焉古の遺跡
お読みいただき、ありがとうございます!
最初の戦闘から、さらに三十分ほども歩いた後――。黎一たちは、根の壁の中に見える遺跡の前に立っていた。
遠目に見た通り、壁面の色は金属感のある濃い青竹色で統一されている。目の前にある高さ二メートルほどの扉は中世の城門というより、倉庫などで見るシャッターに近い。
(やっと着いた……。着いたのはいいけど……)
「ねぇ……。どうやって入るの、これ……」
隣の蒼乃が、疲れた声で問う。
ちなみにここまでの道中、霊木人形やらデカい芋虫らしき魔物――地精蟲というらしい――やらに何度か遭遇したが、アイナがことごとく斬り伏せていた。おかげで外傷はないが、根あり岩ありの荒れ地を歩き通したせいで、さすがに足が重い。
(いいからさっさと離れろ。芋虫出てきた時は元気に絶叫してたくせに)
依然として肩にかけた手を離さない蒼乃に向けて、心の中で呟く。
とはいえ実際、中に入る方法は見当もつかなかった。扉という認識はあくまで周囲の壁との差異から出たもので、開く気配は微塵もない。かといって視界の中には、他に入口らしき箇所も見当たらない。
「ヤナギ殿、ちょっといいか?」
呼ばれた声に視線を向けると、アイナが扉らしきものの前に立っている。言われるままに近づくと、壁面に手のひらより少し大きめのパネルらしきものがついていた。鈍い銀色に輝くそれは、青竹色の壁面から明らかに浮いて見える。
「ここに触れてみてくれないか」
「へ? あっ、はい……」
間抜けな返事をしながらも、パネルに触れる。
途端――なにかが、掌に吸い付くような感触に襲われた。脱力、倦怠感、どちらともつかない感覚が身体に押しよせる。
「……ッ⁉」
「すまない。少しそのままでいてくれ」
アイナの一言で、膝をつきそうになるのをすんでのところで堪える。と、掌に感じていた感触が消えた。
空気が抜けるような音とともに、扉が音もなく開いていく。動作も、扉ではなくシャッターのそれだ。開いた扉の向こう側は、思っていたよりもずっと明るい。
「やはり生きているか……。行くぞ」
(警戒とかしねーのかい。いやまあ、あんだけ強ければ分からなくもないけど)
入っていくアイナの後を追うと、そこは何もない広々とした空間だった。
壁は外壁と同じく金属感のある青竹色。異なるのは、溝が白く光っている点だ。おそらくこの溝が明かりになっているのだろう。子供の背丈ほどもある段差の先は、これまた広間になっている。
(日雇いバイトで行った、配送拠点の荷捌き場みたいだな。って、ファンタジーの趣じゃねえか)
「ここさあ、なんか私たちの世界っぽくない? 戻ってきたとかないよねぇ……?」
蒼乃もいつの間にか顔を上げて、あたりをきょろきょろと見回している。
アイナはというと段差に腰かけ、鞄からなにやら紋様の入った包みを取り出していた。開いた中には、握り飯と思しきものが三つ乗っかっている。
「長居するつもりで、多めに持ってきたのが幸いしたな。……ほら、食っておけ」
中身をひとつ取ったアイナが、包みを放ってくる。
受け取めて開くと、やはり握り飯だ。色とりどりの穀物が混じっているあたり、雑穀らしい。中から香ってくる美味そうな匂いに、思わず腹の音が鳴った。
「あ、ありがとう、ございます」
「私、いいです……。今、食べれる気分じゃない……」
「食べたくなくても食べておけ。腹が減っては何もできん。ここなら食事を邪魔される心配もないしな」
アイナはそれだけ言うと、握り飯を勢いよく頬張った。なにかをコリコリと噛む音が聞こえてくるあたり、具が入っているらしい。
ひとつ取って食べてみると、食感は意外と悪くない。半ばには漬物だろうか、緑色の野菜らしきものが入っていた。塩味とほどよい辛味が食欲を刺激し、気づけば二口、三口と食べ進められる。
「扉、閉じてはいましたけど……。中に魔物がいないって保証は……」
「……あるんだよ。なにせ、”焉古時代”の遺跡だからな。ここには不思議と、魔物は入ってこないんだ」
