岩に潜むは
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中腹を過ぎたあたりから、登山道は崖道へと変わっていた。下は峡谷となっており、わずかに見える川面が陽光を受けて煌めいている。
道は人がふたり、なんとか並んで歩ける程度の広さだ。以前に生活していた人々の足跡が残っていたことが、幸いした。
「魔物が出なくなってきましたね」
「打ち止めか、温存か……。打ち止めなら楽なんだがな」
「ありえなくもない気がするけどね~。倒した数とか、もう覚えてないし」
『はいはい、油断しな~い! たしかに魔力が正常値からブレることもなくなってるけど。このほっそい道で大量に出て来られたらアウトだからね!』
緊張が緩んできた級友たちの声を、青い鳥を介した小里が戒める。
実際、崖道に入ってからは魔物の数が極端に少なくなっていた。崖を伝ったり翼を持った種が出てはくるが、まとまった数でもなければ統制を取って動いてくるわけでもない。
(つっても、さすがに打ち止めはねえだろう。幻影を使った待ち伏せがなくなったのは気になるが)
黎一は心の中で、級友たちの予想を否定した。
勾原の能力は魔物を屈服させることさえできれば、いくらでも使役できる。数は実質、無制限と思っていい。
いくら万霊祠堂のことを知らないとはいえ、討伐隊が来る可能性を考えれば生半可な数で喧嘩は売ってこないはずだ。
(勾原、そういうところは昔から妙に計算高かったからな。才能の使い方、間違ってるっつうか……)
地頭はよくないが、瞬発力がある――。
それが黎一の中での、勾原の評価だった。思い立ったら即行動ができるあたりも含めて、羨んだことがないと言えば嘘になる。
しかしその回転の速さは、もっぱら学内での序列への対応や、隠れてやっている悪事を隠すために使われていた。悪事とはいっても、飲酒や喫煙、果ては小さないじめといった些末な悪事だ。
(なんつうかその頭、もうちょいまともなことに使えねえの、とか……。中学の頃から思ってたけど。やっぱ正しかったのか、あの感覚は)
常に誰かを害し、誰かに害され続ける。それが人だと、レオンは言った。
勾原や、女嫌いをこじらせていた過去の自分を思い起こすと、あながち分からなくもない。
(今の俺は、どうだ? 誰かを害するためだけに、力を使ってるつもりはねえけど)
害するためではなく、手に届く範囲を護るために。
そう思えたのは、いつの頃からだったか。
(大事なのは、力の大きさじゃない……使い方だ。そう思えるようになったのは、勾原を見ていたからなのか?)
本当に、それだけか。
もし、気づかせてくれた者がいるとしたら――。
(……ッ⁉)
沈みかけた思考が、目の前に現れた巨大な岩によって引き戻された。
縦長の岩の高さは、黎一の身長の二倍近くはある。それが崖道の真ん中に、どっしりと鎮座している。
「行き止まり、ね。ていうか思いっきり道、塞いでくれちゃってまあ……」
蒼乃が、半ば呆れた口調で言う。
周囲の地層と明らかに色味が違う岩は、偶然の落石によるものでないことは明らかだった。この登山道を使われることを見越した勾原たちが、あらかじめ仕掛けておいたものだろう。
「小里さん。ここから引き返したとして、他に道はあるの?」
天叢が言った時、青い鳥は黎一の肩先から飛び立っていた。
が、すぐに羽ばたいて戻ってくる。
『残ってる地図だと、山頂に出られるのはこの崖道だけよ。今見てみたけど、岩の向こうは道が続いているみたい』
「道が続いてるなら、乗り越えて行っちまおうぜ。補助魔法あれば余裕だろ」
「待ってくれ。勇紋権能、万霊祠堂……魔律慧眼」
黎一は御船を制しつつ、能力を切り替えた。
