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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第五章 俺と彼女が、因縁の相手を斃すまで

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西に昇る陽

お読みいただき、ありがとうございます!

 朱に染まった峡谷に、声が響く。

 それは徐々に小さくなっていき――やがて、聞こえなくなる。

 崖の縁で見守っていた黎一は、はじめて小さなため息をついた。


(人、殺した。しかも、知ってるヤツを)


 空いた左手を見つめる。かすかに、震えていた。

 人の死を、目の前で見たことはある。だが自らの手で殺したのは、初めてだった。今は自らが振るった力よりも、そのことが怖い。


(ここから先……。あと何回、超えればいいかな。父さん)


 戦いの最中で響いた父の声を、はっきりと覚えている。

 立ちはだかる存在(もの)はきっと現れる。魔物も。人も。

 別たれた果ての先。たどり着くまでに、どれほどの屍を積めばよいのか。


「……おつ、かれ」


 ぬかるみに似た思考に耽っていると、背後から声がした。

 見れば、フォルティスの外套を羽織った蒼乃である。後ろには、フィーロの手を引くマリーと、アイナ。さらに後ろには、天叢を除いた級友たちとフォルティスが続いている。


「ああ。無事か」


「うん。ねえ……?」


「どうした」


「怖い顔、してる」


 蒼乃の言葉に、はじめてフィーロがマリーから離れないことに気づく。

 今の自分は、どんな顔をしていたのだろうか。


「……そんなに、か」


「でも、ありがと」


 礼の言葉とともに。蒼乃が、すっと近づいてきた。

 いつもの距離を超えて、黎一の肩へと顔を寄せる。


「え、いや、ちょ……っ……」


 肌が粟立つ。足が震える。

 数多の魔物を討ち、知った顔を手にかけても。女性を前にすると、これほどまでに脆い。それが、妙に情けなく思えた。


「こわ……かった……」


 蒼乃の声が、肩が、震えている。

 不思議と、手が動いた。なにに震えているのか分からぬ左手を、蒼乃の右肩に置く。

 震えが収まっていく。自らの手も、蒼乃の肩も。


「もう、大丈夫だから。だから……」


「……ん」


 蒼乃が、肩から顔を離す。

 フィーロがマリーの元を離れ、とててと走ってしがみついてくる。

 それをきっかけに、にわかに後方がざわつき始めた。


「わぁおぉ~。夕陽をバックにとか()えますぁ~……」


「妻ガ恋しくなるな」


「まだ敵地だというのに、見せつけてくれる」


「進歩、って言うにはちょっと進みすぎな気がしますね」


「わたしもレイイチさん、崖から突き落として一緒に落ちればいいんでしょうか……」


「おう、そこ。物騒な発想やめろや」


 眺める仲間たちは各々、複雑な笑みを浮かべている。

 なにか言わないと、余計な誤解をされかねない。


「あ、いや、その……これは……」


 口を開きかけた時。

 不意に、崖のほうに熱を感じた。


『勇者よ、見事であった』


 背後からの声に、思わず振り向く。

 崖の先の中空に、緋色の長衣(ローブ)を纏った老爺がいた。肩先まで伸びた白髪と元から赤い衣が、夕陽を受けて燃えるような輝きを放っている。

 その左に、今度は藍色の砂とも埃ともつかぬものが群れ集う。


『大したもんだぜ。あの勾原(バカ)、ブッ倒しちまうなんてな』


 藍の砂は形を取り、壮年の男の姿になった。刈り込んだ短髪にごつい顔立ち。いかつい体格に、老爺と同じ長衣(ローブ)を纏っている。

 その間に、老爺の左には幾重にも絡まる緑の蔦が茂り始めた。


『彼の者の(くびき)から解き放ってくれたこと、礼を言います』


 絡まった蔦は人の形を取り、程なく妙齢の女性の姿となる。腰まである緑色の長髪と、長衣(ローブ)に包まれた豊満な白い四肢が、絶妙なコントラストを生んでいる。


「あんたたち……。ひょっとして……」


『うむ、リブクシャンと申す。先ほどまでは、火喰赤鵬(シムルグ)と呼ばれておったがの』


 老爺もといリブクシャンが頷くと、短髪の男が頭を描き始めた。


『オレはバージャ。さっきの姿だと天覆黒蛇(ヴリトラ)だっけか? 魔性と化した後の名なんぞ、どうでもいいがよう』


『あら。ワタシは結構、気に入ってたわヨ? 意志の自由はなかったけど。……あ、名乗るのが遅れたわネ。ヴィヴァンよ』


 くつくつと笑うヴィヴァンは、見た目からして十角白獣(テンドリル)だろう。


「竜人……。魔力(マナ)の流れの中で魔物と化したか」


『いかにも。在りし日の残り香が漂う、この地に棲んできた』


「ここが魔物の巣窟になったのも、あなた方の影響だったんですね……」


『なんの毒気に当てられてたのか、強そうなのには片っ端からケンカ売ってたからなあ。他の魔物(ヤツら)にとっちゃ、都合が良かったんだろうよ』


『そこに魔性使いの紋を持ったヤツが来て、あのザマよ。こんなこと言えた義理じゃないけど、感謝してるわ』


(この三人……。アンドラス湖のアエリアやアステリオと同じか)


