種を超えた盟約
お読みいただき、ありがとうございます!
石造りの室内に、沈黙が落ちた。
フォルティスは黙したまま、黎一の答えを待っている。
「なぜ、って……」
「オレは一族を護る義務ガある。この戦いが終わった後、お前たちガオレたちを討たぬとも限らない……。ダから聞いた。そこの者は、我ガ村の呪いに興味ガあるようダしな」
フォルティスに合わせてちらと横を見ると、蒼乃が果実を頬張ったまま気まずそうな表情を浮かべていた。村の入口に会った岩の仕掛けを気にかけていたのが、バレていたらしい。
黎一はため息をつくと、右手に刻まれた勇者紋をフォルティスに見せた。
「……勇者は違う世界から来た。魔物を操って暴れてる奴らも、俺たちの身内だ。心配する気持ちは分かる」
フォルティスもイメルダも、黙って黎一の言葉を聞いてる。
「勇者は、人間の世界でも扱いが悪い。他の奴らにはない能力があるってだけでな。そういう意味じゃ、魔物たちとそんなに変わらない」
「勇者、というのダったか。山で幾度か戦った。狩ったこともある」
「殺らなかったら殺られるからな、恨みっこなしだ。けどそんなの、どっちも変わらねえよ」
フォルティスの頬が、ぴくりと動いた。
「生きるために、守るもののために……誰かを害し、害される。俺たちも魔物たちも、変わらない」
「その通りダ。故にこそ、お前たちガ我らを裏切らぬか案ジている」
「でも……いやだからこそ、俺は手に届く相手なら守ろうって思ってる。あんたの奥さんを見た時、その周りにも誰かがいるんだって思った。蒼乃だって、きっと同じだ」
ちらと見ると、蒼乃が肉を頬張りながらこくこくと頷いている。元々、タダ飯には目がない性質なのだ。
説得力の欠片もないが、話の腰を折るわけにもいかない。
「こうして関わった以上、あんたたちを害することは絶対にしない。もし人間たちがあんたたちを害するなら……その時は、全力で止める」
黎一の言葉を聞いたフォルティスは、しばし瞑目した。
「……その言葉、信ズるに足るか見せてもらう」
「見せる? 奴らを討つだけじゃダメなのか」
「オレがこの目デ、見届けるという意味ダ」
フォルティスは立ち上がると、ふたたび羽根飾りの兜を被る。
「我らも、ともに征く」
思わぬ提案に、蒼乃と顔を見合わせた。
我ら、ということは、先ほどの戦鬼たちがまるっと援軍として加わるようなものだ。
「それはありがたいけど……なんで?」
「同胞を取り戻したいのは、我らも同ジ。それにドの道、案内は必要ダろう」
「普通に山の上に出られたら、あとはなんとかするけど……」
蒼乃は知った相手なら、魔力追跡で魔力波形の位置を探ることができる。山の上に出られさえすれば仲間たちは元より、敵方の位置を掴むのも難しくはない。
しかしフォルティスは、険しい表情で首を振った。
「潰すベき場所ガもうひとつある。そこに、まやかしを呼ぶ者ガいる」
その言葉に、脳裏にある顔が思い浮かぶ。
かつての級友であり、勾原の眷属である山田香織だ。
「まやかし……! どこにある?」
「お前たちの言う村の跡から、少し離れたところにある。かつて住んデいた人の部族ガ、呪いをしていた祭壇ダ」
「祭壇ってことは、魔力を増幅させる機能があるのかもね」
ようやく食事を終えた蒼乃が、神妙な顔つきで言う。
一言に祭壇といっても様々だが、大体は魔力や魔法の”言葉”の力を増す効果がある。
そしてほとんどの能力は、視界がものを言う。山田が魔力を増幅して遠視の魔法を使っているなら、幻影を使っての強襲や、崖道の罠を起動できたのも合点がいく。
「……先に祭壇を潰す。みんなとの合流はその後だ」
「ならバ村の端に来い。山の中腹まデ出られる洞窟ガある。そこから、祭壇を目指す」
フォルティスの言葉に、黎一と蒼乃は頷いた。
* * * *
村の端まで行くと、戦鬼たちがぐるりと囲いを作った真ん中で、なにやら言い合っている者たちがある。
「イメルダ! お前は村に残れ!」
「命を救われタ恩を返さずに済ませトいうのか!」
低い声はフォルティス、鈴の音のような声はイメルダだった。
フォルティスは、羽根飾りの兜を身に着け大剣を背に負っている。イメルダも先ほどと違い。金属で補強された革の防具を着込んでの完全武装だ。
(おいおい……。勾原たちと一戦交える前に、先にこっちがおっぱじまりそうな……)
不謹慎なことを考えていると、イメルダの視線が黎一へと向く。
それだけで、肌が粟立った。戦鬼であっても、人の姿をした女性はやはりダメらしい。
「レイイチ、ワタシの同行を認めテほしい。決しテ邪魔にはならない」
「止めてやってくれ。オレは妻を危険に晒したくはない」
「えっ、俺……⁉」
すっと蒼乃に視線を向けるが、すまし顔で首を振るのみだった。
その顔は、「ご指名なんだから、あんたが決めなさいよね」とでも言いたげだ。
「……分かった、ついてきていい。ただひとつだけ条件がある」
怪訝な顔をするイメルダに向けて、言葉を続ける。
「ついてくるのは祭壇までだ。魔物を操る奴が陣取る村までは、ついてこないでほしい。あ、これは他の戦鬼たちも同じな」
「なぜだ! ワタシは村でもフォルティスに次ぐ戦士だ! 他の者たちとて、村を守り抜いタ猛者タちぞ!」
「だからこそだよ。イメルダさんが操られたら、戦いづらいなんてもんじゃない。邪魔になるだけだ」
「グ、ッ……」
イメルダが、口惜し気に黙る。
先ほどのフォルティスの話では、勾原の魔物使役は戦鬼にも適用される。しかも、”屈服”の条件づけが分からない。この状況下であれば、戦鬼たちを勾原の前に立たせない、が最適解となる。
フォルティスはそのあたりを理解しているのか、得心したように頷いた。
「レイイチの案でよい。だが、オレはヤツらガいる村までデにゆく」
「だからそれは……」
「己の内デ負けを認めなけれバ、ヤツの術は効かん。同胞の仇、この手デ討つ」
「……分かったよ。一緒に戦おう」
黎一の言葉に、フォルティスは満足げに頷いた
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
お気に召しましたらブックマークや評価、感想など頂ければ励みになります。