「なんです、それ? 超古代文明的なやつ?」
聞き慣れぬ単語に、蒼乃が食いついた。なんだかんだで握り飯まで食べ始めたあたり、知的好奇心は不調をも吹き飛ばすらしい。
「そんなに古臭い話でもないさ。五百年ほど前、栄華を誇った竜人たちが作った魔法文明……。その最盛にして最期の時代を指して、特にこう呼んでいる」
「いやじゅーぶん古いですって。てか、この世界の技術力とか妙に高いのって、ひょっとして……」
「ご明察だ。今この大陸にある魔法技術はすべて、焉古時代の遺跡から発見された技術を転用しているに過ぎない」
アイナは残っていた握り飯を一気に頬張り、鞄から取り出した革の水筒を呷った。線の細さとは裏腹に、なかなかの健啖家である。
「迷宮の奥には、大抵こうした遺跡が眠っている。焉古時代の技術や宝物はもちろん、迷宮の跡地も豊富な魔力を含有していることがほとんだ。そうした場所は”魔力湧出点”と呼ばれ、人々の生活を支える魔力の供給源になる」
「そっか。だからご飯とか、お湯とか明かりとか、あんなに……」
「そういうことだ。未知の技術や魔力湧出点を確保するため、大陸の各国は血眼になって迷宮を開拓している。その先手を担うのが私たち冒険者、ってわけさ」
(なるほどね……。戦争の代わりに技術革新と資源開発で競争、ってか。転移者を勇者って持て囃すわけだ)
いかに技術が進歩しても、それを遣う人がいなければ繁栄はあり得ない。民は国の礎。菜種のごとく絞りはしても、数は減らしたくないのが為政の常だ。
そうした事情を抱える国々にとって、どこの馬の骨ともつかない異世界人は格好の尖兵となりうる。この世界の人間に比べて身体能力が優れているのだから、なおさらだ。
「もっとも、冒険者としても悪い話じゃない。遺跡を見つけた者には、国から莫大な報奨金が入ってくる。実際、遺跡を二つ掘り当てて商家に転身して成功した、なんて話も聞くしな。このまま救助隊と合流できれば、私たちも遺跡の発見者さ」
心境が表情に出ていたのだろうか、黎一の顔を見ていたアイナがくすりと笑う。
「だからここ目指してたんですか……。てかそれ、めっちゃいいケースだけ……あぁ~もうっ、なんか騙されてる気がしてきた……」
(騙されちゃいねえ。ただひたすら踊ってろ、って言われてるだけだ。望もうが望むまいがな)
見物席に行ったところで、無理やり舞台に上げられる。ましてそれらすべてを傍から見て笑うなど、できはしない。
(異世界くんだりまで来て、力を手にしても、結局待ってるのは負け犬の運命だけ、ってか……?)
陰鬱な想像が、思考に影を落とした時――。
『……い、き……えるか』
(……ッ⁉)
聞き覚えのある、声がした。
立ち上がってあたりを見回すが、誰もいない。
「聞こえる! あの声だ!」
「あっ、声の人⁉」
『の…って…こい。ま……奥だ』
蒼乃が目を見開く間も、声は続けざまに聞こえてくる。
「奥だ、って。……進んで来いってことか?」
「なんだ、なにが聞こえている? 私にはなにも聞こえない」
「いや、それが……村が襲われた時……」
・
・
・
「……なるほどな。たしかにロイド村は、小さな木立の迷宮にほど近い。未知の魔法技術を持った何者かが、ヤナギ殿と交信した可能性はある」
「調べてみるわけに、いきませんか?」
「それが敵でない保証がどこにある? 遺跡に遺った竜人の思念が魔物化して襲って来た事例も、ないわけじゃない」
「……ッ」
正論を前にして、言葉に詰まる。
それを見たアイナが、ふたたびくすりと笑った。
「とはいえ、今は孤立無援だ。交信してきたのなら、そいつから手を出してこないとも限らない」
「……なら!」
「少し休んだら進もう。先んじて、そいつの正体を確かめる」
「ええ~っ……。また歩くの~……?」
はきはきとしたアイナとは対照的な、蒼乃のげんなりした声が遺跡に響いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたら、続きもぜひ。




