ひとつ上へ
お読みいただき、ありがとうございます!
村跡を、ふたつの光が照らした。
ひとつは、勾原の屍から放たれる赤い光。もうひとつは黎一の勇者紋から溢れる、透明な光だ。
(この光、知ってる……。ロイド村の時と同じだ)
うるさいほどの鼓動の音が、聴覚を支配していた。脈打つ音が聞こえる度に、身体の熱量が上がっていく。腕に、脚に、力が漲るのが伝わってくる。
周囲にいる仲間たちがなにか言っているが、まるで聞こえない。
『小さい時から、そうだった』
聡真の、声がする。
『大事なものになにかあると、向こう見ずになる。いつもは静かなのにね』
(父さんも、同じじゃないのか)
『いやあ。私っていうより、母さんに似たんじゃないかな』
(俺は、あんな風に……)
『さっきの怒り方は、母さんそっくりだったよ』
言葉に、詰まる。
光は徐々に収まりつつあった。
まばゆい視界の向こう側で、勾原がゆっくりと歩いてくるのが見える。
(……もう、行くよ)
『黎一。ここから先、世界のすべてが君を捨て置きはしないだろう。今見える存在たちも、まだ見ぬ存在たちもね』
聡真の声が、か細くなっていく。
『私が手を尽くして止めたところで、きっと世界が君を私の元へと導く。だから来なさい、私のところへ。分かたれた果ての先へ』
(世界が、導く……? 分かたれた果ての先って……)
『そこで、すべてを話そう――』
声が、途切れる。
視覚と聴覚に、目の前の光景が流れ込んできた。すぐ隣には、呆然とした顔で見守る蒼乃とフィーロ。前では、アイナとマリーが身構えている。
その向こう、屋敷の瓦礫を踏みしだいて立つのは、赤い翼と羽毛で身を鎧う勾原だ。
「その感じ……。八薙もか」
勾原が、ぽつりと言った。
その目に狂気はない。代わりに、まったく別の黒く渦巻く感情が宿っているように見えた。
「気に、入らねえんだ。前から」
瓦礫から、ひょいと飛び降りる。
背にある赤い翼が、ふぁさりと羽ばたいた。赤い羽毛を模した魔力が、天使の梯子が降りる空を舞う。
「目立たねえくせして頭はいい。地味に運動もできる。挙句の果てには、女嫌いのクセして他人の女を盗る」
「わりい。そのすべてに、まっったく覚えがねえ」
「……だから気に入らねえってんだ、お前は」
勾原まで、あと数歩の位置まで近づいた。右手の中に在る愛剣は、ぶら下げたままだ。
「ここで、ここで……ッ!」
勾原の歯が、ギリっと鳴った。赤い両翼が、大きく開かれる。
「テメエのすべてを……ッ! 消してやるッ!!」
声とともに、勾原が羽ばたき上空へと舞った。その全身が炎に包まれる。
魔律慧眼で見てみると、赤い魔力に染まりきった中に、一点だけ白い色が見えた。光の魔力だ。
(あれが、火喰赤鵬の力の核か)
勾原が真っ逆さまに降り落ちる。
動きが、妙にゆっくりに見えた。はじめて異世界に来た時、白い狼たちに襲われた時と同じだ。
「勇紋権能、万霊祠堂……」
落ち着き払って、能力を選ぶ。
相手の動きが遅いのは気になるが、まずは勢いを削ぐ。
――魔律慧眼を、使いながら。
「水巧結界」
魔律慧眼の視界の中で、周囲が水を顕す青に満たされた。火を顕す赤が、青に圧されて薄まっていく。
勾原の速さが、がくりと落ちた。次の手番のために、剣に青と藍色の魔力を纏う。
「勇紋共鳴、魔力追跡。冥水鎖」
勾原を鋒で示すように、剣を突き出す。
中空から幾筋もの藍色の鎖が伸びて、勾原を絡めとった。水巧結界の恩恵を受けた鎖は、先ほどよりも多く、色も濃くなっている。
背後で、蒼乃が小さく息を飲む音がした。
「水巧結界使いながら、魔力追跡で集中攻撃……って、ちょっと待って⁉ あんた今、魔律慧眼も使ってんのっ⁉」
マリーとアイナがいるあたりから、ざわりとした気配がする。ようやく気づいたらしい。
だが黎一は問いに応じる代わりに、空いた左手を後ろへ伸ばした。
「……みんな。能力、戻してくれ」
「へっ⁉ い、いいけど……」
蒼乃の手が触れた。
万霊祠堂の中で、無足瞬動の石碑に光が灯る。身体が、脈打つ感覚がした。
「その、なにが起こってるか分かりませんけど……」
「任せるぞ」
マリー、アイナと、次々に手が触れていく。
魔力喰鬼と刻命焉刃の石碑に光が灯った。脈打つ感覚が、さらに強まる。
(この感覚、能力の数に応じてる)
そこまで考えた時、魔律慧眼の視界に異変が起きた。
青に圧されていたはずの赤が、みるみるうちに勢いを取り戻していく。
見れば魔力の鎖に縛められている勾原が、赤い光を放っていた。
「なんでだよっ! オレと同じはずだろッ⁉ なんでオレより……オレよりッ!」
(水巧結界に似た力も使えるのか。つまり火喰赤鵬は、自力で火の魔力を生み出せる……!)
