炎水、相討つ
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村跡にひしめく魔物の壁は崩れ、乱戦の様相を呈していた。黎一が魔法でこじ開けた場所から、アイナと御船、四方城が回り込んだのだ。
蒼乃ははだけた胸元を隠しながら、フィーロに水薬を飲ませている。
そんな中、黎一は屋敷の屋根に留まる巨鳥に目を向けた。
(あいつが火喰赤鵬か)
翼を広げれば、五メートルほどになるだろう。ぱっと見の印象は、いわゆる不死鳥に似ている。違う部分は身体が燃えているわけではないことと、鶏冠にあたる部分と尾羽の一部が虹色に染まっていることだ。
火喰赤鵬は敵意を見せることなく、じっと黎一を見つめている。
(たとえ使役下にあっても、命令がなければ動かない……。もっとも穏やかでもっとも強い、ってのは伊達じゃねえみたいだな)
そこまで考えた時。ぶち抜かれた屋敷の玄関から、がらりと音がした。
胸と左腕を血で真っ赤に染めた勾原が、ゆっくりと歩いてくる。動けるところを見ると、水薬を遣ったのかもしれない。
「よお。左腕、斬り飛ばしたと思ったんだがな」
「テメエッ……! よくも、よくもおおっ……!」
「……どの口でほざく」
自然と零れた言葉に、勾原の顔が強張った。
右手の甲が、熱を持つ。
「お前、なにやってんだよ。こんなところで」
「んだと……?」
「人は襲うわ殺すわ、挙句の果てに戦鬼の村にまで手出すわ。挙句の果てに……」
勾原の顔を、強く睨みつける。
「……俺の家族にまで、手を出すのか?」
ゆっくりと、距離を詰める。その分だけ、勾原が退がる。
勇者紋が、脈を打った気がした。
「ほんと、相変わらずだよな。お前は……ッ!」
「……ッ! クソッ、火喰赤鵬! 何やってるッ! 八薙を殺せッ!」
苛立ちを感じさせる羽音とともに、火喰赤鵬が宙に舞った。心なしか、頬を撫でる風が熱を持っている。
勾原はその間に、屋敷の中に下がったかと思うと床に手をついた。
「勇紋権能、魔獣使役! ……出て来いッ!」
勾原の影から、山脈の魔物たちが湧いて出る。いずれも山道で戦った種とは、色や身体の造りなど細部が違っている。
(強化種か。よくもまあ、こんだけ集めたものだ)
構えず淡々としていると、勾原の表情が憤怒へと変わった。
「余裕かましやがって……! やれえッ!!」
火喰赤鵬が、魔物たちの群れが、黎一へと殺到する。
黎一は、剣を逆手で突き立てるように構えた。
「勇紋共鳴、魔力追跡。冥水鎖」
剣をとん、と地に突き立てる。
刹那の間を置いて。魔物たちの影から、紫黒色の鎖が伸び出た。ある魔物は足を刻まれ、ある魔物は鎖に阻まれ動きが止まる。
飛翔する火喰赤鵬もまた、自らの影から伸びた鎖に翼を縛められ、あっさりと地に墜ちた。
「は、はっ……? なん、でだよ……。こいつら全員強化種だぞ? なんで立った一発の魔法で、そんな……」
(複合魔法、見たことないだろうし無理もねえか)
狼狽する勾原の顔を見て、ため息を吐く。
”水底の闇にはなにかがある”――。そんなイメージを元に創り上げた、水と闇の複合魔法だ。
相手の影から魔力でできた鎖を発生させ、動きを止める。斬撃を伴う鎖は、弱い魔物なら絡めとられた端から身体を斬り刻む。
(あとは周りを一掃すれば……!)
そう考えた矢先。水を撒いたような、音がした。
火喰赤鵬の身体が光を放ち、巻きついていた魔力の鎖が煙を立てて消えていく。さながら、高温にさらされ蒸発しているようにも見えた。
(そうか。火喰赤鵬、火だけじゃなくて光の属性も持ってるのか)
光と闇は、四大属性のように四すくみになっていない。表裏一体ゆえ、互いが弱点属性となる。火喰赤鵬は本能的に自身の光の魔力を解放し、縛めを解いたのだろう。
感心しているうちに、魔力の鎖が消えた。自由の身となった緋色の巨鳥が、空に舞い上がった後に黎一へと突進する。
(その意気や良し、ってか! 飼い主とはえらい違いだねえっ!)
屋敷の入口にへたり込んだままの勾原を尻目に、黎一は火喰赤鵬に向けて剣を構えた。纏わせるのは、水と光の魔力だ。
「勇紋権能、万霊祠堂……! 水巧結界!」
勇者紋が、震える。
能力によって、周囲の水の魔力が増大し、火の魔力が減少する。火喰赤鵬の速度が、がくりと落ちた。不利を悟ったか翼をはためかせて動きを止めると、口から炎を撒き散らす。
(今度は撃ち合いかっ!)
「裂虹環!」
水巧結界を維持したまま、剣の魔力を解き放つ。煌めく虹の輝きを宿した水の剣刃が五本、黎一の周りを取り巻いた。うち一本が飛び行き、炎とぶつかって消滅する。
なおも炎を吐いてくるかと思いきや。
「……コオオオオオオッ!!」
火喰赤鵬は啼き声とともに、大きく翼を広げた。鶏冠と尾羽が輝き、緋色の身体に虹色の残光が混じっていく。
(大技かい! 上等っ!)
剣にさらに水の魔力を纏わせつつ、虹の剣刃を上空へと向けた。
光を纏った火喰赤鵬が、黎一目がけて急降下した。猛禽が獲物を狙う姿勢を取った身体からは、火の粉を思わせる七色の彩光が溢れている。
「勇紋共鳴、魔力追跡! 蛇水咬・八岐っ! いけえッ!」
イメージと能力によって八つに別たれた水の蛇頭が、残っていた虹の剣刃のすべてが、襲い来る緋色を目がけて飛翔した。
蛇の牙と虹の破片が突き立つたびに、火喰赤鵬は少しずつ輝きと速さを失ってゆく。
(大したもんだ。さすが、山の主だな)
黎一の目前まで迫った時、すでにその身体に輝きは残っていなかった。
「清流纏」
光の消えぬ目を見て、水を纏った剣を振り抜く。
黎一を中心に、水流が天へと立ち昇る。火喰赤鵬の巨体が、流れに突っ込んだ。弾き飛ばされ、どうと地に墜ちると、そのまま動かなくなる。
「さて、と……。どうする?」
黎一は右手の甲に違和感を覚えつつ、立ち上がった勾原に目を向けた。斬撃の痛みが消えないのか、万策尽きたゆえか、顔を強張らせたままだ。
新たに使役された強化種たちはもちろん、元からいた魔物たちもほとんどが討ち果たされている。
そんな中、勾原が顔を伏せた。
「……め、ねえぞ」
「は……?」
「認めねえぞッ! お前が、お前がこんなッ……! オレの上を、行くなんてッ……!」
勾原が、ゆらりと一歩を踏み出す。
よく見ると、その右手の甲が禍々しい赤い光を放っている。
「認めて、たまるかアアアアアアアッ!!!!」
勾原の身体が、勇者紋の放つ光に包まれた。
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