かつて見た光
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黎一たちは、狭い崖道での戦闘を余儀なくされていた。
なにせ岩を壊した後で、隊列が乱れている。さらに四方城の薙刀や御船の剣状鎚といった長柄物は、こうした狭所での戦いには不向きだ。
「勇紋権能、闘気纏装! 風装、雲雀東風!」
殿を務める四方城の身体が、穏やかな春風のごとき空気の流れを纏った。得物を短く持ち、崖道に仁王立ちになる。
「後ろはわたしが引き受けますっ! 八薙くんは前をっ!」
四方城の言葉に前の崖道を見れば、すでに魔物たちで埋め尽くされつつあった。最初に幻影で不意打ちをかけてきた群れより、明らかに多い。
おまけに、見たこともない大型の魔物までいる。群れの頭も出てきたのかもしれない。
(全々全花は、視認できる対象の数しか反復できない……! ここは前に集中か!)
「勇紋共鳴、全々全花! 紅炎刃ッ!」
剣から放った炎が、魔物の数に合わせて反復する。もはや数えることすら無数の炎刃が、黎一の頭上で渦を巻いた。
「勇紋共鳴、魔力追跡……いけえっ!」
炎刃が赤い雨となり、魔物たちに降り注ぐ。
素早く後方を振り向き、同じ動作を繰り返す。先ほど炎巧結界を使った影響で、火の魔力が強化されている。炎の魔法で攻めるのが、もっとも都合がよい。
守護属性が地の光河はやや戦いづらそうだが、両手で長杖の柄尻を突き立てた。
「勇紋権能、精霊召喚! ……おいでっ、ヴルちゃん!」
色褪せた鈍色の大地に、赤い魔法陣が現れる。
精霊召喚――契約している精霊を呼び出せる能力だ。
『ギギイィ……ッ!』
金切り声に似た声が、魔法陣から響いた。
赤色の靄の中から、ゆらりと影が這い出る。四足でのそのそと動く姿は、地を這う竜といっていい。ルビーに似ている鱗に覆われた身体からは、背びれを思わせる炎が噴き出ている。
(炎の精霊、火精小竜……!)
「ほぉらヴルちゃんっ! 餌の時間っ!」
『ギギィッ……? ニンゲン、イナイ……?』
「贅沢言わないのっ! ほら、そこの崖にいっぱい餌いるよ!」
(待て、人肉食わせてたのか……?)
炎刃を放ちながら、己の耳を疑う。
たしかに迷宮なら、野垂れ死んだ冒険者の亡骸には事欠かない。だが他の冒険者たちと鉢合わせすることも多い中で、骸を喰らわせるのはかなりの勇気がいる。
(……聞かなかったことにしておくっ!)
心の中で振り切る間にも、火精小竜は結構な速さで崖上へと這い上がっていく。炎を纏った身体に触れた魔物たちから炎が立ち昇り、崖面はたちまち山火事のようになった。
「熱き風を纏いし鳳よ、その翼で大気を焦がせっ! 熱風鳳破ッ!」
蒼乃が放った炎の鳳が、崖下を舞う魔物たちを焼き払った。
御船はと見ると、火精小竜が討ち漏らした崖上からの魔物から光河を護っている。
これで左右と背後の防戦は成った。だが正面には依然として、大型を含む魔物たちがひしめいている。
(正面は俺が圧さねえと無理かッ! クッソ、能力の配分ミスったかな……!)
万霊祠堂には、眷属に能力をひとつだけ貸し出せる力がある。
今回の作戦は多勢に無勢。ゆえに高峰の能力を利用し補給しながらの長期戦を想定していた。このため高火力を出せる短期決戦向けの能力を、ふもとで魔物の討伐にあたるマリーとアイナに渡してしまったのだった。
(こんな崖道じゃ、あれは使えねえ)
一瞬、レオンの言葉が頭をよぎる。しかし狭所で始祖の魔法を放った日には、級友たちは元より自身まで丸焼けになる。
かといって、下級の剣魔法を反復しているだけでは埒が明かない。数多の雄叫びを聞きつけた他の魔物たちが、今この時も増え続けているからだ。
(ちょい火力高めで一気に穴を空けるなら……! こっちでいくかっ!)
愛剣に、炎を灯す。その炎を、聖火を思わせる青白い光が包んだ。炎が光と交わり、陽光を思わせる輝きを生む。
正面にいる魔物たちの群れを目がけて、崖道を走る。先頭を走る魔物まであと数歩のところで、思いっきり地を蹴った。
「……焦天墜ッ!」
一声とともに振り下ろした剣から、日輪のごとき火球が放たれた。魔物たちがひしめくど真ん中に降り落ちたそれはすぐさま弾け、炎と光を撒き散らす。
崖道に着地した黎一は、間髪入れず剣を大上段に振り上げた。
「勇紋共鳴、魔力追跡……業炎刹ッ!」
群れの奥に見えた一匹に狙いを定め、剣を振るう。
飛びゆく赤い弧と、その後を追って噴き上がる血の色の炎が、崖道を埋める魔物たちを舐めとっていく。
道の先が、わずかに見えた。
「進むぞッ! 崖道を抜けるッ!」
声を放って、走り出す。背後の級友たちが動いたのが、気配で分かった。
崖面も崖下も、魔物の数は目に見えて減っている。この機を逃せば次はない。
(よし、いけるッ!)
なおも迫る魔物たちに向けて、炎を放とうとした時――。
ふと、足元になにかを感じた。
(……ッ⁉)
思わず足元を見る。
変わらぬ鈍色の土の中に、光が見えた。
なにかが、弾ける音が聞こえる。
(魔力……? この瘦せた土地に……)
考えたところで。地がひび割れ、爆ぜる。
駆け抜けようとした道が、粉々になって崩れ落ちていく。
遠くで、級友たちがなにかを叫んでいるのが、聞こえた。
「な……っ⁉」
『八薙くんッ! ちょっと、これまずいって……』
瞬間。先ほどまでの光景が蘇る。
狭い崖道。仕掛けが施された岩。狙ったように現れた魔物の群れ。
脳裏に、すべての答えが浮かんだ。
(まさか、ここまで見越して……崖道にも仕掛けてたのか⁉)
足元が崩れ落ち、中空に放り出される。
砕けた岩の破片で、肩先の青い鳥が砕け散る。
(流浪鳥瞰まで……!)
高速移動の能力――無足瞬動に切り替え、駆け上るか。
あまりにも小さな希望に縋ろうとした時。視界の端に、銀色の光が見えた。
(あ……)
雷光を纏った少女が銀色の髪を振り乱し、落盤の中を舞うように翔けてくる。
かつて同じ光景を、見た。
(あの時も、こうだったな)
墜ちる中で、口元に笑みを浮かべる。
黎一は銀髪の少女――蒼乃が伸ばしてきた手を、しっかりと握り締めた。
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