 かつて戦いの果てに、力を託してくれた竜人の兄妹を思い出す。

 他の竜人の意思たちと交信する術がなかったがゆえ、お山の大将で済んだ、と言ったところだろう。

 と、そこまで話した時。リブクシャンが、神妙な顔つきになった。


『さて、勇者たちよ。最後にもうひと仕事、残っておるでな』


「もうひと仕事……?」


『ああ。そろそろじゃねえかな』


 バージャの言葉とともに――。

 崖から望む北の尾根に、いくつもの影が蠢いた。最初は黒いシミのようだったそれは、垂れ流した墨のごとく山肌を染めていく。

 そのひとつひとつが魔物であることは、想像に難くない。


「ちょっとちょっとっ! なにあれっ! 百や二百じゃ効かないじゃんっ!」


 光河が、素っ頓狂な声を上げる。

 その言葉のとおり、今や黒い影は北の尾根をほとんど覆っていた。


『彼の者の使役から逃れた、この山脈の魔性どもよ……。北の尾根は、彼奴めもあまり手を出しておらんかったからのう』


勾原(アイツ)がいなくなった上、頂上(てっぺん)だったワタシたちまでいなくなったからねえ。調子づいちゃってんのよ、きっと』


変異種(キマってたの)も、みんな勾原(アイツ)に捕らえられてたからな。このままいったら、山をあげての大乱闘よ』


「まずいですよ……っ! もし山魔物たちを山脈に惹きつけてたのが、お三方が持つ魔力(マナ)だったんなら……!」


 マリーの一言に、その場にいる全員の顔が引きつった。

 それはとりもなおさず、魔物たちが山脈に留まる理由が消えたことを意味している。


「このままじゃ、北や麓まで行かれる……!」


 尾根の北端には、魔力湧出点(マナ・スポット)である煮え立つ湖の迷宮(ボイル・レイク)跡地がある。そこにはヴォルフ率いるノスクォーツ守備軍がいる。麓には、ルミニアの部隊もいるはずだ。


『そういうことじゃ、勇者よ。この場を納められるのは、そなたしかおらん』


『感じるんだ、六天魔獣(あいつら)の力を』


『あの子たちの力があるなら、やれるでしょ?』


 背を押す言葉に、黎一は北の尾根を見た。

 巨大な影はまだ動かないが、裾野から蟻のごとく影が増えているのが分かる。


(あれしかねえ……。けどあの場所に撃っても、集まってる奴らしか倒せない。山の形だって変わっちまう。どうすれば……)


 ふと、気づく。

 今は能力(スキル)を二つ使える。

 二つの力を融合し、新たな力とすることも。


(……やって、みるか)


 脳裏にある祠堂の中で、一番奥にある石碑に光を灯す。

 炎帝抹消焔(オブリタレイト)――。すべてを消す炎の御業に、火の魔力(マナ)を増幅する炎巧結界(デフト・フレイム)を組み合わせる。

 新たな能力(スキル)は生まれない。代わりに炎帝抹消焔(オブリタレイト)の石碑に灯る光が、一層強まった。


(よし、これで火力は上がる。問題はどこに撃つかだが……)


 北の尾根の地形を見ると、魔物たちの大半は西側のゆるやかな斜面に集結している。東側は峡谷に面した断崖になっているせいか、こちらに屯しているのはごくわずかだ。


(西側の斜面だけを焼けばいいな。だったら……!)


「蒼乃、管制室に連絡してくれ。北の尾根近くにいる奴らがいたら、退避させろってな」


 言いながら崖の縁に立ち、愛剣を構えた。

 能力(スキル)は強化した炎帝抹消焔(オブリタレイト)と、魔律慧眼(カラーズ)を選ぶ。


勇紋共鳴(サインズ・リンク)魔力追跡(マナ・チェイス)……! 紅炎刃(こうえんじん)!」


 刃を遠くに飛ばすイメージを以て、炎の弧を飛ばす。

 魔律慧眼(カラーズ)の視界の中で、火を顕す赤い弧が飛んだ。弧はやがて、魔物が集う西側の斜面の上空へと達する。


「……管制室から応答! ヴァイスラントの部隊はなし! ノスクォーツ守備軍は魔力湧出点(マナ・スポット)内に退避済み! いつでもやってっ!」


 蒼乃の声がした。なにも聞かずに管制室に連絡を入れたあたり、これから何をするのか分かっているのだろう。


勇紋共鳴(サインズ・リンク)魔力追跡(マナ・チェイス)……」


 魔律慧眼(カラーズ)と蒼乃の能力(スキル)によって、先ほど飛ばした赤い弧をイメージする。はるか彼方で、先ほど魔力追跡(マナ・チェイス)で放った弧を掴んだ。


(ここが、爆心点だ……!)


 炎帝抹消焔(オブリタレイト)の射程からは、遠く離れた位置だった。

 だが魔律慧眼(カラーズ)魔力追跡(マナ・チェイス)であらかじめ爆心点となる魔力(マナ)を掴んでおけば、そこを中心にして発動する。

 剣の鋒を、爆心点へと向けた。


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)……!」


 不意に、誰かの手が背に触れた。

 蒼乃のものだということが、なんとなく分かる。

 背を押すでも、しがみつくでもない。ただ支えるのみの手に心を預けて、言葉を紡ぐ。


「……炎帝抹消焔(オブリタレイト)ッ!!!!」


 ――刹那の間だけ、朝が来た。

 爆ぜた炎は巨大な光球と化し、さながら地平線から昇る太陽のごとき光を放つ。

 あまねく魔物の影が炎に呑まれ、塵と消えていく。


『西から陽が昇るのを、拝む日が来るとはのう……』


『長生きはするもんだな』


『ワタシたち一応、肉体は滅んでるんだけどねえ』


 竜人たちのぼやきを聞きながら。

 黎一は日輪となった炎が収まるまで、崖に立ちつくしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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