怨敵強襲【月】
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西日が差し始めた村の跡に、巨鳥の影が差す。
勾原はフィーロを左手で吊し上げたまま、月を屋根から見下ろした。
「やっと会えた。会いたかった……」
「あ、そう……。私は全然、会いたくなかったけどね」
「いいだろ、せっかく会えたんだから。とりあえず手に持ってる武器、いらねえよな?」
月は勾原から視線を逸らさず、音だけで周囲の状況を探る。
周りは、新手の魔物たちにぐるりと囲まれていた。手傷を負った個体がいないあたり、温存していたか新たに使役したのだろう。
少し離れた位置からは、仲間たちの聞こえてくる。だが場の魔物たちがすべて月の包囲に加わったのか、距離が近づく様子はない。
(まさかロベルタさんを放置してたのも、劣勢なのにずっと隠れてたのも、全部このため……? 私を、狙ってたの?)
「なあ、待ってんだけどさ。早くしようぜ……ッ? なあッ⁉」
勾原が、左手に掴んだフィーロを高々と掲げた。手に力が込められたのか、フィーロが苦しげに呻く。
魔法の詠唱や、無足瞬動が間に合うとは思えない。仮に間に合ったところで、勾原の背後には緋色の巨鳥が控えている。
(みんなを、信じるしかない……!)
意を決して、両手に持っていた短杖を放り投げた。
勾原の笑みに、興奮の色が加わる。
「いいね、いいねぇ。素直なのはいいことだぜ。んじゃ次……服、脱げよ」
「は……っ⁉」
様々な感情を追い越して、疑問が先に来る。
たしかに奇襲には成功している。人質を取ったのもいい判断だ。だが目の前には、敵の精鋭が迫っている。姿が見えぬ敵もいる。
いくら人質がいるとはいえ、この状況で要求すべきことではない。
「あんた、正気なの……⁉ この場で私をどうこうしたって……!」
「るっせえっ! とっとと言うとおりにしやがれっ!」
勾原の手中にあるフィーロが、ふたたび呻く。
こういう時こそひとりで脱してほしいところだが、フィーロの魔力制御は未だ拙い。いきなり首を絞められ気が動転している状態で、魔法を操るのはまず無理だろう。
「オレぁな……。ずっと蒼乃のこと見てたんだよ……。山田なんてどうだっていい。ずっと、お前のことだけ……」
「山田を見殺しにする男に、別の女がなびくと思う?」
「うるせえっつってんだよッ! それが……なんで八薙と……ッ!」
「勇者紋のペアリングなんて、言ってどうなるもんじゃないでしょ⁉ 第一、私と黎一はまだなにも……!」
「……まだ、だあっ⁉」
時間稼ぎのつもりで放った一言に、勾原が顔を歪めた。
「そうかよ。もう八薙一筋です、ってかよ……!」
「ちょっ、誰もそんなこと言って……!」
「いいから、とっとと服脱げよっ! 裸になって、寝そべって足開けえっ!」
(ダメだ、まともに話ができない……。みんな、まだ……?)
明後日のほうからは、仲間たちの焦った声が聞こえてくる。
はぐれた四方城は無事らしいが、アイナやマリーまでいて突破できないのはどうにも分からなかった。防御に特化した魔物でも使役しているのかもしれない。
(時間稼ぎ……! 時間、稼ぎ……っ!)
防具の金具を外し、手袋を外した後にショートブーツを脱ぐ。
革鎧を外し闘衣だけになると、勾原の笑みが深くなった。
「グズグズすんなよ……! このガキ、殺しちまうぞッ!」
見ればフィーロの顔は青ざめ、息も絶え絶えだ。力加減を知っているあたり、幾度もこうして人を脅してきたのだと察する。
上着に手をかけた。だが手が震えて動かない。ここで犯され、連れ去られたら、どうなるか。
「時間稼いだって意味ねえぞ……。そこの手前にゃ、結界を張れる精銀岩人の強化種を山と積んでおいた。祭壇のほうにも、一団を差し向けてある……!」
「なんで、なんでそうまでして……!」
「言っただろ……? オレが欲しいのは、蒼乃だ。お前をブチ犯して…ッ…! 八薙に、オレには敵わねえってことを、もう一度教えてやるんだッ!」
口から泡を飛ばす勾原の言葉に、唖然とする。
「ほんとに……? ほんとにそんなことのために、たくさんの人を殺したの? 戦鬼たちの村を、襲ったの?」
「この一年、そのためだけに生きてきたッ! 第一、カモや魔物どもの村に情けかけてやる必要がどこにあるってんだッ! 勇者サマの目標達成のためだ……。クズの命なんぞ喜んで差し出されて然るべきだろッ!」
「……ありえない」
ぽつりと、言葉が零れた。
自身の状況も忘れて、勾原を睨みつける。
「あんただけは、絶対にないわ」
その一言に、勾原の眦が吊り上がった。
「テメエ……ッ! 状況分かってんのかよッ、おいッ!」
勾原が屋根から飛び上がった次の瞬間、獣くさい小柄な身体が目の前に降り立った。
そのまま右腕で月の胸元を掴み、押し倒す。
「きゃ……っ! いやっ……!」
魔力で強化された素材で作った服が、胸元からいとも簡単に引き裂かれた。
勾原の息が荒くなりはじめる。右手が、月の下着にかかった。
「オレの、オレの女にしてやる……ッ! お前の身体を愉しみながら……このガキを嬲り殺してやるッ!」
「……ッ! やめてッ! フィロだけは……ッ!」
「おおぅ、それでいいんだよッ! ほら、下はテメエで脱げよッ! そんで足、おっぴろげて……ハアッ、ハアッ……!」
ニタニタと笑う勾原の顔は、もはや人とは程遠い存在に見えた。
(もう、ダメかな……。せめて隙を見て、フィロだけでも……っ)
勾原に応じるべく、キュロットスカートに手をかける。
――その時。
離れたところに、温もりを感じた。
想う者が近くにいると自然と分かる、あの感覚。
(あ……。来た)
瞬間。魔物の壁の一角が、崩れた。
飛んできた屍は、まるで巨大な剣でひと薙ぎにされたかのように、真っ二つになっている。
「ああっ⁉ 一体、なんだって……!」
言葉が終わる前に。
勾原の胸板が毛皮と革防具ごと、見えない力で斬り裂かれた。
まとめて斬られた左腕から、フィーロが取り落とされる。
「……っがああああああっ⁉」
勾原の絶叫がこだました。
溢れる鮮血が、月とフィーロの身体に滴り落ちる。
「クソッ、クソッ! どこにいるッ⁉ どこにいやがるッ、やなぎゃふぉッ⁉」
何者かの足が、勾原の頬にめり込んだ。屋敷の玄関をぶち抜き、中へと吹っ飛んでいく。
月を護るように前へと立ったのは、ざんばらの黒髪をした男だった。月と揃いの革防具に、歯車を仕込んだような鍔を持つ焦げた色の剣。普段は大して感情を見せない顔は、息が上がり紅潮している。
「もう、遅いよ。バカ」
胸元を隠しながら、待ち焦がれた男を優しくなじる。
「……わりい。待たせた」
その男――八薙黎一は、珍しくぶっきらぼうな口調で応じた。
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