双魔、閃く
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黎一たちを取り巻いていた、祭壇の幻影が晴れてゆく。
風が止み、雲が消えた。あとに残るのは無骨な石柱と、露骨に戸惑う魔物たちだけだ。
「まやかしガ……!」
「やったか、ルナ!」
魔物と戦っていたフォルティスとイメルダ、戦鬼たちが喝采に沸いた。すでに半数ほどが斃れているものの、集としての統率は失っていない。
(ナイス、蒼乃!)
心の中で賞賛を送った時、祭壇の中心で空気が弾ける音がした。蒼乃が村を目指して移動したのだろう。
「残るはここの魔物たちダけダ! 一気に叩けえっ!」
フォルティスの号令に、残る戦鬼たちが一斉に攻勢へと転じた。
イメルダもまた、最前線に立って剣を振るい始める。
(このままいけるか? いや……)
思うが早いか。
わずかに差す陽光を遮って、長い影が差した。黒い蛇体が石柱を倒しながら、イメルダを目がけて押し寄せる。
「イメルダッ!」
フォルティスがすんでのところでイメルダを抱え、横っ飛びに跳んだ。
黒蛇の頭が、数瞬前までイメルダがいた位置を通り過ぎていく。
(まだ、お前がいたよな)
空の下で見る黒蛇は、思っていた以上の大きさだった。
丸太を数本どころか、樹齢数百年の樹木さながらの太い身体で、祭壇の外周を取り巻いている。黒緑色に輝く鱗は、それぞれが鋭利な刃物を思わせた。幾筋もの傷跡がついた頭からは、真っ赤な舌をちろちろと覗く。
「やはり主の一柱か。村の碑文に残っていた。名を……天覆黒蛇」
顔をしかめたフォルティスが告げた名は、元の世界でも語られている蛇の怪物と同じものだった。
(父さんのいた焉古時代もそうだけど、フリーデン帝国の時代にも勇者がいたのかもしれないな)
黒蛇あらため天覆黒蛇の目は、敵意に満ちていた。その視線はただひとり、黎一にのみ向けられている。
(ご指名かい。さっきの一発がよほど堪えたらしいな)
愛剣に光を灯し、前に出た。
身構えるフォルティスを左手で制すると、わずかに視線を送る。
「フォルティス、イメルダ。動ける奴らと下がってくれ。ここは俺が戦る」
「無茶はするな……なドといったところデ、今さらか」
フォルティスはそう言って笑うと、負傷した者たちに肩を貸して石柱へと身を隠す。
「キシャアアアアアアアッ!!」
待っていたかのように、天囲黒蛇が天に向けて吼えた。
生き残っていた魔物たちも恐れをなしたか、一目散に逃げていく。
「名乗りのつもりか? 意外と律儀だな。ま、言葉なんぞ通じないだろうし……行くぞ」
天覆黒蛇が動いた。巨体をくねらせながら、一直線に黎一を呑み込まんと口を開ける。
(飛び道具がないのはありがたいねえっ!)
「勇紋共鳴、魔力追跡! 白霊祈ッ!」
剣に宿した光を解き放つ。青白い光の刃は能力の導きによって飛び行き、黒い鱗が覆う額を直撃した。
「ギキッ、シャアアッ‼」
天覆黒蛇が噛みつこうとしていた頭部をひっこめ、苦悶に顔を歪める。
しかし当たった箇所を見てみると、鱗が数枚落ちただけだ。先ほどの風刃に比べれば幾分マシだが、下級の言葉を使った魔法だと少々、心許ない。
(さすがに図体がデカいだけあるな! ワンパンできる能力は全部ない、か……!)
ニヤリと笑った時。
愛剣の柄が、にわかに振るえ始めた。
『う”おおおおぃ……。ああ~、ここはいい魔力があんなあ。ビクンビクンしちゃうぜぇ』
「おい、誰が出てきていいって言ったよ。今回はお呼びじゃねえから寝てろや」
突如として聞こえてきた濁声に、光刃を撃ち出しながら応じる。
視界の片隅では戦鬼たちが目を丸くしているが、この際なので無視しておく。
『カカカッ……そう邪険にするなよ、相棒。そっちの相方がいねえなんて、なかなかねえんだ。たまには水入らずで語らおうぜえ?』
ケタケタと笑う濁声は、間違いなく黎一の剣から聞こえてきていた。
名をダイダロス。焉古時代を生きた竜人だ。故あって自ら剣に魂を封じ込めたおかげで、滅びを免れたらしい。
この剣の封印を解き、『|黎一たちが一番知りたいこと』とやらを聞きだすのが、目下の第一目標となっている。
「語らうことなんぞない。とっとと終わらせるから引っ込んでろ」
『ほお? それにしちゃあ、ずいぶんと手こずってるようだが?』
たしかに、黎一は先ほどから光の刃を撃ち出しながら天覆黒蛇の攻撃を避けているだけだ。風の補助魔法のおかげで巨体に取りつき跳ねまわるのは簡単だが、決め手に欠くように見えても仕方がない。
「うるせえ、試したい魔法があるんだよ……ッ!」
言いながら飛び回っていると、天覆黒蛇の頭が目の前に現れた。大きく開かれた口の奥には、藍色の光が満ちている。
(やっぱり飛び道具あんのねッ!)