岩を見てみると、果たして地を顕す緑色の魔力に包まれている。だが表面の色合いが、かすかに揺らいでいるような気がした。
(色が揺らいでるってことは、他の属性の魔力が干渉してるな)
あたりを見回してみるが、それらしき物体や魔物の姿はない。
この条件下で、巨大な岩の魔力を揺らがせるほどの干渉源があるとすれば。
(……岩の内部、か)
「みんな、離れてくれ。勇紋権能、万霊祠堂……炎巧結界!」
じわりと、身体が汗ばむのを感じる。切り替えた能力によって、火の魔力が増幅された証拠だ。
ふたたび魔律慧眼に切り替えて見てみると、岩を包む緑色の魔力は勢いを弱めていた。火の魔力が強化された影響で、地の魔力が抑制されたのだろう。
その緑の中心に、わずかに赤い光が揺れているのが見えた。
(やっぱり、な)
「八薙くぅ~ん? どうする気~? まさか岩、壊す気じゃ……」
光河の茶化す声には応えずに、黎一は愛剣に炎を灯す。
ちりっ、と愛剣が震えた。古の竜人の意思を宿すこの剣には、遣い手の身体能力を強化する機能がある。
「勇紋共鳴、魔力追跡! ……飛炎燦っ!」
放った五つの炎弾は能力に導かれ、岩の前で五芒の陣を取った。
炎がより強く煌めく。炎巧結界と五芒の陣によって、炎の魔力がさらに増幅された。
黎一は岩に描かれた赤の星の中心を狙って、愛剣を突きの形に構える。
「……爆花咲っ!」
突き入れる。鋒が岩に触れた瞬間、炎の花が咲いた。
岩に、大きな亀裂が入る。赤き花弁は星を形作っていた炎弾たちを巻き込んで、岩の緑を舐めとるように広がっていく。
かつて勾原の取り巻きである松本が、黎一を陥れる時に使った手だった。以前これを応用して、とある迷宮の仕掛けを攻略したのを思い出したのだ。
(よっし、これでいい! あとは予想通りなら……!)
岩が炎に包まれる様を見届けながら、黎一は大きく距離を取った。
その数拍後――。岩が、大きく弾け飛んだ。炎を纏った岩の破片が礫となって、そこかしこに乱れ飛ぶ。
(げっ……! 思ったよりデカいの仕掛けてやがったな!)
「冷厳なりし吹雪の御霊、我が意に応え楔となれ! 封雪叫風!」
蒼乃が中空に放った吹雪によって、礫は黎一たちに届くことなく墜ちていく。
やがて炎が収まった時、岩は粉々に砕けてなくなっていた。幸い、道も崩れることはなく形を保っている。
だがそれを見るなり、蒼乃が黎一を睨みつけた。
「ちょっとっ! ブチかますなら言いなさいよっ! てか岩が弾けるのも分かっててやったでしょ!」
「……は、離れろって言っただろ」
「ちゃんと分かるように言いなさいっ! 魔力の色が見えるの、あんただけなんだからっ!」
「は、はい……」
久々にやり込められ、すっと視線を逸らす。
その先では、光河と四方城が面白そうに黎一たちを眺めていた。
「……って言うわりにはさぁ~。さらっとカバー入ったよねぇ~」
「数々の武勲の陰には、こういう細かなケアがあるわけですね」
女子たちのニヤけた視線から逃れるべく、背後の天叢たちに視線を移そうとした時――。
「八薙くん、あれっ!」
天叢の、緊迫した声がする。
「……ッ!」
見ると今しがたまで進んできた崖道は、無数の魔物たちに埋め尽くされていた。
切り立った断崖からも、爬虫類や植物の魔物たちが迫っている。
「チッ、音で嗅ぎつけてきやがったか」
「群れてるヤツらと、群れてないヤツがいる。野生の魔物と、勾原の使役した魔物が混じってるんだ……!」
(ぶっ壊すこと自体を、見越してやがったのか……)
勾原の見下したような笑顔が、脳裏に浮かぶ。
何度も見たその顔を掻き消すために、黎一は愛剣を握り締めた。
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