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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第五章 俺と彼女が、因縁の相手を斃すまで

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業には業を【マリー】

お読みいただき、ありがとうございます!

 視界の片隅で、天叢が倒れた四方城の元へと走り寄った。

 抱きかかえて距離を取ったかと思うと、右手を地につく。


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)万象治癒(トータル・ヒーリング)……! 慈愛の水を(たたえ)宝瓶(ほうべい)よ! 傷つく我らに無限の癒しを! 宝瓶湧水(アクエリアス)ッ!!」


 天叢の背後に、巨大な水瓶の幻影が現れた。その口からなみなみと溢れ出る水が、天叢と四方城を包み込んでいく。

 幻影設置(オブジェクト)型の回復魔法――。魔力(マナ)でできた幻影が在る限り、周囲に一定の効果を与え続ける高位魔法だ。

 その様を見届けながら、マリーは松本に向き直った。


「あんた……マリー王女、だっけ?」


「覚えててくださって光栄です。残念ながら、今は王女じゃありませんけどね」


 にやける松本に、微笑みを返す。

 もっとも、好意や善意は微塵もない。


「あんたも、いい乳してるよなあ。服の上からでも分かるもんな。わざわざ抱かれに来てくれたのかい?」


「ふふっ。冗談はお顔だけになさいませんと、嫌われますよ」


「へぇ……。なんか、雰囲気変わってね?」


「女には色々あるんです。やんちゃするだけの殿方とは違ってね」


 軽口で応じながら、縛められている魔物たちをちらと見た。

 藍色の蔦に縛められた魔物たちからは、色とりどりの光が搾り取られるように浮かび上がっている。魔物たちの魔力(マナ)の光だ。

 先ほどの攻撃に巻き込めなかった魔物たちは、依然としてマリーと松本を中心に囲いを作っていた。が、なにかに勘づいたのか近づいてくる気配はない。


(踏み込んじゃいけないって分かってるんですね。さすが禍の山脈の魔物たち、目の前の方より賢いです)


 今、囲いの中にはマリーの魔法が大量に仕掛けてある。

 業花飛種(カダベラス・シード)――。魔力(マナ)を闇の種子として撃ちこむ魔法だ。種は周囲の地形や宿主の魔力(マナ)を贄として蔦を伸ばし、やがて大輪の花を咲かせる。魔物たちが一歩でも踏み込めば、たちまち種に魔力(マナ)を吸われ、そこから伸びる蔦の餌食となるだろう。


(あとは空気を読まずに、仕掛けてきてくれると嬉しいんですけど……)


 そこまで考えた時。松本が、嗤った。


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)魔力増幅(マナ・アンプ)! 熱火矢撃(ヒート・アロー)!」


 松本が振り下ろした両手から、巨大な火の矢が放たれる。

 使われた”言葉”からして、本来は普通の矢と変わらぬ程度の大きさのはずだった。だがまっしぐらに飛んでくるそれは、投石器から飛びくる岩塊さながらの大きさだ。

 だがそれを見たマリーは、口の端に笑みを浮かべた。


(かかりました、ね)


 空いた左手を掲げる。

 手の甲に刻まれた勇者紋(サイン)が、輝いた。


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)……魔力喰鬼(ビッグ・イーター)


 黎一(あるじ)より預かった力を、解き放つ。周囲の魔力(マナ)を、一気に術者へと吸収する能力(スキル)だ。飛来した火の矢が、魔物たちから生まれた光の粒が、マリーの左掌に吸い込まれた。


「は……ッ⁉ 能力(スキル)がふたつ⁉ ええいっ! 勇紋権能(サインズ・ドライヴ)魔力増幅(マナ・アンプ)! 熱火矢撃(ヒート・アロー)!」


(ホントにそれしか使えないんですねえ。異世界(ここ)に来てからすぐにお山暮らしじゃ、無理ないですけど)


 苦笑しながら、ふたたび魔力喰鬼(ビッグ・イーター)を発動する。松本が放った火の矢が、先ほどと同じ結末を辿った。

 程なくして、周囲にいくもの藍の光が溢れ出す。集まった魔力(マナ)を、マリーが闇の魔力(マナ)に変換したのだ。


魔力(マナ)を吸い取って、変換しただぁっ……⁉ そんなことできるわけ……!」


 松本の口調に、焦燥の色が滲む。爬虫類型の魔物の腹を蹴ったかと思うと、くるりと背を向けた。


「お山に籠って得た知見だけで言うのは、感心しませんね。……業花蔦縛(カダベラス・ヴェイル)


 集まった魔力(マナ)を、撒いた種たちに与える。

 途端、松本の行く手を、幾条もの藍色の蔦が遮った。動きを止めた爬虫類型の魔物の足を、松本の身体を、またたく間に絡めとっていく。


「ああっ、クソッ、クソッ……おい魔物共(おまえら)あッ! 囲みはいいからとっとと突っ込んでこいッ! オレを助けろオオオッ!」


 松本の声が響いた。

 だが魔物たちが、囲みを解くことはない。唯々、遠巻きに見守っているだけだ。


「おいぃ! なんで、なんでだよっ! オレになんかあれば、サクが黙ってねえぞッ! おいっ、なんとか言えええッ!」


(やはり主の命でなければ、このくらいが限界ですよね。従者の器は、主の器の鏡ですから)


 顔を悲痛と絶望に歪める松本を見て、失笑する。

 命令を与える類の能力(スキル)は、複雑な命令にするほど強制力が落ちていく。こと”主以外の者の命令を聞け”というのは意外と曲者で、強制力が目に見えて落ちるのだった。勢いに乗じている時ならいざ知らず、生存本能が強く働く場面で命令が機能することはまずない。


