鈍色の向こうから
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空の青が迫った。かと思うと、一転して灰色の景色が近づいてくる。
すぐに地に足が着いた感覚がするとともに、目の前に荒涼とした山肌が広がった。
魔力転送の感覚は、何度経験しても慣れることがない。
「ここが、禍の山脈……」
「マジで殺風景だねえ……」
(たしかに言えてる。てかそれ以外、言いようがねえな)
山肌には、樹木どころか草の一本も生えていない。地面が鈍色なのは細かく混じる石槫のせいか、はたまた別のなにかなのか。それらすべてがどんよりと曇る空と相まって、殊更に荒んだ雰囲気を醸し出している。
早くもげんなりしてきたところで、黎一の肩に留った青い鳥が羽ばたいた。
『こちら管制室、コザト。無事に転送されたみたいね。大まかな地形と経路の情報はあるから、以降の道筋はこちらから指示するわ』
「……こちら現地。進路指示、了解」
小里の声を聞いて、黎一は青い鳥に向けて応じた。
流浪鳥瞰は無線通信機というより、スピーカー接続の通信端末に近い。付与された者以外も通話できる分、周囲に会話がダダ洩れなのが玉に瑕だ。
『今、みんながいるのが登山道の入口なの。道は残ってるみたいだから、それに沿って進んで。今のところ魔物の反応はないけど、慎重にね』
黎一の応答を見た周囲が、感嘆の声を上げる。
「……使ってるのはじめてみたけど、これ便利だね。魔力に影響されないんでしょ?」
「八薙くんとはぐれさえしなければ、全員の状況が分かりますからね。通信管制において、これほど便利な能力はそうないでしょう」
天叢と四方城の言葉どおり――。
ギルドから冒険者に支給される通信端末は、場の魔力の影響を受けて通信できなくなることが度々あった。だが流浪鳥瞰は能力ゆえか、魔力の影響を受けないのが大きな利点である。
周囲がどよめく中、御船が先頭に立った。
「縦列で行く。オレと四方城が前衛。八薙と蒼乃は中衛。天叢と由佳が後衛だ。いいな?」
「へいへい」
御船の言葉に、事も無げに応じる。
誰が仕切り役と決まっているわけではない。第一、そんな役目は絶対御免だ。各々の能力の特性を考えれば、御船の案に問題があるわけでもない。
言われた通りに中衛の位置につき、登山道を歩き始める。
『……あ、そうそう。魔物と出くわすまで勾原たちの能力、おさらいしておくね。今のとこ全員が生きている以上、覚えておいて損はないからさ』
(お~お~、真面目だねえ。そういうとこ)
黎一のげんなりした心境などつゆ知らず、羽ばたく青い鳥から声が聞こえる。
『まず勾原の魔獣使役ね。文字通り、屈服した魔物を使役できる能力よ。種類や数に制限はなし。禍の山脈の魔物を、豊富に確保してると思う。ただ統制を取ることができるのは、自分が使役した魔物だけね』
「……せんせぇ~。しつもぉ~ん」
『はぁい、光河さ~ん』
光河と小里のやり取りには、どこか弛緩した空気が漂っている。
今のところ通話に参加しているのが級友だけ、というのもあるだろう。だが仮にも危険地域で、この雰囲気はいかがなものかと思ってしまう。
「話を聞いた時から気になってたんだけど~。勾原の能力って、魔物を屈服させる……つまり倒さないと使役できないんだよね? そもそもどうやって、そんだけの魔物を倒したわけ? 勾原たちがここに送られたの、異世界に来てすぐだったじゃん」
「それ、僕も気になってた。しかも禍の山脈の魔物って、そんじょそこらの迷宮より強いんでしょ?」
光河の質問に、天叢も便乗する。
雰囲気を損ねないようにするあたり、さすがクラスのまとめ役ではある。
