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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第一章 俺と彼女が、異世界でやることを決めるまで
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忌み嫌うがゆえに

お読みいただき、ありがとうございます!

 黎一を中心に、柔らかな炎の暖気が遺跡に広がっていく。先ほどまで重苦しかった空気が、にわかに変わった。

 対峙するガディアンナは邪魔する気配もなく、ただ黎一の為すことを見守っている。気にすることなく、ふたたび己が中の能力(ちから)を振るう。


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)万霊祠堂(ミュゼアム)……風巧結界(デフト・ウィンド)ッ!!」


 言葉とともに、穏やか風が遺跡を吹き抜けた。

 今、魔力(マナ)の色は見えない。だがおそらくは炎を示す赤と、風の顕現である黄金の魔力(マナ)とが、綯い交ぜになって空間を支配しているだろう。


能力(スキル)を二つ……⁉ そなた、一体……何をしている⁉」


「うっわあ……! 身体、軽っ!」


(やっぱり、な)


 アイナと蒼乃の声に、黎一は己の仮説が正しかったことを悟る。なんのことはない、講義(レクチャー)で習ったことの応用だった。

 この異世界において、地水火風の四大属性は四すくみの関係にある。火は地に、水は火に、風は水に、地は風にそれぞれ強い。


(だがウンすくみなんてのは、互いの力が拮抗してる時にだけ成り立つ方程式だ……。ひとつの力が圧倒的になったなら、周りのヤツは弱るに決まってる。学校で何度も見てきた)


 ここまでの道中で感じていた苔色の魔力(マナ)は、地精王獣(ベフィモス)の復活により放たれた地の魔力(マナ)だ。故に、地の弱点属性である火の魔力(マナ)で地の力を相殺するとともに、影響力が弱まった風の魔力(マナ)を供給することで蒼乃の体調を回復したのである。

 ――己の中に在った、能力(ちから)によって。


能力(ちから)が二つ……いや、三つか」


(クソッタレ……。魔律慧眼(カラーズ)のこともバレてやがんのか)


 ほくそ笑むガディアンナを前に、心の中で舌打ちする。()()()()()、と侮ってくれれば幾分やりやすかったのだが、さすがにそこまで甘い相手ではないらしい。

 雰囲気が伝わったのか、ガディアンナは表情を変えぬまま言葉を続ける。


「異界より舞い降りた者は、我らの時代にも存在した。紋の(くびき)を代償に能力(ちから)を振るい……我らが世に多くの繁栄と、(わざわい)をもたらした」


(五百年前にも、勇者(ブレイヴ)がいた?)


「その中でも数多の能力(ちから)を振るった者は……ただ一人のみ。時に憂い、時に焦がれ、時に交わった……」


 ガディアンナの顔から、笑みが消えた。


「小僧、なぜその力を振るう? この地、この時代(とき)に、なぜ貴様が……その能力(ちから)を持つッ!」


 感情が、渦を巻いた。魔力(マナ)の色が見えずとも、火と風の気配がわずかに揺らいだのが分かる。


干戈(かんか)を交え、見極めてくれるッ! その能力(ちから)、その魂ッ! 我が最愛の存在(もの)であるかをなッ!!」


(恋煩いなら……他所(よそ)でやってくれッ!!)


 黎一は、咆哮するガディアンナへと走った。剣に灯した赤き炎が空間に満ちる炎の魔力(マナ)と重なり、紅焔を噴き上げる。

 対するガディアンナも、突進を以って応じた。諸手に持った長柄の戦斧を尾のように構え、まっすぐに黎一へと突っ込んでくる。


「フッ!」


「ハアッ!」


 渦巻く紅と、翠の閃きが、交錯した。鐘の音に似た衝撃音が響いたかと思えば、ガディアンナはすでに次の挙動へと移っている。


(ここだッ!)


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)万霊祠堂(ミュゼアム)! 一心深観(ディープ・フォーカス)!」


 刹那、意識が暗い石堂へと飛んだ。そのまま無数の石碑のひとつへと吸い込まれ――能力(スキル)が、切り替わる。

 視界の一部を犠牲にして、対象の行動を観測する能力(スキル)らしい。


(ぶっつけ本番だが、やるしかねえッ!!)


 目の前で戦斧を振りかぶる女傑を強く意識すると、周囲の視界がぼやけた。代わりにガディアンナの姿に重なるように、残像のような軌跡が生まれる。動きと姿勢から導き出される、数瞬後の行動を示す軌跡だろう。

 頭上に降り来る翠の斬撃を、すんでのところで躱す。続いて横合いから来る石突は、ガディアンナの右横に回り込んで避ける。


「貴様ッ! 逃げるだけかッ!」


(ああ、そうだよ!)


