恐れるがゆえに【月】
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月が尾根を二つほど超えた時、前方の岩場に人影が見えた。
見える人数は六。皆が村にほど近いこの場に集合している、と小里から伝えられ、大急ぎで飛んできての今である。
「あっ、きたっ! る~な~!」
「おつかれさまでぇ~す!」
小柄な女子ふたり、光河由佳とマリーが手を振っている。
月が岩場に降り立つなり、由佳は思いっきりしがみついてきた。
「……んもうっ! 心配したんだからねっ!」
「ごめんごめん。みんなも無事でよかった」
「本当に。マリーさんたちが来てくれなかったら、無事では済まなかったでしょうけど」
応じたのは四方城だ。道着や防具に多少の傷や汚れているだけで、目立った負傷はない。
その後ろから、アイナと御船が歩いてきた。
「崖から落ちたくらいで死なないのは分かっていたが、案の定だな」
「そりゃあもう。落ちるのは慣れてますから」
アイナとにっこり笑い合い、手を打ち合わせる。
その脇で、御船が神妙な顔をして口を開いた。
「山田は?」
「……倒したよ。私が、やった」
「そうか。ありがとな」
「うん、大丈夫」
短く告げる御船に、微笑みで応じる。
御船の防具は傷だらけだった。水薬や回復魔法がなければ、ここまで来ることもできなかっただろう。
話している間に、天叢がすっと寄ってくる。こちらも防具や服がボロボロだが、回復魔法のおかげか外傷はない。
「蒼乃さん……。八薙くんは?」
「山田が立て籠もってた祭壇でバトってるはず……。多分、戦鬼の族長さんと一緒にすぐ追いついてくると思うけど」
「瑞枝ちゃんに聞いたけどさぁ、なんでまた戦鬼なんて……。ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。いい人っていうか、いい戦鬼だから。……あっ、それより! フィロ見なかった⁉」
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「……山に来ちゃってんの⁉ ヤバいじゃんっ!」
「魔法の練習をしたいって言うから、竜人の髪飾りを持ってこさせちゃったのがマズかったですね。ここじゃ望郷一縷も使えませんし。無事だといいんですけど……」
慌てふためく光河の横で、マリーが不安げな表情を浮かべる。
すると黙って話を聞いていたアイナが、頭を振る。
「なに、本気で隠れたフィロならそう見つかることはないさ。なにより……」
アイナは言葉を切ると、月が来た方角とは逆のほうに目を向けた。その先には、目指す村の跡地が見えている。
「さっさと終わらせてしまえば、問題はない」
「えっ⁉ まだ八薙来てないのに⁉」
「元々の戦力に加えて、マリーと私もいる。協力者も増えたことだしな」
言いながら、アイナはふたたび視線を移した。
そこには、園里と外波山が立っている。長い漂流生活のせいか、はたまた別の理由か。制服を着ていた頃と比べると幾分、大人びて見えた。
「あたしたち、勇者紋が消えたから戦力にはなれないけど……。回復と浄化の魔法なら、使えるから」
「なんかあれば、言って」
俯きながら言う二人に、月は険しい視線を向けた。
「命惜しさ、ってこと?」
「……なんとでも言えばいいじゃないっ!」
声を上げたのは、意外にも園里だった。
「いいよね、あんたたちは……! いい男子に恵まれて、異世界でもいいポジション獲って……っ! 所詮、勝ち組はこっちでも勝ち組ってことでしょっ⁉」
「やめなよ、理恵ちゃん……!」
「あたしたちは違ったっ! この世界に来た日……勇紋主命で従わされて、その日のうちに何度も、何度もっ……。従うしかなかったのよっ! 生きるにはそうするしかなかったのっ!」
くしゃくしゃになった園里の目から、涙があふれ始める。
右手は、左手の甲にある火傷の跡に似た傷をさすっていた。
「やっと消えてくれた。この忌々しい勇者紋が……。ここに来るまでだって、何度か楽になろうかと思った。けど、やっぱり死にたくないの。カッコ、悪いよね……」
外波山が園里の肩を抱いた。
だが園里は、泣き崩れずに月の目を見据える。
「だから生きられるチャンスがあるなら、少しでも長く生きてみる。笑うんだったら笑えばいい」
「わたしたちを殺す必要があるなら、好きにしてください。文句を言えないくらいのことはしてきたし、従うのも媚びへつらうのも、もう慣れたから。でもここで生かしてくれるなら……後悔は、させない」
月は園里と、言葉を継ぐ外波山を交互に見た。
ため息ひとつついて、口を開く。
「……分かった。それでいいよ」
「え……?」
呆然とする園里に、月は微笑みを向けた。
「私だって死にたくない。ここにいるみんなだって、そうだよ。だからその言葉はなによりも信用できる。命かかってる間は裏切らない、ってことだから」
「蒼乃、さん……」
「もっとも。反省しましたとか、心入れ替えましたとか言ってたら、この場で終わらせてたけどね」
つぶやく外波山に、通信端末を差し出す。
「二人とも、ここにいて。この近くなら魔物は出ないはずだから。あと私たちといた女の子がいたら、引き留めて。なんかあったら管制室に連絡ね」
「……分かった」
「気をつけて、ね」
もう一度、二人に視線を向けた後。
月たちは誰ともなく、村跡に向けて歩き始めた。
* * * *
目の前にした村跡は、遠くから見るよりも村の体を保っていた。
廃屋の数は、大小合わせて二十棟ほどだろうか。申し訳程度に設けられた低い柵と、村の名を示していたのだろうアーチが、わずかに往時を伝えている。
「ひどい臭いだな」
「おえっ、ぷ……。死臭がここまで漂ってくるよ……」
慣れたものだと言わんばかりのアイナと対照的に、由佳が空いた左手で鼻を覆った。
村跡の敷地内には、食い散らかされた冒険者たちと思しき屍が大量に転がっている。人と人の戦いでは、こうはならない。
月は自身も鼻を塞ぎたい気持ちを抑えつつ、陰惨な光景に手をかざした。
「勇紋権能、魔力追跡」
感覚の中で、知った魔力を探す。
廃屋の中には、伏せていると思しき魔物の魔力が無数に見て取れた。見える範囲に、勾原らしき反応はない。
「勾原は分からないけど、魔物は家の中にたくさん隠れてる。使役してる魔物は全部、ここに集めてるっぽいね」
「月、いつの間にそんなことできるようになったん……。管制室の魔力探知と変わんなくない……?」
「ん~。色んな魔力波形を覚えといて逆探知、みたいな? 波形を知ってる人や魔物なら、そうそう外さない……って、この反応っ!」
村の最奥、大きな屋敷の中。
かすかに見える魔力波形は、たしかにロベルタのものだった。
「見つけた、ロベルタさんっ!」
「どこッ⁉」
掴みかからんばかりの勢いで問うてきたのは、天叢だ。
「村の一番奥の、大きな屋敷……。お邪魔虫がいっぱいだけどね」
「早く助けなきゃ……!」
「配置からすると、村の敷地に入るか廃屋の近くを通ったら、不意打ちしろって命じられてると思う。天叢くん、舞雪ちゃんと一緒に敷地の外から回り込んだら?」
天叢がわずかに四方城と顔を見合わせた後、ともに頷く。
それを見た御船が前に立った。
「決まりだな。オレとアイナさんが前衛に出る」
「後衛はマリーさんとあたし。中衛には風精雷鳥、出しとくからね。月は不意打ち警戒でっ!」
月は由佳の言葉に頷きながら、皆の顔を見る。
「……行こう、みんなっ!」
頷く面々の顔は、なぜだか妙に力強かった。
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