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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第一章 俺と彼女が、異世界でやることを決めるまで
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手を取り合って

お読みいただき、ありがとうございます!

 黎一はひとり、ガディアンナと対峙した。物言わぬ計器類に剣が在った石櫃しかない遺跡の端だが、見えないなにかが戦いを見守っている気がしてくる。

 一本だけ残ったガディアンナの前角は肥大化し、今や翡翠色の剣のごとき大きさになっていた。その見た目は、もはや牛というよりサイに近い。


(これで落とせなけりゃ……!)


 ぎり、と奥歯を噛みしめ、脚に力を込める。

 蒼乃とアイナは、視界の端でうずくまったまま動かない。生きてはいそうだが、放っておいていいわけでもないだろう。


「……やはり、似ているな」


 そんな黎一の気勢を殺ぐように、ガディアンナがぽつりと言った。見れば、なにかを懐かしむかのような笑みを湛えている。


「小僧、よくぞここまで戦った。誉れ高き戦士として、名を聞こう」


「……レイイチ。レイイチ・ヤナギ」


 威厳のある声に気圧されぬよう、腹から声を出して名乗る。


『レイイチだぁ……? カカッ、なるほどねぇ……』


 それを聞くなり”剣”どころか、ガディアンナまでがくつくつと笑いだした。


「フッ、ハハハハッ……。そうか。合点がいったわ」


 悟りきった言葉とともに、戦斧が一振りされた。その姿が、片手で振るえる長さの斧槍(ハルバード)へと変化する。アイナの斬撃で左手指を失ったためだろう。笑みを湛えた顔が、ギラつく獣の顔へと変わった。


「よかろう、レイイチよ。……来いッ!」


(なんだか、知らねえがッ!)


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)――万霊祠堂(ミュゼアム)! 一心深観(ディープ・フォーカス)!」


 ふたたび、動体視力を向上させる能力(スキル)へと切り替える。周囲の魔力(マナ)が尽きた以上、魔力喰鬼(ビッグ・イーター)を保持したまま戦う意味はない。

 黄金の竜巻と化した剣を構えて、ガディアンナへと突進する。互いの距離が、一気に詰まった。


「ッハアッ!」


 振り下ろされた斧と、横薙ぎに繰り出した剣が交差する。炎と風、土の魔力(マナ)がぶつかり合うのを、肌で感じる。烈しい衝撃が生まれ、弾かれるように距離を取る。

 剣に魔力(マナ)を纏いなおすことは考えない。ガディアンナがそれを許すとは思えないし、なにより体力が保たない。剣が纏う魔力(マナ)が尽きる前に、角を折れれば勝つ。折れなければ――。


「にゃろうッ!」


 迷いを振り切って、剣を振るった。纏った炎と風の力が加わっているのか、敵の得物の重さをものともせずに弾き飛ばす。しかし一合、また一合とするたびに、剣が纏う黄金の竜巻は少しずつ輝きを失っていく。


(保って、くれよッ!!)


 赤と黄金の魔力(マナ)を想起する。少しでも色が戻れと念じながら、剣を振るった。今、剣の魔力(マナ)を失えば角を折ることはできない。つまり魔力追跡(マナ・チェイス)を利用した剣魔法は使えない。

 祈りが通じたか、斬撃を受けた斧の刃に亀裂が入った。それを見たガディアンナはニッと笑ったかと思うと、刃を返して槍の穂を使った刺突を繰り出す。


「オオオオオオッ!!」


 咄嗟に横へと躱した後、その穂先を目がけて剣を振り下ろした。甲高い音とともに、斧槍(ハルバード)の穂先が斬り折れる。


「大した剣だ! 中身はともかくなッ!」


『黙れや牛女ァッ!!』


 ”剣”の罵声を、意に介す暇もない。ふたたび色褪せた赤金の竜巻に、なけなしの魔力(マナ)を供給する。

 刹那。剣に力を吸われるような感覚に襲われる。


魔力欠乏症(マナ・ロスト)、か……? とっととケリつけねえと、やべえな……ッ!)


