策動と開襟【勾原/黎一】
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一方、その頃。勾原は村落跡で、耳に半月型の石を当てていた。
耳朶石という石で、半分に割って魔力を込めると半欠けになった側の石と声のやり取りができる代物である。
――この石を研磨して術式を刻むと、黎一たちが用いている通信端末になるのだが、勾原はそんなことは知る由もない。
『ちょっ、ちょっと! まずいってっ! 魔物、すぐいなくなっちゃって……!』
石から聞こえる素っ頓狂な声は、外波山のものだ。
魔物たちに透明化をかけさせるついでに偵察を命じていたのである。隙あらば一人や二人削って来い、と言っておいたのだが、劣勢に怖気づいて逃げ帰ってきたらしい。
「ちったあ落ち着けよ。八薙、なにをどうやって戦ってた?」
『四方城さんとか御船くんだっていたのに……! 全然、動かないうちに魔法がいっぱい降ってきて……!』
ため息混じりに応じた声に、外波山の焦った声が応じてくる。
(範囲魔法、ってわけじゃねえな。対象を増やしたか、はたまた魔法自体を強化するか……)
外波山の情報から、勾原は八薙の戦力を類推する。
勇紋共鳴なる眷属の能力を使用できる”言葉”があることは、王都にいた頃に聞いていた。
以前のロイド村では対象の魔力を追いかけられる蒼乃の能力と組み合わせて魔物を討ち倒したらしいので、おそらくはそれと同じことをやってのけたのだろう。
「……全っ然分かんねえから、とりあえず戻ってこい。控えに出した魔物に能力はかけたな?」
『かっ、かけたけど……。本当に大丈夫なの?』
「大丈夫だ、って言ったら大丈夫なんだよ。こないだカモったヤツら、口々に国選勇者隊がいれば~とか言うくらいだぞ? ちょっとやそっと強いのなんて分かりきってただろ」
『で、でもっ……!』
なおも食い下がる外波山の態度に、いら立ちが募った。
弱気になるとどこまでもテンションが下がるのが、時々無性に腹立たしくなる。
「今、前に出してる魔物は全部手負いだっ! 仕掛けるところまで誘い込んでくれりゃそれでいいんだよっ!」
『ひ、ひっ……! ごっ、ごめんなさい……』
「分かったら、とっとと戻ってこいっ!」
一方的に通話を打ち切ると、傍らに置いてあったもうひとつの耳朶石を耳に当てる。
繋がる先は、別の場所にいる山田香織だ。
『……こちらカオリ』
「オレだ。さっきの戦い、どうだった?」
『ん~、視てたけど……八薙がバカ強いってだけだったね。気になったことはあったけど』
「お、いいねえ。そう言うの聞きてえのよ。外波山のグズ、近くで見てたのに何もわかりゃしねえ」
『ゆーて、あたしも視えてるだけだけど……。八薙、能力いくつも使ってる気がした』
「勇紋共鳴ってのじゃねえのか? それ以外は魔法で埋め合わせてるんじゃねえかと思うんだが」
『それにしちゃあ、魔法がバカ強いんだよ。魔物たちが弱ってた節もある』
「他の級友じゃねえのか? 光河か誰かが、召喚魔法だかなんだか使えただろ」
『なにもしてなかったように見えたけどね。ともあれ、いい感じに進んでくれるとは思うよ』
「ああ。そうでねえと、困るからな……」
勾原は、仇敵がいる山脈の彼方を見ながらつぶやいた。
◆ ◆ ◆ ◆
鈍色の空に、黎一が放った幾多の炎弾が赤い軌跡を描く。意志を持ったかのように進み、狭い山道に立ち塞がる魔物たちを焼き尽くした。
魔物は引っ切り無しに出てきてはいる。だがそのほとんどは、黎一の万霊祠堂による巧結界系の能力と、勇紋共鳴を連携させた剣魔法で地に伏していた。
(さすがに、まあまあの数が出てきやがるな)
登山道を登り始めてから、体感で一時間ほど経っただろうか。
体力と魔力を徐々に回復させる能力である活性快体と、四方城の癒抱纏鎧のおかげで、魔力が枯渇する心配はない。
「なんていうか……。拍子抜け、だねぇ……?」
ぽつりと言った光河の言葉には、誰も応えない。
場の雰囲気を支配している沈黙には、呆気に取られているというよりは妙な気まずさが感じられる。
(別に皆、やれることやってるんだから……。変に気負う必要もねえと思うんだが)
山道を進む陣形は、すでに黎一が先頭になっていた。
四方城は中衛、御船は最後尾に下がり、不意打ちに備えている。時折、偶然が重なって剣魔法を掻い潜った魔物を討ち倒してはいるが、ほとんど消耗はしていない。
蒼乃や天叢、光河ら魔法士組も同様だった。散発的に補助魔法をかけ直しているだけだ。
「……ねえ。八薙くん」
魔物の群れが視界から消えた時、不意に天叢の声がした。
「ん?」
「その、万霊祠堂……だっけ? いつから使えたの?」
「はじめて六天魔獣と戦った時」
「……そっか」
ふたたび、沈黙が訪れる。
普段なら饒舌な天叢が、妙に歯切れが悪い。
「なんで……僕らにも黙ってたの?」
天叢の声が、聞こえる。
言葉が背に突き立つ、そんな気がした。
「勇者の扱い、アレだから。どっかからバレたらどうなるか、分かりゃしないって思った。そんだけ」
実際、この予想は半ば現実のものとなっている。
露見した当初こそ、きっかけがノスクォーツ王ヴォルフを助けたことだったおかげか、それほど騒がれはしなかった。
だが所持している能力の情報が出回った今となっては、上司であるレオンですら腫れもの扱いの体だ。
「で、でもっ! それだって、自分ひとりで抱えることなかったじゃないか! 僕らに相談してくれたって……!」
「人の口には戸が立てられねえもんだよ。それに……」
黎一はちらと蒼乃を見た後、視線を前に戻して口を開いた。
「……別に、ひとりじゃなかったしな」
後方で、皆が動く気配がした。
今、全員が蒼乃を見ている。なんとなく、そんな気がする。
「へぇ~。あの塩の八薙が、ねぇ~……」
「ちょっ、なによ……。変な目で見ないでよ」
「わたしが言うのも何ですが……結構、劇的な変化だと思いますよ?」
「一年前の僕に今のこと話しても多分、信じないだろうな……」
「ま、当時の噂で聞いてた限りじゃ、雨や雪が降るじゃ済まねえな」
(好き勝手、言ってくれやがって……)
級友たちの声に、思わず反論したい気持ちに駆られる。
だが火に油を注ぐだけな気がしたので、黙って歩き続けた。
「だ~か~ら! 黎一が言ってるの、そういう意味じゃないって! アイナさんだって知ってたし、マリーさんだってアンドラス湖の事件の時に知ってたんだから!」
「いやぁ~? さっきの一言はそういう風には聞こえませんでしたけどねぇ~?」
(たしかに、変わったな)
やいのやいのと聞こえる声を背で聞きながら――。黎一は己の言葉を反芻する。
一年前なら、盾にするくらいにしか思っていなかった。だが今では蒼乃の扱いが、自分の中でも変わっていることは分かっている。これが何なのか、分からない。
(元の世界に帰る頃には、分かるのか?)
そんな問いかけが脳裏をよぎった時、前方に魔物の群れが現れた。
黎一は迷いを振り消るように、愛剣の刃に炎を灯した。
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