幻影の城
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程なくたどり着いた祭壇は、やはり厚い雲で覆われていた。
うっすらと見えるストーンサークルの石柱に沿うように、雲の壁が渦巻き流れている。中の様子は、杳として知れない。
「思ってたよりデカいな……」
「この雲も幻影だね。祭壇の影響も受けてるのかも」
黎一のぼやきに、蒼乃が応じる。
先ほどフォルティスたちがフィーロの捜索を申し出てくれたことで、少し気分が上向いたらしい。
「まやかしを操る者は、おそらく祭壇の中心にいる。中心まデはそれほど距離はない。だガまやかしを仕掛けているならバ、より時を食うダろう」
フォルティスの言葉に、しばし思案する。
山にかけた幻影を取り払ってまで創った仕掛けだ。中は迷宮さながらになっていると思っていい。そこにありったけの魔物を詰め込んでいると考えると、足があさっての方へと向かいそうになる。
(祭壇を潰さないわけにはいかない。おまけにフィロも探さないといけない。スピード勝負か。だったら……)
「……蒼乃」
手を差し出しながら、相方の名を呼ぶ。
「ん、なに?」
蒼乃が、手を握り返しながら応じてくる。手を繋ぐのは、能力を入れ替えるのに必要な動作だ。
今、蒼乃には体力と魔力が徐々に回復する活性快体を渡している。
「中に入ったら、一気に突っ切って山田を叩いてくれ。終わったら全速力でフィロを探しにいくんだ」
「はあっ⁉ なんでよ、戦鬼のみんなが探してくれるって……!」
「幻影を突っ切るにはそれが一番だ。機動力はお前の方が上なんだから。それに……」
「それに?」
「戦鬼たちじゃ多分、フィロの魔法を見破れない。あとフィロは多分、村に向かう。魔力の濃淡を感じ取れるし、ちょっとくらい道が崩れてたってどうってことない。早く見つけないと、村まで行っちまう」
「……私の魔力追跡だね?」
「ああ。引っかかってくれるか分からねえが、雑に探すよりはいい」
「分かった。ここはお願いね」
蒼乃が頷いたのを見て、能力を入れ替えた。
渡したのは術者を高速移動させる能力、無足瞬動だ。加重によって身体に負荷がかかるのが難点だが、風の結界を併用すると負荷なく使うことができる。戦い方との相性がよいのも相まって、普段も蒼乃に渡すことが多い。
「……準備は終えたか?」
すでにフォルティスたちは、手に手に武器を携えていた。
黎一は蒼乃と顔を見合わると、頷きを返した。
「オレガ先頭に立つ。……続けッ!」
フォルティスに続いてイメルダ、その次に戦鬼たちが渦巻く雲へと駆け込んでいく。
殿で中に入ると、急に正面から風が吹きつけた。
「……っ⁉」
「ねえっ! この風、普通じゃない!」
蒼乃の言葉に、能力を魔律慧眼に切り替える。
たしかに魔力は属性を問わず豊富にある。しかし風が吹いても、風を顕す黄金の魔力が動かない。
(魔法じゃない……! こっちの五感に錯覚を起こす幻影、ってことか!)
そこまで考えた時。
黎一から見て左側の雲の中で、色が動いた。
何とはなしに、そちらを見て――。
(……ッ⁉)
思わず、ぎょっとする。
太く長いなにかが、鎌首をもたげていた。頭と思しき箇所は、黎一たちのほうに向いている。影の形を追う限り、どうにもそれは祭壇の外周をぐるりと囲んでいるらしい。
影が、動く。
「……来るぞッ! 左だッ!」
言うが早いか、雲が割れた。
裂け目から現れたそれは予想通り、巨大な蛇の頭だった。禍々しい黒緑色の皮膚に覆われた胴体は丸太よりも太く、開かれた顎は大人でもひと呑みにできそうな大きさだ。
「主の一匹かッ!!」
「こいつまで屈服させルとは……!」
フォルティスとイメルダが叫ぶ。
その間にも、蛇の顎は戦鬼の一匹を銜えこんでいた。牙でかみ砕かず、そのままひと息に呑み込む。
「勇紋共鳴、魔力追跡! 風伯刃ッ!」
放った風の刃が、黒蛇の額を打った。だが黒蛇は大して効いた風もなく、素早く雲の中へと戻っていく。
同時に、規則正しく並ぶ石柱の陰から、大量の魔物が湧いて出た。
「一撃離脱戦法、ってやつね……!」
「狡いマネしやがる。飼い主に似たのかねえ」
魔法を放つ蒼乃の言葉を、皮肉でもって肯定する。
なにせ祭壇の外周を取り巻けるほどの大きさだ。標的の動きに合わせて周囲を回り、幻影の向こう側から獲物に食らいつける。
前から風に紛れて魔物の群れが押し寄せれば、注意は自然とそちらに向く。背後を疎かにした者から、一匹ずつ屠るつもりだろう。
(俺らが突入するまで、幻影の中に隠してやがったんだ……! こりゃ相当、覚悟ガンギマってんな!)
