雲霞の檻
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鈍色の山肌を走り、魔物たちが黎一たちへと迫る。
希少金属を含んだ岩から成った精銀岩人に翼が生えた一角獣の勇翼天馬、地を這う食虫植物の妖精である食人妖花と、種は様々だ。
彼我の距離が詰まる、その前に――。
「勇紋権能、万霊祠堂……」
黎一は、力の名を告げた。
視界が、薄暗い祠堂へと移る。魔物たちの属性をざっと思い返し、立ち並ぶ石碑に刻まれた力の中から望むひとつを選び出す。万霊祠堂の『能力を選ぶ力』だ。
「……風巧結界!」
選んだ能力を解き放った。
風の魔力が勢いを増した証とばかりに、風が吹き荒ぶ。
引き換えに水の魔力が抑圧されるが、守護属性として水を持つのは治癒役である天叢のみ。影響は少ない。
愛剣に風を顕す黄金の魔力を纏い、振りかざす。
「勇紋共鳴、全々全花! 風伯刃ッ!」
眷属であるマリーの能力によって、剣から解き放った風の刃が幾重にも反復した。無数の白雲が、黎一の頭上で渦を巻く。
勇紋共鳴――。眷属の能力を使うことができる、主上の特権だ。
「勇紋共鳴、魔力追跡! ……いけえッ!」
鈍色の空に、数多の白雲が尾を引いた。
眷属である蒼乃の能力に導かれ、幾筋もの白雲が魔物たちを斬り裂いた。勢いを残した雲がは後に続いてくる魔物に迫り、同じ運命を辿らせる。
「勇紋共鳴、全々全花! 風伯刃ッ!」
間髪入れず、黎一はふたたび頭上に雲霞を創り出した。
ふたたび魔力追跡を使って、愛剣を振るう。風巧結界によって威力を増した白雲の刃は、足を止めた魔物たちのことごとくを薙ぎ払っていく。
「風の属性を強化した上で、魔律慧眼に切り替えて……⁉」
「勇紋共鳴って、ふたつ同時に使えるの……⁉」
四方城と天叢の、呆然とした声が聞こえる。さすがにタネのいくつかを知っているだけあって、やっていることは分かるらしい。
ちらと蒼乃を見てみると、落ち着き払って抜けてくる魔物がいないかを警戒している。遣っている短杖が一本なあたり、本気を出していないことはすぐ分かる。こうした展開を予想していたのだろう。
「大剛、抜けてくるのだけ警戒しよ?」
「……これを抜けてこれるヤツが、いりゃあな」
光河の声に、御船がうんざりとした声で応える。
その時、勇翼天馬の数体が飛び上がった。他の魔物を盾に白雲の刃を掻い潜りつつ、黎一たちの頭上を取るように迫ってくる。
「うへっ⁉ 真上は聞いてないって……」
光河が、慌てふためくのを尻目に――。
「勇紋共鳴、剣林斬雨」
黎一はアイナの能力の名を告げ、剣を振るった。
空から、太刀筋を思わせる白い光が降り注ぐ。黎一の剣の動きに合わせ、勇翼天馬の翼を片っ端から斬り裂いていく。
「勇紋権能、万霊祠堂。炎巧結界」
黎一は剣に纏う魔力を火に変え、剣魔法を放ち続けた。
剣が一振りされる度、渦巻く炎が残った魔物を焼き、空から迫る魔物は剣林斬雨によって地に墜ちる。
「……舞雪、温存しよう。八薙くんに癒抱纏鎧を」
「はい。勇紋共鳴、万象治癒。……光装、癒抱纏鎧」
四方城の能力によって、黎一の身体が光に包まれた。
魔力が、徐々に回復していくのが分かる。低級魔法を能力で複製しているだけなので言うほど消耗もしていないが、先々を考えればありがたい。
(とはいえ、身内に治癒役がいるってのはいいもんだ。マリーも最近、別働が多いからな)
ヤナギ隊もとい黎一の眷属の中で、回復魔法を使えるのはマリーだけだった。回復はほとんど水薬や能力頼みだ。そのせいか治癒役がいると、殊更にありがたみを感じる。
――同じ過程を、二度ほど繰り返した後。
『魔物の反応、消失……。魔力の濃度も低下。一旦、お疲れ様』
青い鳥から聞こえる小里の声は、心なしか畏れの感情が乗っているように思えた。
言葉の通り、あたりは魔物たちの骸で埋め尽くされていた。動く影は、どこにもない。
「あの数を、ほとんど一人で……」
「前も同じような光景、見たよねえ。ロイド村でさ……」
天叢と光河のぼやきを聞き流しつつ、あたりを見渡す。
能力の使用者が近くに潜んでいることを期待していたが、周囲にそれらしき気配はない。
御船もあたりを見回していたが、すぐに舌打ちした。
「……逃げられたみてえだな」
「だな。透明化はともかく、幻影創造はその場にいなけりゃ使えねえはずだ」
御船に応じていると、青い鳥がふたたび羽ばたいた。
『このあたりの魔物は一掃したみたいだから、中継地点にしちゃうね。みんなは少し待ってて。……高峰くん、お願い』
小里の声に応じて、級友たちの緊張が解ける。
察するに、相方の高峰が能力を行使しているのだろう。
心象八景――。見た景色を絵画に描き、その場に転送できる機能を持たせる能力だ。高峰は小里の流浪鳥瞰を介して風景を描き出し、いわゆる中継地点とするのだった。
「この調子なら案外、楽勝かもね?」
「まだ山に入ったばかりですから。あまり油断はなさらぬように……」
光河と四方城の会話を聞き流していると、ふと蒼乃の視線に気づいた。
珍しく、登山道に入ってからあまり言葉を発しない。代わりになにかを咎めるとも、戒めるともつかぬ視線だけを送ってくる。
(分かってるさ。この山には、なんかある)
黎一は無言で、眼前の景色を見つめた。
陽光を閉ざす雲に覆われた山々が、黎一をにらみ返すようにそびえていた。
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