果て往く先で【月】
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一方、その頃。
月たちは魔物と戦いつつ、村跡の中央部まで進んでいた。
崖の側に楕円形に作られた村のほぼ全域から、ひっきりなしに魔物が溢れてくる。
(思ってたより……!)
「勇紋権能、魔力追跡! 風、我が意に従い仇なす者を刻め! 旋風刻刃ッ!」
右手の短杖を、群れの一角に突きつけた。白き旋風が巻き起こり、数頭の魔物を刻む。
反対側で音が聞こえる。見れば先ほど魔物が現れた廃屋から、ふたたび大きな群れが溢れてきていた。
(数がっ! 多いっ!)
「勇紋権能、魔力追跡! 空を漂う風竜よ! 貪り食らえ、我が敵を! 風竜顎咬ッ!」
左手の短杖から放たれた小さな竜巻が、群れの一角を吹き飛ばす。
御船と、由佳が駆る風精雷鳥が残る群れを刈り取らんと突っ込んでいく。
それを尻目に見ながら、さらに魔法を唱えようとしていると。
視界が、歪む。
「……ッ!」
たたらを踏みそうになるのを、すんでのところで堪えた。
目まいがする。呼吸が荒くなっているのが、自分で分かった。
「ちょっ……月、だいじょぶっ⁉」
隣にいた由佳が、身体を支えてくる。
不安げな表情を浮かべる親友に、なんとか作り笑いを浮かべて見せる。
「だい、じょうぶ……。ちょっと、魔力がキツイだけだから……」
「大丈夫じゃないって、それ! てか水薬あんの⁉」
「山田と、戦った後に使ったやつが、最後かな……。大丈夫、あと少し、だから……」
「マジ? って、あたしもみんなとはぐれた時に、全部使っちゃったけど……」
由佳と話して、はじめて気づく。戦鬼の村を出てからは、ずっと連戦だった。しかも多勢に無勢ゆえに、大技が多い。
黎一と別れるまでは活性快体をつけていたからまだいいものの、そこから先は水薬だけだ。これで消耗の激しい複合魔法まで使っていたのだから、魔力の負担量はさらに増える。
(ここで、倒れるわけにいかない! 黎一が来ればきっと、なんとかなる。だから……!)
とぎれとぎれになる思考を、なんとか押し止めていると。
村の端にある大きな屋敷の前から、空に向けて炎の弧が打ちあがり爆ぜた。魔物たちの注意が、音のほうへと逸れる。
見れば屋敷の入口のところに、緑の道着を着た栗色の髪の女性が、薙刀を構えて立っていた。
「舞雪ちゃんっ!」
(ロベルタさんは見つけた、ってことね……!)
由佳の快哉に、作戦の成功を悟る。
魔物の群れのいくつかが、四方城へと向かった。四方城は炎の振袖を纏うと単身、群れの中へと突っ込んでいく。
「マズイ、あれじゃ……!」
「こっちだけ楽になっても意味がありませんよっ!」
陣の真ん中で闇魔法を放っていたマリーが、悲痛な声を重ねてくる。
前衛のアイナと御船も状況を察したらしく、なんとか四方城のほうに進もうとしているのが見て取れた。が、目の前の群れに阻まれ、容易にはいかない。
「私が行くっ! 由佳はここを守って!」
「無茶だよっ! もう魔力が……!」
「私しか、あそこまで行けないでしょ! ……大気を彩る風精よっ! その身を以て、我を護る鎧となれっ! 風精纏盾ッ!」
詠唱にアレンジを加え強化した風の結界が、月の身体を包み込む。
その間も、四方城は魔物の群れを相手に一歩も引かず戦っていた。だがその表情には、心なしか見たことのない影が落ちているようにも見える。
「勇紋権能、無足瞬動ッ!!」
魔物たちの頭上を突っ切り、四方城の背後へと着地する。本来、彼女の背を護っているはずの男の姿は、今はない。
すぐに風の補助魔法をかけると、四方城の薙刀が魔物を討つ数が目に見えて増える。
「舞雪ちゃんっ! 無茶しすぎっ!」
「助勢、感謝しますっ!」
「なんで天叢くんと来ないの⁉ ロベルタさんはっ⁉」
「……ご無事です。今は、翔くんが安全なところに」
途端、四方城の声に張りがなくなった。
近くで見ると、その視線には沸々とした怒りを感じられる。
(なんか、あったんだね)
それ以上、聞く気にはなれなかった。
なにより未だ、魔物の群れは大量に襲いかかってきている。
(合流できればいい……! 大技かまして……!)
両手の短杖を交差し、風の上級魔法をイメージする。
だが――。
「……ッ!」
身体の力が、抜けた。
穴の空いた風船に空気を入れているかのように、イメージを膨らませても萎んでいく。
足に力が入らない。視界が歪む。異変に気づいた四方城の声が、妙に遠くに聞こえる。
(こんな、ところで……っ!)
意識が消えゆく、刹那の間に。
「……竜呪・灰滅炎陣っ!!」
聞き知った声がした。
目の前の魔物たちが、噴き上がる炎の柱に飲み込まれた。普通の魔法とは違う色をした炎に焼かれた魔物たちが、立ちどころに灰と化す。
「るなっ! これっ!」
声とともに、足元に小さな瓶が落ちる。細管魔力水薬。携帯性に優れた、魔力を回復する水薬だ。
声のほうを降り仰げば、廃屋の屋根の上に長い黒髪の少女がいた。頭には竜人からもらった、六色の宝石がちりばめられた髪飾り。魔力の制御が容易になる紋様が刻まれた特注の防具――。
「……フィロッ!」
フィーロは屋根から降りることなく、魔法で魔物を次々と屠っていく。
空から近づく魔物は、背に負った剣で一刀の元に斬り捨てている。
とある竜人からもらった短剣だった。フィーロの背だと、ちょっとした長剣になる。
(あのバカ……! でもこれなら、いける……っ!)
月は水薬を呷りながら、戦況を見渡した。
フィーロのおかげで、四方城の動きにゆとりが出た。中央から進んできたアイナと御船も、はや月と四方城がいる地点に近づきつつある。
ロベルタは救出した。群れの勢いがどこまで続くか分からないが、天叢も合流してくれば時間の問題だろう。
(けど、勾原は? ひょっとして逃げた……?)
考えかけた時。
「……勇紋権能、魔獣使役!」
荒々しい声は、後ろから聞こえた。
月たちが立っている近辺の魔物が、一気に増加した。まるで陰から湧いて出たかのように、月と舞雪を分断する。
「月さんッ! こちらへ……!」
そう言った四方城の姿と言葉が、幾重にも聞こえる魔物の息遣いに押し流されていく。
同時に、背後から大きな影が差した。
「いだっ⁉」
フィーロの声が聞こえる。
振り向けば、上空に輝く緋色の羽をもった鳥の魔物が羽ばたいていた。その下で、フィーロが男に首を鷲掴みにされている。
よく知った顔だった。男としては小柄な体格と、そこまで悪くはない顔。毛皮で造ったと思しき貫頭衣の上から、ボロボロの防具を身に着けている。
「勾、原……ッ!」
「よう、蒼乃……。久しぶりだな」
ぽつりと零れた言葉に、勾原は獰猛な笑みを浮かべた。
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