先手を取るべく、跳躍しながら剣に風の魔力を纏わせた。
次いで纏わせるのは光の魔力だ。
脳裏に名とイメージを描き、中空で剣を真一文字に振り抜く。
「……是空刃ッ!」
剣から、風と光が解き放たれた。が、なにも起きない。
『おいおい、なにやって……!』
ダイダロスの言葉が、終わる前に。
天覆黒蛇の喉元あたりに、一筋の光が奔った。
黒き鱗が裂け、紫色の血が溢れ出す。
「ギャシャアアアアアアッ……!!」
まだ声は出るらしく、天覆黒蛇が激しくのたうち回る。
飛び散った血が石畳に降り注ぎ、灼けつくような音を立てた。
『うおぉ⁉ 今、お前なにやった⁉』
「風と光の複合魔法だよ! 空間に斬撃のイメージを置く技だ!」
石畳の上に降り立ちながら、ダイダロスの声に応じる。
天覆黒蛇はと見ると、痛みに身をくねらせながら遺跡の外郭にとぐろを巻きはじめていた。
(オーケー! いい位置だ!)
そのまま、天覆黒蛇へと突進する。
蛇が、嗤った気がした。喰らうつもりか巻きつくつもりか、黎一目がけて真っすぐ突っ込んでくる。
(よし、ここだ!)
「……黄龍翔ッ!」
名を告げながら、剣を石畳に突き立てた。
瞬間――。地から、黄土色の龍が湧く。龍は天に昇り行き、間近に迫った天覆黒蛇の頭を顎下から打ち抜いた。
のけぞった蛇体が、音を立てて倒れる。その頭には、幾多の牙と爪に裂かれたような傷が無数に残っていた。
「なんということダ……」
「主を一人で、こんな簡単に……?」
フォルティスとイメルダの、呆然とした声が聞こえた。
振り返ると他の戦鬼たちは、ぽかんとした表情を浮かべている。言葉もないのか、目の前の事実を飲み込めていないのかは分からない。
『ヘッ、やるようになったじゃねえか』
「まあな。六天魔獣は二匹目であの強さ。しかもわけわかんねえ勇者の集団までいるってんだ。なんつうか、色々やっておきたくもなるってなもんよ」
剣をひょいと担ぐ仕草をしつつ、ダイダロスに応じる。
ノスクォーツとの騒動が終わってからというもの――。
ヒマを見ては蒼乃とともに、戦闘技術の向上に勤しんでいたのだった。
『オレ様がぐっすり寝てる間にようやるぜ。それで目をつけたのが光の複合の魔法、か』
「そういうこった。使ってみたら強かった、ってのは俺も蒼乃も思ってたしな。目ぼしい迷宮は巡っちまったから、能力も集まんねえし」
『ソウマだって思いつきゃしなかったぜ……。あいつの場合、属性の概念を創ることが先だったのもあるだろうが』
「その父さんが遺した概念が役に立ったんだよ。さっきの魔法なんて、『特定の事象に、ある属性が関係している』ってイメージを元に、その特定事象を無理やり顕現させてんだからな」
『……なんて?』
「ほら、風は空を渡るから空間にも干渉できるはずだ~、とか。地脈に干渉すれば強大な力を呼び起こせるはずだ~、みたいな?」
『それでよくなんとかなるな……?』
「しゃあねえだろ、実際なんとかなったんだから。てか氷や熱風みたいに属性を混ぜ合わせるだけのイメージだと、光や闇はうまくいかなかったんだよ」
若干、引き気味になった濁声となおも話し込んでいると、フォルティスが近づいてきた。
「……すまぬガ、祭壇に行っても構わんか。少し気になることガある」
* * * *
祭壇までは、ものの五分とかからなかった。なにせ幻影がなければ、石柱が円状に並べられたストーンサークルだ。
『こいつぁたまげた。ここは竜人の住処だ』
「なるほどね。村の建物の造りで、フリーデン帝国のもんだとばかり思ってたけど……。竜人の遺した場所に住み着いただけ、ってわけか」
中央にある石畳には、白い獣と山田の屍が転がっている。フォルティスは獣の屍に歩み寄ると、顔をしかめた。
「……やはり、十角白獣か」
「こいつも主なのか?」
「うむ。天覆黒蛇、十角白獣……。かつては、何人もの同胞ガ犠牲になった」
「十角白獣を討ったのはルナか。そなたラには、礼を言わねばならんな」
フォルティスとイメルダは少しだけ笑った後、表情を引き締める。
「ダガ、あと一匹残っている」
「火喰赤鵬……。もっとも穏やかにして、もっとも強い主だ」
「あやつだけは我ラを手にかけなかった。だが魔物を操る者ならバ、話は別ダろう。もし、ヤツが屈服させたのだとすれバ……」
「勾原のところ、か」
黎一は、村がある方角を見た。
尾根をひとつかふたつ超えた先に、村のようなものがある。先ほどまでは幻影で見えなかったが、今ははっきりと見て取れた。
『主ねぇ……。ひょっとするとアエリアみてえな、竜人の残留思念が化けた存在かもしれねえな。でなきゃいくら魔物だって、ここまで長生きできるはずがねえ』
「……フォルティス、行こう。蒼乃や仲間たちも、村の近くまで着いてるはずだ。イメルダは、フィロ探しを頼む」
黎一の言葉に、フォルティスたちは神妙に頷いた。
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