出陣
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「……お疲れ」
黎一が会議室から出ると、すぐ横から女性の声がした。
可もなく不可もないその声に目を向けると、蒼乃が長い黒髪の少女を抱いて立っている。
「フィロ、連れてきてたのか」
「そのまま行くと、ぶーたれそうだったから」
少女の名はフィーロ。古のやんごとなき竜人の血筋を引く存在だ。
魔力の上位互換である純然魔力をその身に宿すため、国家機密の扱いを受けている。とある事件で育ての親を亡くし、今は保護と観察を兼ねて黎一たちと共に暮らしているのだった。
「れーいち。おはなし、おわった?」
抱きかかえられたままのフィーロが、にぱっと笑う。
竜人とは言っても、見た目は人間と変わらない。菜の花色のワンピースを着た姿は、街で見る五歳の少女と同じだ。
「ああ、お話はな」
「……また、おしごと?」
「まあな」
「フィロも、おてつだいできる?」
「今回はダメだ。城で待ってろ」
「んんぅ~……。フィロ、りゅうだってたおしたよ?」
「それでもダメ」
「んむんぅ~……!」
「ほぉら、言ったでしょ? おとなしく待ってなさい」
頬を膨らませるフィーロに、蒼乃が追撃をかける。
フィーロが持つ純然魔力は、魔力を用いた事象の打ち消しや励起ができる。竜人の血を引くだけあって、身体能力も人間の少女のそれではない。
下手な冒険者など連れていくくらいなら、フィーロのほうがよほど頼りになる。
(今回ばかりは連れていけない。距離を取って援護射撃も、やらせようと思えばやれなくはないけど……)
以前の事件では級友の能力によって、純然魔力を狙撃のように撃ち出す作戦を採ったこともあった。
だが今回は入り組んだ山岳地帯だ。必然的に乱戦となる上、周囲に安全を確保できる高所もない。
(なにより、最悪の場合はぶっ放すことになる。フィロを近くにおいてなんておけない)
「……オグニエナさんの力、遣えって言われたんでしょ」
不意に、蒼乃が言った。
思わず蒼乃の顔を見ると、ちらと視線を合わせてくる。
「聞いてたのか」
「あんたの顔見れば、なんとなく分かるって」
蒼乃は笑顔と呆れ顔の中間くらいの表情で、事も無げに言う。
異世界に降り立った時から眷属だった蒼乃は、万霊祠堂の存在を最初に知った者のひとりだ。
以来、その全貌を黎一の隣で見てきた。
「たしかにさっさと終わるだろうけど。色々、無事じゃすまないよね」
「なるべく粘る。今の能力があれば、百や二百はどうってこと……」
「あんまり、気張っちゃダメだからね」
言葉を喰うように、蒼乃が言う。
「あんたはあんたでしょ。いくら扱いが変わったって、レオン殿下もそこまで強制はしないって」
「今の俺は……大陸を動かせる存在なんだとさ」
レオンに言われた言葉を、そのまま繰り返す。
能力を遣う時、使用者が魔力を消耗することはない。すべてを消し去る能力を無尽蔵に放てる黎一は、大陸諸国からすれば六天魔獣の比ではない危険な存在だ
そのくらいは、考えれば分かる。
「そんなつもりない、ってどれだけ言っても、信じてもらえるわけない。そんなことは分かってる。けど……」
「私は、大丈夫だからね」
言いかけた言葉をふたたび制して、蒼乃が言う。
「どんなことがあっても、私はあんたの味方だから」
思わず、蒼乃の顔を見た。
その視線は、まっすぐ前を向いている。
「だから、そんな顔しないの。あんたがそういう顔してると、みんなが不安がるでしょ」
蒼乃からは以前から言われるが、感情がよく顔に出ているらしい。
レオンと話していた時を思い起こす。自分は、どんな表情をしてただろうか。
「……分かった。ごめん」
「ちょっとは頼んなさい。眷属増えたからって、一番つき合い長いんだからさ」
魔力転送装置がある地下への昇降装置を操作しながら、蒼乃は微笑みを向けた。
ふと気づく。
この異世界に来て、蒼乃と一対になって――。
あと少しで、一年だ。
「ありがとう」
不思議と、違和感なく礼が言えた。自分でも、不思議な感覚だった。
蒼乃はきょとんとした顔をしていたが、すぐに苦笑する。
「……明日、雨かもね。さっさと終わらせよ」
* * * *
黎一と蒼乃が魔力転送装置の前に着くと、すでに他の面々が集まっていた。
「四方城隊、準備完了に」
四方城は栗色の髪を、ポニーテールに結っていた。
どこぞの軍神を思わせる緑色の道着の上から、革の篭手具足と胸当てをつけている。得物は青龍偃月刀を思わせる、大振りな薙刀だ。
「お疲れ。いつでも行けるよ」
朗らかな天叢は鉢金に、革防具の上から陣羽織に似た長衣といった出で立ちだ。
得物は魔法発動体がついた拳闘具だった。治癒役という役回りもあって、魔法の発動体が必要なのである。
「とっとと終わらせるぞ。魔力転送でどこまで行けるんだ?」
急かすように言う御船の装備は、金属補強された革防具に鉢金、得物は剣状鎚と変わらない。
今回はさすがに長期戦を想定しているのか、小さな背嚢を負っている。
「魔物ぞろぞろじゃあ、さすがにロベルタさんのところには飛べないでしょ。ちまちま端っこから倒すしかないんじゃな~い?」
あっけらかんと言う光河の装いは、ポンチョに似た赤い外套に術式を描いた革の長衣だ。変わらぬ白いミニスカートは、本人のこだわりらしい。
小柄な身で身の丈を優に超える長杖を持った姿は、人によっては性癖を刺激されるかもしれない。
「わたしたちは、麓の防衛部隊とともに展開します。ご武運を」
「レイイチ殿……。なにかあったら、すぐに呼べ。どんな手を使ってもな」
桃色のガウンを着たマリーと、変わらぬ青い貫頭衣のアイナが視線を送ってくる。
二人とも、事情はなんとなく察しているのだろう。
「……ああ。分かってる」
頷いて見せると、ギルド職員の青い制服を着込んだ黒髪おさげの女子が前に出た。
小里瑞枝――。黎一たちの級友にして、国選勇者隊の通信手だ。
「まもなく、作戦開始です。第一陣は魔力転送装置へ移動してください」
フィーロが小里の元に行ったのを確認すると、黎一は魔力転送装置の上へと移動する。
すると小里が、黎一に向けて手カメラを作った。
「毎度お馴染み……勇紋権能! 流浪鳥瞰!」
声とともに、黎一の肩に小さな青い鳥が留まる。
小里の能力が発動した証だ。
「それじゃ……範囲魔力転送、開始します! ご武運を!」
小里の声とともに、黎一の意識は空の青へと投げ出された。
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