 煽りとともに繰り出された戦斧の刃をしゃがんで躱し、潜るように足を横に薙いだ。

 紅焔がわずかに露出した褐色の肌を焼き、斬撃が肌にわずかな傷を創る。


「チイッ!」


(逃げ回るのだけは、得意だからな!)


 軌跡が、空いた左腕を動かすことを告げた。その掌に生まれた翡翠の輝きが放たれる前に、黎一はさらに右横にするりと抜けている。

 剣を、間合いの外から振るった。黎一の意志に応じて放たれた紅焔の弧を、ガディアンナは掌の光で迎え撃つ。


勇紋共鳴(サインズ・リンク)魔力追跡(マナ・チェイス)


 光る右手の紋が繰る力に導かれ、紅焔の弧が軌道を変えた。放たれた翡翠の光とぶつかる直前に上へと飛んで、ガディアンナの角を目がけて急降下する。

 角から生まれた光が紅焔の弧を消し去る。だがその間に、黎一はいくつもの炎の弧を生んでいた。そのすべてが、ガディアンナに向かって殺到する。


「えい、小癪なっ! ぶつからんかッ!」


(へへっ、分かってるよ。ウザいよなあ)


 どうせ次は、斧を大振りして弧を消し飛ばしてくる。狙うのはその時だ。

 果たしてガディアンナは、斧をプロペラの如く回転させ、向かい来る弧のすべてを斬り払った。それを見透かしたかのように、黎一は間合いを取って剣を振りかぶっている。

 行動が、手に取るように分かる。だがそれは、軌跡が教えてくれるだけではない。


(影薄くしてれば、見つからない。けど目をつけたら、そこしか見えなくなるんだろ。お前みたいなのは)


 ガディアンナは女性だ。忌み嫌うが故に、その行動は徹底して研究してきた。逃げるために、かち合わぬように。目の前にいた母の眼を、掻い潜るために培ってきた力――今は、前に進むために。

 剣を振り下ろした。紅蓮の弧刃と噴き上がる豪炎が、敵を呑み込まんと一直線に進み行く。


「えええいッ!!」


 ガディアンナが、苛立った声をあげる。

 振るう斧が生んだ衝撃が、炎を散らす。黎一はその隙に、ふたたび剣に火を灯して肉薄している。

 溜まりにたまった疲労ゆえか、足の動きが粘り気を帯びたように重い。それでも、今は、動き続ける。


「オオオオオオッ!!」


 図らずも漏れた裂帛の気合とともに放った炎の斬撃が、ガディアンナの前角を捉えた。


「があ……ッ⁉」


 さすがに堪えたか、ガディアンナは呻きながら後ろへと退がる。

 そこに合の手を入れるように、右後方の背景がゆらりと揺らいだ。


(……⁉)


 水面を思わせる揺らぎの中から出てきたのは、刀を構えたポニーテールの女性――アイナだ。その胸には、翡翠色の五芒星を象った飾りのネックレスが輝いている。


(さっきの焉古装具(アーティファクト)か!)


 おそらく、発動者の姿を一時的に隠す魔法が封じられていたのだろう。

 それを察する間に、アイナの刀が横薙ぎにガディアンナの左角を狙う。だがその銀光は、ガディアンナがかざした左掌に封じられた。


「それで不意打ちのつもりか、剣士よッ!!」


 アイナは嘲りに応じることなく、さっと刀を引いた。そのままガディアンナの背後へと回り込み、引き絞るような構えを取る。


「――穿刻(せんこく)


 滴り落ちる声とともに、巻き込むすべてを微塵に刻む刺突がガディアンナの背中を穿った。かと思えば、アイナの姿はふたたび搔き消えている。

 黎一は、意図を察した。わずかに生まれた隙を突き、ガディアンナの前角を狙って肉薄する。


「ハエのように……鬱陶しいッ!!」


 炎に染まった剣を、片手で振るわれた戦斧が受け止める。そこにふたたび現れたアイナの斬撃も、やはり左手に生んだ光に防がれる。

 ――ガディアンナの両手が、塞がった。


(今だッ!!)


 応えるように、上空から影が降る。風を身に纏い、短杖(ワンド)の先端から生まれる風の刃を構えた蒼乃だ。


斬空風刃(スラスティング・エア)ッ!!」


 かつて二人の命脈を繋いだ風の刃が、ガディアンナの左角に向かって振り下ろされた――。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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