迷宮の生存者を探せ」
レオンの言葉を契機に、冒険者たちが三人ずつになって散っていく。
その様を見守っていると、優しく温かい光が身体を包むのが分かった。冒険者の一人がかけてくれている回復魔法だろう。
ふと、隣の蒼乃と目が合う。優しく微笑んだ顔を見たと同時に、身体から力が抜けた。
(父さん、母さん……俺、少しは頑張ったよな……? たまには……褒めて……)
微睡む意識の中――記憶の中にいる両親が、少しだけ笑った気がした。
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