 その間、斧の柄を打ち棄てたガディアンナは大きく距離を取っていた。両手を床につけんばかりに身を屈めると、前角を前に出す形で突進の体勢になる。


「仕舞いにしようかッ!!」


 吼えたガディアンナが飛び出した。目まいと倦怠感で、わずかに反応が遅れる。

 やむなくその場で、猛進してくるガディアンナの角を狙って、剣を横薙ぎに振るった。剣と角がぶつかり合い、赤色と金色、苔色と翡翠色の光が飛び散った。朽ちた遺跡の空間にふたたびガディアンナの魔力(マナ)が満ちたのが、魔律慧眼(カラーズ)がなくとも分かる。


『おい、なにやってんだクソガキッ! 押し切られるぞッ!』


 幾度目かの激突の中、翡翠の角の輝きが増した。対する黎一の剣が纏う竜巻は徐々に色を失っていく。


「フ、ハハハッ……! 人の身としては、よくやった……ッ!」


 わずかに顔を上げたガディアンナが、笑った。その顔を見た時、ふたたび母の面影が心に押し寄せる。身体が震えた。力が抜けるのが、自分で分かる。

 死にたくない。だが願おうが、祈ろうが、目の前に迫る力には届かない。


(ダメ、か……?)


 ぽつりと、諦めが零れ落ちた時。

 ぼやけた視界の端から、白い雷光が奔った。横合いから振るわれた渦巻く風の刃が、ガディアンナの角を挟み込むようにして押し戻す。空間を満たす魔力(マナ)の彩りに、白い光が加わった。


「……なに、へたれてんのよ」


 刃の主――蒼乃が、視線を向けぬまま言った。せめぎ合いが生む風に、黒髪が揺れる。


「死ぬなって言ったの、あんたでしょッ! 何度言わせる気ッ⁉」


「ッハハハハッ! 面白いッ!」


 ガディアンナの哄笑とともに、剣にかかる圧力が一層増した。だが新たに加わった白の魔力(マナ)が、前進を許さない。


(いつもいつも、この女はッ……!)


 思い出す。まだ、文句を言っていない。


「文句言いたければッ! 生き残った後でッ! ちゃんと言いなさいよねッ!!」


(顔も見ねえで分かるか普通ッ!)


 散っていた赤と黄金の魔力(マナ)が、ふたたび黎一の剣へと集う。色褪せていた竜巻が、力を取り戻す。

 翡翠の角も負けじと輝きを増す。だが赤と黄金、白の光と交差した部分に、わずかな亀裂が生まれた。亀裂から苔色の光が流血のように溢れだし、彼我の勢いの差は見る見るうちに大きくなっていく。


「まだだ……ッ! まだ……愉しもうぞおッ!!」


 しかしそんなことは歯牙にもかけず、ガディアンナはますます猛る。その意気に呼応するかのように、角がふたたびその大きさを増した。

 対する黎一の剣の光は、今にも消えそうなか細い輝きになっている。


(やべえ……ッ!)


 蒼乃の刃だけでは、翡翠の猛威に打ち勝つことはできまい。

 最悪の未来が、脳裏をよぎった瞬間――。


『手を、繋ぐんだ』


 ――懐かしい、声がした。

 ”剣”の声ではない。


(……ッ⁉)


 それはあの日から、聞こえなかった声。

 聞きたくとも、聞けなかった声だった。


『さあ、手を』


(父、さん……?)


 言葉のままに左手を柄から離すと、蒼乃のほうへと伸ばした。気づいた蒼乃は一瞬、戸惑いの表情を見せたが、すぐその手を取る。

 温もりと怖気が、同時に訪れる。それとともに、意識の中に薄暗い石堂が顕現する。


万霊祠堂(ミュゼアム)⁉ 呼び出してないのに、なんで……⁉)


 疑問よりも早く、石堂に並ぶ石碑のひとつが光を放つ。繋いだ左手が、わずかに疼いた。


(一体、なにが……)


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)ッ! 無足瞬動(ペネトレイト)ッ!!」


(……⁉)


 押し寄せる疑問に応えるように、蒼乃の声が響いた。

 叫んだ名は、万霊祠堂(ミュゼアム)の中に在った能力(ちから)だった。自身の次の挙動に、超加速を加える能力(スキル)だ。

 告げた名は力を示し、蒼乃の身体が加速する。白き雷光の刃は圧を増し、翡翠の角に入った亀裂を大きくしていく。


(あと、少しッ!)


 繋いだ手をそのままに、一歩踏み出した。

 消えかけていた赤と黄金の竜巻がふたたび渦巻く。角に走った亀裂が、見る見るうちに角全体へと波及してゆく。


能力(ちから)を、渡した……ッ!! やはり、貴様はァ……ッ!!」


 笑うガディアンナの言葉が、終わる前に――。

 交差した二つの刃に挟まれた前角が、高々と斬り飛ばされていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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