狂騒の徒【由佳】
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炎が、鈍色に染まる山道の大地を焼いた。
由佳の召喚した火精小竜が放ったものだ。赤い舌にも見えるそれは、前方に立った魔物たちを呑み込んでいく。
「ピイッ……!」
「ウゴゥ……ウゴッ……!」
数体の食人妖花と精銀岩人が、苦悶の声をあげて倒れた。
しかし焼け焦げた魔物の屍を踏みしだき、さらに別の群れが押し寄せてくる。
(もうっ、キリないなぁ! 舞雪たち、いきなり見えなくなるしっ!)
「ヴルちゃん! 左右止めてッ!」
由佳の命に応じて、火精小竜が前方左右の群れに向けて炎を吐いた。
呼応するように、相方の大剛が前方へと走る。剣状鎚を横一文字に振り抜くと、魔物たちが一片に吹っ飛んだ。
しかし攻撃した後の隙を縫って、後方にいた勇翼天馬たちが宙を舞う。
「ヒィィィン!」
馬のいななきとともに生まれた風の刃が、大剛に向けて放たれる。
火精小竜は地を這う火竜、空中からの攻撃を迎撃する術はない。
(やっば、結界……! って、魔法ならいっか)
あっけらかんと考えた時、御船がわずかに宙へと視線を向けた。
「勇紋権能、破幻強志」
大剛の声とともに、すべての風の刃が一瞬にして霧散する。
勇翼天馬たちが、明らかに狼狽え始めた。大剛は大きな屍を踏み台にして飛び上がり、中空の白馬たちを叩き落す。
(相変わらず無茶するなぁ。ま、どっかのバカップルほどじゃないけどね)
――思い起こされるのは、先ほどはぐれた八薙と親友の月だった。
周囲を消耗させまいとひとりで戦うのもバカだし、相方が罠にかかったからと言って迷わず崩れた崖に飛び込むのもバカだ。
挙句、あれでまだ一線を超えていないどころか、付き合ってすらいないという。二人揃ってバカの極みである。
(つくづくバカだよねぇ。もっと素直になればいいのにさ)
得物で攻撃を受け止めた大剛に回復魔法をかけつつ、友人たちの奇行を思い起こす。
由佳の見る限り、以前はともかく昨今の八薙は、月を嫌っているわけではない。むしろ逆だ。病的な女嫌いさえなんとかなれば、簡単に進展するように思えた。
(やっぱり月だよねえ。一気にいっちゃえばいいのに。あのままだと横から搔っ攫われるよ)
八薙のまわりには、たくさんの女性たちがいる。
元王国の第六王女マリーと、女剣士のアイナが新たなに八薙の眷属となった。そも眷属を増やせるという事実に驚いたものだが、様子から察するに二人とも八薙に好意を持っている。
(あんだけ有名になっちゃうと、ライバルもたくさんだよ~? 噂だと大店の商人とか貴族とかも嫁やって縁戚に~とか狙ってるって聞いたし。女嫌いとか、ひとつ屋根の下にあれだけ女囲ってりゃ、説得力のカケラもないっしょ?)
心の中で、おそらく無事であろう親友に向かって語りかけた。
命をやり取りする場でなにをしているのだろう、という気持ちも片隅にはある。が、これだけひっきりなしに襲われると心の潤いが必要なのだ。
(とりあえず今は小康状態だし、ね)
改めて場を見ると、魔物の数はかなり少なくなってきていた。
前面では大剛が薙ぎ倒し、左右は火精小竜がにらみを利かせている。今の状況なら、水薬による補給も簡単だろう。
(この調子なら、ここは切り抜けられそうかな。早いとこ舞雪たち探して、合流しないと……!)
などと考えた時。
身体が、がくりと重くなった。火精小竜の身体が、一瞬だけノイズが走ったように霞む。
「え、っ……」
「チッ、おいでなすったか」
魔物から間合いを取った大剛が、上空を見つめた。
釣られて見れば群れの向こうの空に、二メートルはあろうかという鳥の魔物が羽ばたいている。その背に乗る小柄な男の姿には、見覚えがあった。
(うっわ、恵月じゃんっ! 最悪……ッ!)
勾原の取り巻きの中でも、妙な性癖を持っているともっぱらの評判だった。おまけに背が低いのを気にしているのか、小柄な由佳にやたらと絡んでくる。
さらには能力の相性も最悪だった。由佳の精霊召喚は召喚する時こそ魔力の消費はないが、精霊の維持には継続して魔力を消費する。ここに恵月の魔力攪乱をかけられると、精霊の力が著しく弱まるのだった。
(空、飛んでるし……。いるのが恵月だけ、ってことは近くに外波山さんが潜んでる! ちょっと嫌だねぇ、これは……!)
