四重奏
お読みいただき、ありがとうございます!
村跡の上空に、巨大な光の鳥が生まれた。翼を広げた勾原が、七色の光を纏った姿だ。
雲の切れ目から降りる天使の梯子を背にした姿は画家、たとえば高峰あたりが見ればさぞ喜んだに違いない。だがそれも、相手に殺意に満ちていなければ、の話である。
「ハハッ、ハハハハッ……気持ちいいぜ! 最ッ高に気持ちいいッ!」
勾原の哄笑が響き渡る。
だがその間、黎一の視線は勾原ではなく、己の右手の甲に向けられていた。手が脈打った――そんな感覚がしたからだ。
(なんだ、今の……?)
愛剣を握る手の甲をまじまじと見てみるが、なにもない。勇者紋の形も、変わらぬ夜空に浮かぶ三日月のままだ。
(でもさっきの感触、覚えがある。そうだ……蒼乃を助けた時の、あの感じだ)
内から、身体を叩かれる感覚。
なにかが、外に出たがっている。そんな風にも感じられた。
などと考えている間にも、勾原が大きく羽ばたいた。
「こうなりゃ死体で姦ろうが構やしねえ……ッ! まとめてッ、くたばりやがれええええッ!」
空気が爆ぜる音ともに、勾原が一直線に落ちてきた。
採光が散った後に浮かぶ影は、さながら質量を持った残像に見える。
「フィロッ⁉ 捕まえてる⁉」
蒼乃が勾原を指しながら、声を張り上げる。
視線の先にいるのは、短剣の鋒を天に向けて構えるフィーロだ。
「うんっ、ばっちし!」
「よぉ~し! 合図でど~ん、だよっ!」
勾原が、見る見るうちに迫ってくる。
その姿が、目前まで来た時。
「フィロッ! せ~のっ……」
「……ど~~んッ!!!!」
フィーロが、剣の鋒を勾原に向けた。
刹那。透明な光の粒が、勾原を包む。光はまたたく間にまがはらへと収束し、弾ける。
途端。勾原の速度が、がくりと落ちた。
「……ッ、がっ⁉ んだよこれはッ⁉」
――純然魔力。
焉古時代の御代に存在していた、すべての魔力の始原にして上位存在である力である。魔力の励起も消滅も、あらゆる属性に変換することも思いのままだ。
竜人の王族たる皇竜の血を引くフィーロは、この純然魔力を身に宿している。今の透明な光は純然魔力を勾原に収束し、纏う魔力を消滅させたのだろう。
「フィロ、いい子……! 今だよっ!」
蒼乃の号令とともに、マリーが動く。
その胸元では、虹色に光る宝石が緑の輝きを放っている。
繁栄虹珠――。ヴァイスラント王国に伝わる焉古装具で、どんな魔力でも任意の属性の魔力に変える力を持つ。
「勇紋権能、魔力喰鬼! ……開闢を待つ嘆きの地神よ、その涙を今ここに! 地神涙滴ッ!」
マリーの声とともに、降り来た巨大な岩石が、勾原の背を直撃した。
火の属性を持つ火喰赤鵬を取り込んだにもかかわらず、勾原の羽ばたく体勢が大きく崩れる。純然魔力で火の魔力を散らされた証拠だ。
「ッ、があああっ⁉」
勾原の苦悶の声が聞こえる。
おそらくマリーは、先ほど展開した水巧結界で増加した水の魔力を魔力喰鬼で吸収した。それを繁栄虹珠で地の魔力に変換して、魔法の威力を高めたのだろう。
「……フッ!」
続いてアイナが、鋭い呼気とともに地を蹴る。およそ人間ではありえない身体能力で、一瞬にして勾原へと肉薄した。アイナの故国に伝わる身体強化法『錬氣』と、勇者の特権である身体能力の向上によって成し得る業だ。
手にした剣の刀身には、先ほど放たずにいた刻命焉刃の毒を纏っている。
「――穿刻」
担ぐように構えた剣の鋒から、斬撃の渦が奔る。
刻命焉刃は、なんらかの個体に触れるまで効力を発揮することはない。その特性を逆手に取っての、剣気を用いた一撃だ。
触れたものすべてを刻む渦が、体勢を崩していた勾原の身体を直撃する
「……ッ! っ痛えなあッ!!」
勾原が毒づく間にも、アイナはさらに距離を詰めつつ剣を振りかぶっている。
「勇紋権能、剣林斬雨!」