刹那の逡巡のうちにも、魔力の鎖が消えていく。
勾原が火の魔力の勢いを強め、自らの魔力で圧し勝とうとしているのだ。
(圧しあってもいいが、面倒だな)
「勇紋権能、万霊祠堂……」
方針を決めて、ふたたび能力を入れ替える。
思えば、すべての能力を手許に置いて戦うのは初めてだった。
「……無足瞬動ッ!!」
言葉とともに、空に向かうべく地を蹴る。身体が加速した。以前は意識が飛びそうになった加重も、今はまったく気にならない。
雲間から射す夕陽の光を突っ切って、またたく間に勾原へと肉薄する。
「勇紋権能、万霊祠堂。刻命焉刃」
能力を入れ替える。
愛剣の焦げ色をした刀身が、禍々しい深緑に染まった。
「クソッ……!」
勾原の表情に、焦燥が浮かんだ。毒づきながらも、翼を広げてさらに上空へと距離を取った。
仮説が当たっているだろうことを確信し、ほくそ笑む。
(やっぱり、核は守るんだな)
魔律慧眼を入れ替えない理由がこれだった。
おそらく火喰赤鵬は、なんらかの概念を力の源にすることで復活する。さしずめ、”火は永遠の命の象徴である”といったあたりだろうか。概念の核は、魔律慧眼で見えている光だと考えた。
(火は光を生む。破壊の象徴であるとともに、再生の象徴でもある。それらを核にした光を命と見立て、回復力を持った炎を生み出す……。これが無限復活のギミックってわけだ)
ならば勾原の魔力が空になれば、復活はできなくなる。
だが今の手持ちの能力には、周囲の魔力を吸い取るものはあっても、一瞬にして失わせるものはない。
「勇紋権能、万霊祠堂。無足瞬動」
ふたたび能力を入れ替えた。勾原を追い、上空へと翔ける。
愛剣の刀身から毒の色が消えた。元より仮説を確かめるための一手なので、気にしない。
(能力がない? だったら、創ればいい)
「万霊祠堂、二絆権能……!」
加速しながら、意識を脳裏に映し出される祠堂へと飛ばした。
魔力に干渉するなら、魔力喰鬼だ。ここに対象の属性を入れ替える裏面創返のイメージを重ねたらどうなるか。
ふたつの石碑に灯った光が、祠堂を照らす。光の中に、新たな紋様が生み出される。
不思議な感覚だった。まるで、できて当たり前のような感覚――。
「……魔魂浄爆ッ!!」
加速の中、空いた左手を前へと突き出す。
かすかな歪みが迸った。それは力の波となり、勾原へと収束し――。
なにかが砕ける音がする。勾原の炎が、消えた。
「がっ、あ、あっ……⁉ 力が、炎、が……ッ」
狼狽しながらも、飛び回って間合いを取ろうとする。
加速を繰り返しながら、魔魂浄爆を魔律慧眼へと付け替えた。
見ると先ほどまで勾原の中心で輝いていた光が、か細く弱々しいものになっている。
(核に魔力がねえんじゃ、さすがに復活はできねえだろ)
いつの間にか、屋敷の瓦礫を飛び越え崖の上空まで来ていた。
あとは核を破壊すればいいだけだ。
「勇紋共鳴、魔力追跡。冥水鎖」
藍色の鎖が、ふたたび勾原の動きを封じる。
無足瞬動の加速で眼前まで迫ると、能力を付け替える。
「勇紋権能、万霊祠堂。刻命焉刃」
愛剣の刀身が、ふたたび毒々しい色に包まれた。
もうひとつの能力は魔律慧眼だった。胸のあたりに煌めく、光の核を目がけて毒の刃を振るう。
瞬間。勾原の目に、光が灯った。
絶望でも悔悟でもない。生を諦めぬ者の、執念の光だ。
「クソッ……クッソオオオオオオオッ!!!!」
ふたたび、その赤い全身が炎で包まれた。まるで命そのものが燃えているかのような、血の色をしている。
炎が、またたく間に藍色の鎖を灼き斬った。勾原は自由になった翼を広げながら、毒の刃を左手で受け止める。毒の刃が音も手応えもなく、赤を斬り裂いていく。
だが腕の半ばまで斬った時、毒の刃が消えた。愛剣の刀身が止まる。勾原の顔に、笑みが浮かんだ。
「ッガッ……ガアアアアアアッ!!!!」
剣を縛められた黎一に向けて、勾原の右手が、翼が動いた。
無足瞬動を付け替える余裕はない。防ぐ手段もない。攻撃を受ければ、仮に生き残ったところで谷底に真っ逆さまだ。
(だろうな。だが……)
愛剣に、光を灯した。
勾原の攻撃が届くよりも早く、その輝きは加速度的に増してゆく。刻命焉刃を振るう間、剣に光の魔力を集中させていたのだ。
(……本命は、こっちだッ!)
勾原の顔が、ふたたび歪む。
「なっ、そんなっ……!」
「殲光斬ッ!!!!」
光が、弾けた。
巨大な光剣が伸び、勾原の左腕を消し飛ばす。そのまま、左胸を貫く。その鋒が、勾原の内にある核を貫いたのが、たしかに見えた。
貫いた身体を、振り捨てる。
「あ、あ、あ……あああああああああっ……」
勾原の悲鳴が、こだます中。
崖に降り立った黎一は、剣に纏う残光を振り払った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたらブックマークや評価、感想など頂ければ励みになります。