そうこうする間に、ふたたび黒蛇の顎が戦鬼の一匹を喰らった。
手を打たなければジリ貧になるのは、火を見るよりも明らかだ。
「蒼乃、山田の位置は⁉」
「調べてるけど分かんないっ! 魔物のせいもあるけど、あの蛇が場を囲ってるからだと思う!」
魔律慧眼で見ると、現れた魔物たちと周囲を覆う黒蛇の魔力によって、さながら万華鏡のような様相を呈している。
(祭壇で魔力が強化されるのをいいことに、魔物の魔力の中に紛れて自分の位置を誤魔化す、か……! なるほど勉強になるわっ!)
蒼乃は山田の魔力波形を覚えているだろうが、これだけ魔力が乱れると話は別だ。魔物の属性がバラバラなのもさることながら、黒蛇が山田と同じ闇の魔力なのが小憎らしい。
「だったら……! 勇紋権能、万霊祠堂!」
万霊祠堂に意識を切り替え、別の石碑に手を伸ばす。
「……影隷創招ッ!」
能力によって、黎一の影が蠢いた。影はぬるりと這い出て黎一に纏わりついたかと思うと、身体と武器の輪郭を写し取った影法師へと姿を変える。全身真っ黒なのっぺらぼう、という点以外は完璧な分身だ。
「裂虹環!」
言葉に応じて剣をかざすと、黎一の周りに五つの虹の剣刃が現れた。
――編み出したばかりの、水と光の剣魔法である。
敵意を持った存在の動きや魔法に応じて反撃する、虹の剣刃を生む。
単体魔法でないゆえ全々全花で反復できないのが、少々ネックではある。だが光属性で打ち消し効果まで持っているメリットは、それを補って余りあるものだ。
「……ン」
影法師が、妙な声音とともに剣を振るった。程なく、黎一と同じく虹の剣刃がその周りに現れる。
この影法師、術者の動きを真似る力を持つ。能力こそマネできないが、魔法はなんでもマネしてくれる。
その時。黒蛇が三度、雲の中から姿を現した。
「……いけえッ!」
念じて剣を振るうと、虹の剣刃のひとつが動いた。影法師がそれに倣う。二つの剣刃は七色の軌跡を生みながら飛翔し、突っ込んでくる黒蛇の額に突き立った。
「キシャアアアアッ⁉」
黒蛇が苦しげな鳴き声をあげる。よほど意外だったか傷が深いか、戦鬼たちに手を打さずに頭をひっこめた。
(よっし! あの調子なら、少しの間は出てこねえな! 今のうちに……!)
頭の中に、とあるイメージを浮かべながら剣を振るう。
すると、残った虹の剣刃が一斉に飛んだ。上空へ去ったかと思うと、戦鬼たちと交戦する魔物を穿った後、地へと突き立つ。
ちょうど、黎一を中心に十字を描く位置だ。影法師の放った剣刃も並ぶと、あたりがにわかに明るくなった。
(この状態なら……!)
「蒼乃、やれるかッ⁉」
「うんっ、ありがと!」
意図を察したのか、蒼乃は周囲を見回し始める。
特定の魔力が邪魔なら、対抗する属性の魔力を増やせば抑えこめる。
あいにく光の巧結界はないが、こうして滞留する魔法で魔力を放てば、魔力の均衡を変えることは難しくない。
「勇紋権能、魔力追跡……! オッケ、見つけたっ!」
蒼乃が快哉を叫ぶ。
黎一は光に照らされながら、フォルティスたちと満足げに頷いた。
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