剣の一振りに合わせ、白き太刀筋を思わせる衝撃波が降り注いだ。
アイナが剣を振るう度、四筋の衝撃が勾原の翼や四肢を掠めていく。勾原がなんとか体勢を整えた時、アイナはその正面にいた。
「……墜ちろッ!!」
裂帛の気合とともに、毒の刃が振り下ろされる。禍々しい深緑の刃が、勾原の左の翼を断ち割った。
「ッギャアアアアアアアッ⁉」
翼を失った勾原が、真っ逆さまに墜ちていく。
そこに、銀髪に白き雷を纏った蒼乃が突っ込んだ。右手の短杖からは、やはり白い雷光を放つ光の風刃が伸びている。
「空に揺蕩う風精よ、我が手に集いて虚栄の闇を祓え! 虚空断刃ッ!!」
本来ならば是空刃と同じく、空間に光の斬撃を発生させる風と光の複合魔法だ。詠唱をアレンジして、短杖から伸びる刃としたのだろう。
蒼乃と勾原がすれ違った。雷光が、迸る。
「があ、あっ……。あ……」
横薙ぎに振るわれた光の風刃は、勾原の胸を深々と斬り裂いていた。
赤い身体が、地に墜ちる。そのまま、ぴくりとも動かない。
「やった……っぽいね」
「そのようだな。珍しくレイイチ殿の手を借りずに済んだか」
「あの赤い鳥を倒したのはレイイチさんですけどねえ。ま、たまにはこういうこともあっていいんじゃないですか?」
「るな~。ふくやぶけてるよ?」
「だあああっ、フィロ黙っててっ! 考えないようにして戦ってたんだから!」
眷属たちが、姦しくしていると。
「わっ、わっわ……まだいるの⁉」
不意に、光河の声がした。
見れば緑の巨体を羽根つきの兜と金色の防具で鎧った戦鬼が、のっしのっしと歩いてくる。
「ああ、大丈夫。味方だよ」
級友たちに声をかける間に、戦鬼――フォルティスは外套を外すと、蒼乃に差し出した。服が裂けていることを気にしたのだろう。
「……すまぬ。思っていたより、手間取った」
「引き受けてくれて助かったよ。こっちもちょうど終わったところだ」
村跡まで来る道すがら。フォルティスは勾原が放ったと思しき魔物の群れを、一人で引き受けてくれたのだった。
(終わった、のか……? さっきの、脈打つ感じは一体……?)
などと、考えていると――。
視界の隅にあった勾原の身体に、火が灯った。それは程なく穏やかな光となり、急激に大きさを増していく。
「はあっ⁉ まだ何かあるの⁉」
蒼乃の声に、フォルティスが目を見張る。
「あの光、火喰赤鵬かっ! いかん、蘇るゾっ!」
「なに言って……!」
「火喰赤鵬がこの山でもっとも強かった所以ダ! 殺しても身体に火ガ灯ると、何度デも蘇る……!」
フォルティスの言葉に、一同の顔に緊張が走った。
「そんなっ! レイイチさんが倒した時は、なんともなかったのに……!」
「あの魔物なりの矜持だったのかもしれんな。力を抑え、敢えて斃されることでマガハラを討たせようとした。だが吸収されたことで、勾原がその力を使えるように……!」
「てかどうすんのよこれっ! 私、さすがにもう魔力ないよッ⁉ フィロの純然魔力だって連発できるわけじゃ……!」
蒼乃が喚くそばから、勾原がゆらりと立ち上がる。
顔にはもはや正気のものとは思えない、狂った笑顔が張り付いている。視線はただ、黎一だけに向いていた。
(ケッ、執念だけは大したもんだぜ……! さあ、どうする……⁉)
考えた瞬間。
『――行きなさい、黎一』
懐かしい、声が聞こえた。
勇者紋が、震えている。
(父さん……? 行くって、どこへ……?)
『――彼と同じ次元へ。お前には、その資格がある』
(なにを……⁉)
脳裏で、言いかけた時。
勇者紋が、強く輝いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました! お気に召しましたら、続きもぜひ。
ブックマーク登録、スタンプやコメントなど頂けると励みになります。