「よお、恵月。元気そうじゃねえか」
「……馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ、タコ」
いつもの調子で言う大剛に向けて、恵月はしかめ面で吐き出すように応じた。
「ヘッ、言うようになったな。兵隊もらってご満悦か?」
「るせえ。これ見て、まだそれ言えるのか?」
恵月が、手にした石斧を振り上げる。
すると周囲の景色から滲み出るように、魔物たちが続々と現れた。
おそらく先ほどの群れは囮で、本命は外波山の透明化で姿を消したこちらの群れなのだろう。
(さっきといい今といい、殺意とか攻撃の意思で能力が解けるのかな? 透明のままで攻撃、ってのはできないのね。恵月がわざわざ前に立って囮やったのも、そのせい。ならまだ、伏せてる魔物らがいる……!)
「戻って、ヴルちゃんっ!」
長杖の柄頭で地面をひと突きすると、由佳の足元に展開していた赤い魔法陣が消えた。
火精小竜の姿がかき消える。魔力の供給を止め、精霊が在るべき”一枚向こう側の世界”へと還したのだ。
(対空なら、こっち……! ちょっと重いけど……!)
「勇紋権能、精霊召喚! おいでっ、バドちゃん!」
能力に導かれ、風を顕す黄金の魔法陣が展開した。
ずしりと重石を乗せたような感覚が、身体を襲う。なにせ今から召喚するのは、火精小竜よりも高位の精霊だ。
(恵月が大剛と直接やり合うとは思えない。狙ってくるならあたし! だったら逆手に取って、この子で一気に終わらせる!)
ほとばしった雷光が絡まり合い、ひとつの形をとった。雄々しき翼、長く鋭い嘴。そのすべてに雷を帯びた巨大な鳥が、由佳を護るように空を舞う。
風精雷鳥――。風の精霊の中でも、魔人に次ぐと謳われる精霊である。
「バドちゃん、あたしを護って。余裕があったら、大剛の周りを攻撃っ!」
『コ……コ、ロエ……タ』
高位の精霊だけあって、個性も由佳が使役できる精霊の中で一番まともだ。普段は忠実な機械兵といった口調なのだが、今はその声も擦れて聞こえる。
(やっぱり、魔力攪乱のせいで魔力が足りてない……! けど今、頼れるのはこの子だけ……!)
魔物の群れが、じりりと距離を詰めた。
御船もまた、得物を構えて一歩前に出る。
鈍色の空に風が、吹いた。
「……行けえッ!」
恵月の号令とともに、魔物たちが一斉に走り出す。
視線の向く先は、いずれも大剛だ。
(全部、大剛に寄せてきた⁉ バドちゃん、そっちに回した方が……!)
「由佳ッ! 自分の身は自分で護れッ!」
逡巡を、大剛の大声がかき消した。
その姿が、またたく間に魔物の群れの中に消えていく。
(だい、ごっ……!)
考えた瞬間。
由佳の背後から、さらに魔物が現れた。こちらは大剛に目もくれず、一直線に由佳へと向かってくる。
「ッ……! バドちゃんっ!」
由佳の命に従い、風精雷鳥が羽ばたいた。
その翼から放たれる幾筋もの雷光が、魔物たちを打ちのめした。しかし高位の精霊の攻撃にも関わらず、倒れる魔物の数が明らかに少ない。
(全然、魔力が足りてない……!! 押し切られる……っ!!)
精霊も同じ判断をしたらしく、風精雷鳥が由佳の頭上から離れる。
だが同時に、頭上に新たな影が差した。恵月の駆る怪鳥だ。
「みぃ~つぅ~かぁ~わぁ~ッッ!!」
その目は血走り、だらしなく開いた口元からは涎が滴り落ちている。
もはや人の理性など微塵もない、獣の顔だ。
(うっわ、キモッ!!)
「ヒハハハハッ! そういう目もいいぜぇ! ほぉらぁ、這いつくばってケツ穴こっちに向けろおッ!! そしたら大剛は苦しまずに殺してやらぁ!」
大剛も風精雷鳥も、由佳のフォローには入れない。
目まいに襲われる。魔力の不足か、それとも迫りくる存在への恐怖か。
(これは……舌とか噛んだほうが、いい感じ?)
ごくりと、喉を鳴らした。
――その時。
「……勇紋権能、剣林斬雨」
明後日のほうから、凛と鳴る声が聞こえた。
太刀筋を思わせる光が、恵月を乗せた怪鳥に降り注ぐ。翼を斬られたのか、巨躯がぐらりと傾いだ。
「のぉっ、わあっ⁉ お、おいっ! ちゃんと躱せ……」
「――穿刻」
凛とした声が、恵月の罵声を遮った。
放たれた銀色の渦が、怪鳥の頭を呑み込み斬り刻む。
「ギシャアアアアアッ……!!」
「えい、クソッタレッ!」
地に墜ちる怪鳥の身体から、恵月が飛び降りた。
その間に、風精雷鳥に群れる魔物たちもあっさり地に伏している。
「ほう、大したものだ。その鳥ごと仕留めたつもりだったが……。さすが、この地で生き残っただけはあるか」
声に振り向けば、そこに立つのは青い貫頭衣を着たポニーテールの女性だった。右手には、刀を思わせる片刃の長剣。
もちろん、知った顔だ。
「アイナ、さん……っ!」
「すまない、遅くなった」
由佳の声に、ポニーテールの女性――アイナは、涼しげな笑みを浮かべた。
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