地王降臨
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黎一は剣を両手で構え、臆することなく突っ込んだ。迎え撃つ地精王獣の声が、今なお苔色の魔力が立ち込める遺跡にこだまする。
剣の構え、力の込め方――。今の自分が知らないものが、身体の中に直接流れ込んでくる。
(なんだろう、負ける気がしない)
地精王獣は胴の傷を庇うように身を翻すと、黎一の方に顔を向けた。三本の角を突き立てんと、猛然と突っ込んでくる。
『へっ、力比べかよ! 牛らしいぜッ!!』
「……フッ!」
鋭く呼気を吐きながら剣を大上段から振り下ろし、翡翠の角とぶつけ合う。その衝突は、得も言われぬ音とともに遺跡の空気を揺るがした。数拍も置かぬ間に、剣と圧し合っていた真ん中の角に小さな亀裂が生まれる。
(やれるッ!)
「グォルッ! ……ルオアアアッ!!」
地精王獣は飛び退ると、隙を埋めるように右前脚の爪を繰り出した。間合いを取って躱すと、お返しとばかりに角を狙って炎の弧を飛ばす。これはさすがに読まれたか、左の前脚によって散らされた。
(角を使わなくなったッ!)
剣に、ふたたび赤色を纏わせる。赤は黎一の意志に呼応して、渦巻く炎となって刀身を包んだ。
『カカッ、いい読みしてんじゃねえか! お目覚め後で、吸収した魔力のほとんどが角に集中してやがんだッ! 角を狙えッ!』
以前のロイド村のように炎の魔力に満ちていればよいのだが、今は周りのほとんどが地精王獣の力の源である地の魔力である。
最初の一撃のように集中できれば話は別だ。しかし意識を逸らしてくれる存在がいない今、それができるだけの隙が生まれるとは思えない。
(周囲の魔力を使っての魔法は無理だ! とっ組み合いでぶった斬るしかない!)
「オオオオオオオオオオオオッ!!」
意識せずに、声が漏れ出る。自分でも違和感を感じるほどの脚力を以って、またたく間に獣の巨躯へと迫る。
だが地精王獣は黎一を前にしても動じないばかりか、大きく口を開けた。その喉奥は、緑の光を湛えている。
(やっべッ!)
思うが早いか、地精王獣の口から人の身の丈ほどもある苔色の光球が放たれる。やむなく、剣で斬り散らした。炎と光球が互いを喰い合い、散り爆ぜた光が視界を覆う。
しかしその陰から、地精王獣の巨体が一足飛びに現れた。勢い任せに貫かんとばかりに、黎一に向けて角を繰り出してくる。
(二弾構えかよ……ッ!)
炎を纏いなおす暇はない。なんとか身をよじろうとした時――。
「風よ、我らを導く翼となれっ! 風翼言祝ッ!!」
――蒼乃の声が響いた。不意に、身体が軽くなる。
疲れを振り切り、風の補助魔法をかけてくれたのだ。
(ナイスッ! 後で礼言うの気が重いけどッ!)
生まれた好機を逃さず、角をすり抜けて前へと飛んだ。目指すは地精王獣の右側、狙うは初撃で斬り裂いた脇腹だ。
「くった、ばれええっ!」
裂帛の気合とともに振り下ろした刃の軌跡が、赤き弧を生んだ。それは這うように進み行き、焼けただれた獣の胴を直撃する。
「グゥウォロォアアアアアアアッ!!」
苦悶に満ちた獣の咆哮が、ふたたび響き渡った。地精王獣の動きが、止まる。
機を逃さず右の角へと迫り、赤を纏った剣で一撃を加える。翡翠色の輝きが陰るとともに、角の表面に小さな亀裂が入った。
同時に、視界の端に幾筋もの銀光が閃いた。夜空を彩る流星のごとき光の群れが左の角を刻み、その輝きを曇らせる。
「グギアアアッ……オオオオオッン!!」
振るわれた尾をかろうじて躱した後、地精王獣は大きく間合いを取った。ふたたび吐息が来るかと思ったが、黎一をじっと見たまま動かない。
すると先ほど左の角を攻撃した者――アイナが、すとんと黎一の脇に降り立った。
「……いい剣筋だ。見違えたぞ」
「アイナさんっ!」
いつの間にか隣にいた蒼乃が、嬉しそうな声をあげた。アイナは微笑みで応じた後、黎一の持つ剣に目を向けた。
「その剣が?」
「……そう、みたいです」
と、答えた瞬間。
『フフフッ……フハハハハハッ!!!!』
突然聞こえた哄笑は、脳裏に響く”剣”のものではなかった。
見れば地精王獣が顔を歪ませながら、面白そうに身を震わせていた。
『フハハハハ……ッ! 佳き日ぞ、まこと佳き日ぞッ! 寝起き早々、我が前に立ち、傷つける存在たちと巡り合おうとはッ!』
地精王獣が、ゆっくりと居直った。巨躯が、頭部に生えていた三本の角が、徐々に苔色の靄となって消えていく。
『人の子らよ。その力に、敬意を表そう』
翡翠色の角が消えると、周囲から苔色の魔力が一気に消え失せた。地精王獣から生まれた靄へと魔力が集う様は、さながら万華鏡のようだ。
靄は徐々に形を成し、野性的な顔立ちをした褐色の美女へと変わっていく。
(あれ、は……)
上背は、黎一の頭ひとつ分は大きいだろう。髪はたてがみと同じく、白銀のウルフロング。たてがみで編んだと言わんばかりの白銀色のビキニとブーツ、首周りのファーが、引き締まった肢体を彩っている。変わらないのは、額と側頭から生える翡翠色の角だけだ。
(お、女……?)
手が震える。足が竦む。構えているはずなのに震える剣を見たのか、女性となった地精王獣はニヤリと笑った。
「どうした、剣が震えているぞ?」
耳にはっきり届く声もまた、低く威厳はあるが女性のものである。先ほどまでのくぐもった声からは、想像もできない。
「お前、お、女……?」
「フン、メスだともオスだとも言った覚えはないわ。我、ガディアンナ・イヴォーク也。さあ……もっと、愉しませよ」
不敵に笑う地精王獣――あらためガディアンナから、堂々たる覇気が吹きつけた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