『あたしに聞かれても困る、ってのが本音だけど……。レオン殿下やマリーさんが話してた仮説だけ伝えておくね』
たしかに気になる点ではあった。
周囲を警戒しつつ、肩先から聞こえる小里の声に耳を傾ける。
『多分だけど、相方の山田さんの能力とか、一緒にいた外波山さんの能力とか。そういうのを上手く使ったんだろう、って』
「山田の能力、ってなんだっけ……?」
『幻影創造。使用者が望む幻影を作れる能力よ。例えば餌の幻影かなんかを作って、与しやすい魔物を釣り出す。そんでもって外波山さんの透明化で姿を隠した他の全員で不意打ち、とかね』
「ええぇ~……。それでなんとかなっちゃうもんなん……?」
『やれるとしたら、そのくらいしかなくない? で、使役した魔物で他の魔物を倒してどんどん数を増やしたんだろう、って。これなら全員が生き残ってるのも納得でしょ?』
(どっかのゲームを思い出すな。キミに決めた! ……ってか)
「たしかに使い切りじゃないって、めっちゃいいよね。狩りの基本形が成立すれば手駒はどんどん増えるし。衣類や食料も、魔物を狩れればなんとかなるし」
小里の言説に、隣を歩く蒼乃が髪をいじりながら口を挟む。
『そ、一応説明はつくの。しょぼい攻撃魔法も、松本君の魔力増幅で底上げできるし。エゲツ君の魔力攪乱と園里さんの結界解除があれば、魔法を使うタイプの魔物も相手できそうだし?』
「組み合わせと使い分けか。八薙くんたちと同じことをやったんだね」
「大した根性だ、って言ってやりてえところだがな」
『ほんとねぇ……。レオン殿下なんか、「なんで全員をまとめて同じ場所に転送するようなマネをしたんだ」ってボヤいてたわよ』
天叢と御船の言葉に、青い鳥から盛大にため息が聞こえる。
(そうは言うがな、殿下。世が世なら、それを指示しなかったあんたが悪いんだろ、って言われ……ん?)
会話の最中、ふと周囲の景色に違和感を覚えた。
なにとはなしに、魔力を色で見ることができる能力、魔律慧眼に視界を切り替える。
地面は、地の魔力を顕す緑がわずかにあるばかり。ごつごつとした岩を染める赤色は、火の魔力が宿っている証だ。
少し先の景色は、何色にも染まってはいない。特に変化は――。
(……いや待て。なんで、何色にも染まってないんだ?)
この異世界の存在には、すべて魔力がある。たとえ魔力が乏しくとも、景色が何色にも染まらないのはあり得ない。
――その色が、ないということは。
「おいッ! 囲まれてるぞッ!」
黎一の叫びに、全員が一斉に立ち止まり得物を構える。
途端。周囲の景色が、歪んだ。
『ウソでしょ⁉ 魔力探知で索敵かけてたのに、なんで……⁉』
小里の声が聞こえる中、鈍色の空が書き割りのように剥がれ落ちる。
その向こう側から、いくつもの影が現れた。空を舞うもの、地を這うもの、巨躯で地を踏みしめるもの。種も様々な魔物たちが、いくばくかの距離を取って黎一たちを取り囲んだ。数はざっと見る限りでも、百は下らない。
「魔力攪乱と透明化、ですか」
「だね。しかも魔力探知されてるのを見越して、範囲ギリギリのところで幻影創造まで使って」
四方城の言葉を、天叢が継ぐ。
登山道の入口に魔物を配していなかったのも、元より包囲が狙いだったからだろう。
「ま、さっきの話が本当なら……。魔物を罠にかけるヤツらが、オレらを罠にかけねえ理由はねえわな」
「ま、いいんじゃな~い。能力を使ったってことは、少なくとも三人は近くにいるんでしょ? とっととやっちゃお~よ」
御船と光河が、事も無げに得物を構える。
黎一と蒼乃も、それに倣った瞬間――。
鈍色の景色を埋め尽くす魔物たちが、黎一たち目がけて殺到した。
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