(まして魔物は本来、より強い力に従うことを是とする存在……。弱き仮の主が食われかけたところで、命を懸けて助けるとかありえませんよ。実際、突っ込んできたところで結果は同じですし)


 マリーの予想通り、魔物たちは囲いを解きはじめた。一体、また一体と背を向けて去っていく。

 そんな中、魔物たち以外にも動く者があるのを、マリーは見逃さなかった。


「……ひとりで逃げるのは許しませんよ? 業花棘突(カダベラス・ソーン)


「ひぎゃああッ⁉」


 情けない悲鳴を上げたのは、今まさに逃げを打とうとしていた園里だ。

 すでに駆っていた魔物は力尽き、身体だけが蔦に縛められている。


(さて、あとは仕上げですね)


 蔦に念で命じ、松本の縛めを解く。こちらもすでに、足となる魔物を失っている。


「てっ、てめえッ……! このままじゃ済まさねえ……! 絶対に、オレが……」


「……先のことを望むより。今、生き延びることを考えたほうがいいと思いますよ?」


 にこりと笑った視線の先には、薙刀を構えた四方城がいた。その顔に、普段の穏やかな雰囲気は欠片もない。

 松本の表情が、絶望に染まる。


「うっ、ああっ……。勇紋権能(サインズ・ドライヴ)魔力増幅(マナ・アンプ)! 熱火矢撃(ヒート・アロー)ッ!」


 燃え盛る巨大な火矢が、四方城を目がけて突き進む。

 しかし四方城は避けようともせず、ゆらりと薙刀を構えた。


勇紋権能(サインズ・ドライヴ)闘気纏装(オーラ・フィールド)……。氷装(ひょうそう)冷泉御影(れいせんみかげ)


 ――鈍色の大地に、霜が降りる。

 四方城の身体を包んだ氷の振袖が、直撃した火矢を吹き散らした。

 薙刀の動きに合わせて舞う雪と霧が、松本を取り巻いていく。


「ひ、っ……ひ……あああああっ!! 猛火刃招(ブレイズ・ブレイド)ッ!!」


 松本の短杖(ワンド)の先端から、炎が噴き上がった。

 だがその時、すでに四方城の姿は冷たい霧の中に消えている。


「どこだ……っ! どこだあああっ!」


 炎の刃を携えた、松本が吼える。

 その背後から、四方城がすっと現れた。短杖(ワンド)を持つ右手を狙って、薙刀を振り下ろす。


「ひとつ……ッ!」


「っがっ……っあああああああっ!!」


 松本の右腕が、飛んだ。

 噴き上がった炎が、むなしく消えていく。


「ふたつ……ッ!」


「っぎあっ……ああああああっ!」


 左の腕が、飛ぶ。

 四方城は薙刀を横薙ぎの型に構え、迷いのない表情で振り抜く。


「……みっつッ!!」


 ――数拍の、間を置いて。

 霜に覆われた松本の首が、とさりと落ちてくる。

 鼻水をたらし口を半開きにした表情(かお)は、なんともだらしないものだった。



 *  *  *  *



 首を失った松本の身体が、力なく崩れ落ちる。

 四方城の能力(スキル)によってもたらされた霧が、徐々に晴れてきた。雲の切れ間からわずかに差す陽光の位置からして、今は正午くらいではなかろうか。

 そんな中、天叢が四方城に歩み寄る。


「舞雪、ごめん……。最後、任せちゃったね」


「いいんです。わたしがやりたくてやったんですから」


 マリーもまた、なおも表情が晴れぬ四方城のほうへと歩いていく。


「ご無事でなによりです。まずは一人、ですね」


「マリーさん……。助けていただいて、ありがとうございました」


 四方城が、深々と頭を下げる。

 防具と道着にところどころ傷はあるが、目立った外傷は回復したらしい。


「それにしても、どうしてここに? 麓にいたはずじゃ……」


 天叢の問いに、マリーは笑顔を浮かべた。


「レイイチさんから、皆さんを助けてほしいって連絡がきたんです。地図は手元にありましたから、レイイチさんが落ちた場所から皆さんの進んだ道を割り出して……。幻影には苦労させられましたけど、間に合って良かったぁ」


「八薙くん……! よかった、無事なんですね!」


「ルナさんともども、ご無事ですよ。ちょっと込み入った状況みたいですけどね。さて、と……」


 マリーは言葉を切ると、後ろを向く。

 そこには未だ、藍色の蔦に吊し上げられた園里の姿があった。


「二人目、いっちゃいます?」


「……そうさせて、いただきましょうか」


 感情が失せた四方城の声に、園里がぶんぶんと首を振る。

 四方城が、薙刀を振るおうとした時――。


「舞雪、やめろっ!」


 制したのは、天叢の声だった。


「六人の討滅が、わたしたちの任務のはず。なにより……この人たちのしたことは、人として許されることではありません」


「分かってる。だからこそ、君はもう手を汚すべきじゃない」


 天叢はそう言うと、蔦に口を塞がれたままの園里に向き直った。


「ロベルタさんは、まだ生きてるね?」


 園里が、こくこくと頷く。


「よし……。園里さん、幻影の抜け方は分かるんだろう? ロベルタさんのところまで案内してほしい。うまくいけば、命くらいは助けてあげられるかもしれない」


 黒髪の向こうにある荒んだ目に、わずかに光が戻る。

 だが天叢は、一転して険しい表情でその目を見つめた。


「ただし、もし変なマネをしたら……。その時は、僕がこの手で君を殺す」


 園里は顔を恐怖に染めた後、うなだれるように頷いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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