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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第一章 俺と彼女が、異世界でやることを決めるまで

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前を向いて

お読みいただき、ありがとうございます!

 苔色に染まっていた遺跡は、元の金属質な青竹色を取り戻していた。

 計器や研究設備と思しきものが並ぶ景色の中、不敵な笑みを湛えて立つ銀髪の女性は場違いにも見える。だがその身体が纏う覇気は、一切の愚弄や嘲笑を許さぬ圧倒的な存在感を放っていた。

 しかし黎一の脳裏に在るのは、目の前にいる幻想的な存在ではない。


(似てる……。母さんに……)


 母は日本人で、黒髪だ。姿形は似ても似つかない。

 だが似ている。身に纏う存在感が、雰囲気が、似ている。

 ある日、父がいなくなってから、変わってしまった母に。


『どうして、こんなこともできないの――』


『母さんに、恥かかせないでちょうだい――』


 母の声が響く。世界は、違うはずなのに。


『あなたが、あなたがいるおかげで――』


『きゃあっ!! ……殴ったわね!! そうやってあの人も……あの人も……ッ!!』


(俺の、せいだってのか……)


 隣のアイナがなにかを言っているが、耳に入らない。脳裏に”剣”の声が響くが、なにを言っているのか分からない。

 あれだけ漲っていた力が、闘志が、萎んでいく。残るのは、女性を前にした時の身体の震えと、逃げたい一心だけだ。

 以前と、同じ――。


「……前、向いて」


 言葉とともに、左手に温もりを感じる。

 声がしたほうを振り向くと、蒼乃が黎一の左手をしっかりと握っていた。


「私に死ぬなって言ったよね。戻るから、それまで死ぬなって」


 炎の中で背中を合わせた時も、遺跡を走り獣の猛威から逃れた時も。いつも感じていた温もりが、震える身体に沁み渡っていく。


「戻ってきても、死んだら同じでしょ。だから今は……前を向いてっ!」


 忌み嫌った者の言葉が、心に突き立つ。

 ひらりと落ちた言葉は根を張り幹となり、生い茂る枝葉のごとく身体の感覚を取り戻していく。


(まさか蒼乃(こいつ)に、言われるなんてな)


 繋いだ左手を解いた。今、欲するのは、温もりではない。

 蒼乃もそれ以上、手を繋ごうとはしなかった。


『カカカッ、なんか知らんが……やれるな? 萎えちまったのかと心配したぜ』


 狙い澄ましたかのように、”剣”の声が響いた。

 誤魔化すように、剣を一振りして一歩踏み出す。


(黙れ黒マラ。で、なんなんだ。あいつは)


『どうもこうもねえよ。あれがヤツの本来の姿だ』


(本来……? じゃあ、さっきの獣は?)


六天魔獣(ゼクス・ベスティ)なんて言っちゃいるがな。実際は焉古時代(レリック・エイジ)に生きてた竜人(ヤツら)が、己の理想の姿を具現化した存在(もん)なんだよ。さっきの獣は言わば鎧……。お前にしこたまぶった斬られて、使い物にならなくなったってわけだ』


(……ってことは、あいつが本当の迷宮核(ダンジョン・コア)か)


『そんなところだ。だが魔力(マナ)を吸収するのは変わらねえ。また着込まれたら、なんともならねえぞ』


(手はあるんだよな?)


『さっきと同じだ。角を狙え。今のヤツは、魔力(マナ)を喰って実体化してる思念体だ。魔力(マナ)が集中してる(あれ)をへし折れば、実体を維持できなくなるはずだ』


 ”剣”と話す間も、ガディアンナは悠然と戦支度をしていた。褐色の肌を、遺跡の壁と同じ金属質な青竹色の外殻が覆っていく。それが終わったかと思うと、遺跡の床から外殻と同じ色をした巨大な戦斧を創り上げた。

 身を鎧い戦斧を担いだ姿は、さながら歴戦の武帝。おそらくこれが、彼女の戦装束なのだろう。


(俺も蒼乃もアイナさんも、万全じゃない……。長引けば不利だ)


 獣の姿でなくなったことが、プラスに働くとは限らない。裏を返せば、相手の手番が分からなくなった。

 なにより皆、歩き走り戦い、疲弊した後だ。相手が魔力(マナ)を吸収できることも鑑みると、短期決戦しかない。


(でも、どうやって……)


 その瞬間――。

 右手が疼いた。目の前の景色が、暗転する。


(……ッ!!)


 広がりつつある光景に、絶句した。薄暗い石堂の中に、光る紋様が描かれた石碑が無数に立ち並ぶ。

 さながら墓場のような光景には、見覚えがあった。しかし記憶の中でそこに立っていたはずの存在は、いない。


(父、さん……。父さんがいなくなった時と、同じ……)


 右手が、ふたたび疼いた。

 ひとつの石碑の紋様が明滅する。それが収まったかと思うと、石碑から光が放たれ黎一の右手へと吸い込まれた。記憶に知らないはずのなにかが刻まれる、そんな感覚がする。


(この感じ、勇紋共鳴(サインズ・リンク)……?)

 

 気づけば、視界は元の景色に戻っていた。

 右手に宿った感覚も、知らないなにかの記憶は残っている。だが魔力(マナ)は見えない。

 その事実に気づいた時、脳裏にひとつの仮説が生まれた。


(今のはまさか……)


 たった今、産まれた言葉を告げると、意識の中に在る石堂がふたたび具現する。夢幻の石堂に立ち並ぶ、無数の石碑のひとつを意識した。光が右手に吸い込まれ、先ほどとは別の力が刻まれる。


(やっぱり、そうだ……。俺の、能力(スキル)は……)


 ――勝てる。感覚がそう告げている。

 手札は揃った。あとは勝ち筋だけだ。

 意識の中で、”剣”に問いかける。


(おい、あんた。魔力(マナ)には詳しいか? いくつか教えろ)





『……ヘッ、おもしれーこと考えるじゃねえか。それでいい』


 頭の中に浮かべた問いに、”剣”はすぐさま答えを返す。

 黎一はそれを確かめると、蒼乃とアイナのをほうを振り向いた。


「俺が、前衛(まえ)に出る」



*  *  *  *



 二言三言を交わした後、黎一は剣を構えて進み出た。

 それを見たガディアンナが、余裕の笑みを見せる。


手番(てつがい)は決まったか?」


「……わざわざ待ってたのか」


「応ともよ。数百年ぶりの戦だ。まして我が身体に、傷を負わせた存在(もの)との戦。存分に愉しまぬでは意味がない」


 手にした青竹色の戦斧を構え、今にも飛び掛からんばかりの体勢で身構える。

 構わず、前へと進んだ。不思議と、恐怖は感じない。

 

勇紋権能(サインズ・ドライヴ)……万霊祠堂(ミュゼアム)


 己の中に在った力の名を、告げる。

 ガディアンナの表情が変わった。興味でも殺意でもない。百年の知己の声を、久方ぶりに聴いたかのような顔だ。


「そのまま続けよ。あるだろう、続く言葉が」


(分かったように、言うじゃねえか……!!)


 剣を持つ右手に力を込めて、高らかに告げる。


「……炎巧結界(デフト・フレイム)ッ!」


 その言葉とともに、炎の温もりが辺りを包みはじめた――。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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