黒き蛇、白き獣【黎一/月】
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※5章完結してから抜けてるの気づきました……。マジでごめん!
雲が渦巻き、烈しい風が吹く。祭壇の風景がさらに歪む。術者の感情を、そのまま絵画に起こしたかのようだ。
ただ黎一たちと戦鬼の軍団が陣取る一角だけは、魔力の光に満たされていた。
「よしっ! 行け、蒼乃!」
「う、うん……! ね、ホントに大丈夫⁉」
「こういうの初めてってわけでもねえだろ! フィロを頼むッ!」
フィーロの名を出すと、蒼乃の表情が変わった。
黎一とすべての戦鬼たちに風の補助魔法をかけ直すと、身を翻す。
「勇紋権能、無足瞬動ッ!!」
空気が弾ける音とともに、蒼乃の姿がかき消えた。
途端、雲が割れた。黒蛇の身体が、蒼乃の消えたほうへと伸びていく。
(させるかよっ!)
風の加護に身を任せ、地を蹴った。
愛剣に炎を纏った後、上から光の魔力を重ねる。まばゆい光を宿した陽のごとき炎が、刀身を覆い尽くす。
「……焦天墜ッ!」
黒蛇の頭を見下ろす高さから、剣を振り下ろした。
刃から放たれた小さな日輪が、蒼乃を追う黒蛇の額を直撃する。
「キッ、シャアアアアアア……ッ!」
黒蛇が、激しくのたうち回った。丸太を数本束ねた太さの身体に、魔物たちが容赦なく弾き飛ばされていく。
ようやく落ち着いたのか、鎌首をもたげた黒蛇が黎一を見た。その目には、憎悪の光が灯っている。
「やっとこっち向いてくれたな。今のはさっきのより効いただろ?」
煽りの意味を込めるつもりで、笑ってみせた。
不敵な笑みを浮かべたつもりだ。慣れないことだが、今はなぜか上手に笑えている気がする。
「さあ、来いよ。蒼乃の背中は、誰にも追わせない」
剣にふたたび光を宿し、言い放つ。
言葉の意味を分かってか、分からずか。黒蛇の怒りに満ちた咆哮が、光指す幻影の中に響き渡った。
◆ ◆ ◆ ◆
風を纏って飛翔する月の眼前に、新たな魔物の群れが現れた。
「勇紋権能、無足瞬動!!」
能力を使って、軌道を強引に変える。脇にある二本の石柱、そのわずかな隙間をくぐってやり過ごす。
(構ってる場合じゃないってのッ!)
皆から離れた直後、背後に黒蛇の気配がした。
今のところ追ってきてはいないようだが、悠長にしてもいられない。
(山田は……こっちっ!)
ふたたび現れた魔物の群れを突破しつつ、能力が伝える感覚に従ってなおも翔ける。
山田が使った、祭壇や魔物たちの魔力に紛れさせるというのは妙手だった。だが一度つかんでしまえば、魔力追跡から逃れる術はない。
(早く、フィロを連れて戻らなきゃ)
フィロのことは、もちろん心配だった。いかに竜人の血を継ぎ純然魔力もあるとはいえ、中身は五歳の女の子なのだ。
だが今、それ以上に心配なのが黎一のことだった。
(あんな戦い方まで身につけて……。でもなんだろう、この感じ)
能力と魔法の特性を理解し、敵の手を即座に看破する才には、さらに磨きがかかっている。
だがあの姿を見ていると、なにか普段と違う気がしたのだ。
(なんか、なにかが開きそうな……。んん、よく分からない)
そこまで考えた時、目の前に白い体躯の獣が湧いた。
全身は蔦で覆われ、頭からは鋭利な角が何本も生えている。以前に戦った地精王獣を白くして小柄にした感じか。
白獣は、山田の魔力波形に続く道の途上にいた。いつの間にか、脇にもすでに雲の壁がある。避けていく術はない。
「ああん、もうっ!」
無足瞬動を止め、白獣から少し距離を置いて立つ。
二本の短杖を、両の手で構えた時。
「オォオオォン……」
白獣が吼えた。
途端。前方に、いくつもの岩の錐が現れた。石畳を割った勢いそのままに、月を目がけて伸びてくる。
「げげっ……!」
風の補助魔法に物を言わせ、数度のステップですべての岩を躱した。
だが月が唸ったのは、攻撃の苛烈さゆえではない。
(地属性、かあ……っ! いっちばん引きたくない相手、引いちゃったなあ……!)
この異世界において、守護属性は大きな比重を占める。魔法を習得する時も、自身と同じ属性を選ぶのが常識だ。
相手の属性が自身の弱点であった場合、魔法は効きにくいのはもちろんのこと、相手方から受けるダメージも大きくなる。
月の守護属性は風だった。水に強く、地に弱い。目の前の白獣は最悪の相手である。
(山田とやり合う前に、魔力使いたくないけど……!)
「勇紋権能、無足瞬動!」
距離を詰めてくる白獣を、能力を使って引きはがす。
着地しようとしたあたりに、ふたたび岩の錐が突き出てくる。相手の移動ルートを見極めてくるあたり、魔物としてはかなり賢い部類だ。
「空に揺蕩う風精よ、赤き火を纏いし刃となれ! |紅刃熱風ッ!!」
右手の短杖の先端にある黄水晶から、炎風の刃が伸びる。そのまま風の結界を突き抜けてくる岩の錐を、斬り払った。
地は風に強く、火に弱い。こうして属性を複合することで、弱点属性であっても渡り合うことはできる。
「グルルッ……!」
白獣の顔が警戒の色に変わった。属性の概念は分からずとも、己が火を苦手とすることを本能的に分かっているのかもしれない。
構わず、そのまま無足瞬動で突っ切った。
(一気に、終わらせる!)
進む先に、岩の錐が次々と噴き上がってくる。斬り払うのが少し億劫になる数だ。
「赤き暴風、炎熱を以て舞いあがれ! 熱風螺旋!」
噴き上がる熱風が、赤き螺旋を描く。鋭く突き出した岩の錐のことごとくが、熱に呑まれて砕け散る。
一直線に進んで、斬り捨てる――。そこまで考えた時。
『退きなっ、十角白獣ッ!』
どこからか声がした。聞き覚えのあるその声は、かつての級友のものだ。
白獣もとい十角白獣は、やや口惜しげな表情を浮かべた後、雲の幻影の中へと飛び込んだ。先ほどといい、なかなかに感情表現が豊かな魔物である。
(自分の護りに回したか。中心では二対一、ってことね)
月は水薬を飲んで魔力を回復すると、少し離れた位置に捉えた闇の魔力の方向へと飛んだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




