消えぬ罪業
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会議室が、しんと静まり返った。
無理もない。国選勇者隊の全戦力を投入した緊急討伐依頼など初めてのことだ。
「緊急討伐依頼、って……全員で、今からですか?」
「うむ。まずはこちらを見て欲しい」
時間が惜しいのか、レオンは自身で端末を操作しはじめる。
新たに現れた魔光画面に写し出されたのは、ヴァイスラントの東部に横たわる禍の山脈の全体図だ。
「二日前……禍の山脈のふもとを護る、常駐警備隊からの連絡が途絶えた。黄金級の冒険者を主戦力とする腕利きの部隊だ。魔力が乱れる前に確認できた情報では、魔物が山脈から降りて来たらしい」
「妙ですね。禍の山脈の魔物は強力でこそありますが、あの地域から離れることはないはずですが」
口を挟んだのは、青い貫頭衣を着た凛とした美女――アイナだ。
実は東方の国の王女だったりするのだが、やはり紆余曲折の後に黎一の眷属となり、今では共に暮らしている。
レオンはアイナの言葉に頷くと、口を開く。
「うむ、あの山脈の乱れた魔力を好む種が多いからね。しかし恐るべきは、魔物たちが集としての統率を以て襲いかかってきた、という点なのだよ」
無言の中に、かすかな緊張が混じる。
これまで統制の取れた魔物の相手をしたことが、ないわけではない。だがそうした事件の裏には、必ずと言っていいほど誰かしらの意図が隠れていた。皆、それらの事件を思い出しているのだろう。
『同様の事象は、ノスクォーツ側でも観測されている。現在は山脈北端にある、煮えたぎる湖の迷宮の魔力湧出点を防衛線としているが……。そもそもの魔物の強さもあって、戦況は思わしくない』
魔力湧出点とは、迷宮の跡地に生成される魔力の湧出点の総称である。この異世界の魔法文明において発電所の役割を担っており、各国が躍起になって迷宮を開拓する理由のひとつだ。
中でも火の魔力湧出点である煮えたぎる湖の迷宮は、北国であるノスクォーツにとって生命線に等しい。
『ルミニアも、状況を同じくしております。領土の西端、禍の山脈のふもとに僧兵部隊と冒険者の主力を集結し、魔物の国土進入を防いでいる状況です』
沈黙を破ったヴォルフに、パトリアヌスが続く。
「さらに昨日、調査ならびに第一次討伐部隊として派遣したカストゥーリア補佐官の部隊が……消息を絶った。カストゥーリア家が非公式に帯同させた、軍の精鋭部隊とともにね」
レオンが、苦虫を嚙み潰したような表情で言葉を継いだ。
誰も、声を発する者はない。ただ一人、マリーだけが顔を俯けている。
「ともあれ状況としては以上だ。国選勇者隊各位においては、粉骨砕身の覚悟を以て……」
(ん……? ちょっと待て、それだけか?)
さすがに声を上げようとした時――。
「……待ってください!」
レオンの言葉を遮ったのは、険しい表情を浮かべた天叢だった。
「状況は分かりました。国選勇者隊が全員、集められたのも納得です。ですが……なぜ、国選勇者隊だけなんですか⁉ 今の話には、ノスクォーツやルミニアとの連携に関することがまったくない!」
「務めである以上、死地に赴くのは吝かではありませんが……。元々、禍の山脈は三国の境に位置する不干渉地域のはず。魔物が溢れたのであれば、国同士で力を合わせるのが道理ではありませんか?」
天叢の言葉を、四方城が継いだ。至極、真っ当な意見である。
レオンはしばし沈黙を貫いていたが、やがてゆっくりと口を開く。
「……たしかに道理だ。普通ならば、ね」
「どういう、ことですか?」
天叢の言葉に、レオンは重たげに言葉を続ける。
「カストゥーリア補佐官の魔力波形を調査したところ、山脈の高所にある村落の跡地に反応があったんだ」
――異世界におけるすべての存在には、魔力が宿っている。その流れは各々の形と周期を以って、存在の内を巡っている。この周期が魔力波形だ。
生物は元より、人間であれば個々人の魔力波形を登録しておけば、個人を一意に特定できる。
「少なくとも現状、カストゥーリア補佐官はまだ生存しているのだが……。調査中、別の人間の魔力波形が検知された」
「別の、人間? 他にも生存者がいるんですか?」
蒼乃の言葉に、レオンはゆっくりと頭を振った。
「いや。本来であれば、その場にいてはならない人物だよ」
「もったいぶらねえで教えろや。つまるところ、そいつが黒幕って事だろ? 一体誰なんだ、そいつは」
「いっぺん死んで来い、って言うわりには敵の情報、少なすぎるし……。さすがにちょっと、色々足りてなくないです?」
御船ばかりか、普段はこうした話に口を挟まない光河すら苛立った声をあげる。
対するレオンは、冷たい表情で黎一たちを見つめた。
「……サク・マガハラ」
――今度こそ。
集まった級友たちは、言葉を失った。
「彼とともに追放された、残りの五人の魔力波形も併せて検知された。君たちにお鉢が回った理由は、これで分かっただろう」
(そういう、ことかい……)
黎一は、頭をわしわしと掻きながら得心した。
勾原たちを追放処分としたのは、王国宰相であるレオンの判断だ。扱いこそ追放だが、実態は賓客として扱わねばならない勇者の処遇を持て余したうえでの、事実上の処刑である。
(ヤツらが生き残った以上、あくまでヴァイスラントの不始末……。引いては勇者の不始末、ってことか)
身内の恥は、身内で雪ぐべし――。それがルミニアとノスクォーツが達し得た、最大限の譲歩なのだろう。
そうでもなければ長年の友好国であるルミニアは元より、先の騒動の末に友好関係を構築したばかりのノスクォーツが、ここまで不平等な条件を押しつけてくるはずがない。
『ノスクォーツ側の前線は、私が督戦する。ともに轡を並べた戦友を、死地に送り出すのは心苦しいが……。それでも竜殺したる貴殿ならば、必ずやこの苦境を打ち破ってくれると信じている。頼むぞ、レイイチ・ヤナギ』
そう言うと、ヴォルフの姿を移した魔光画面が消えた。
督戦と言えば聞こえはいいが、ノスクォーツ側の国境を侵犯した場合は容赦なく攻撃すると言われているに等しい。
『ルミニア側も事態が収束するまで、厳戒態勢を以て事に当たります。国境付近での戦闘は、何卒ご遠慮いただきますように。ご武運を、お祈りしております』
言うだけ言い終えると、パトリアヌスも通信を終了する。
あとには、ヴァイスラント陣営の者たちだけが残された。
「……ヴァイスラント側も、ふもとの防衛線を再構築する必要がある。マリーとアイナ殿には、そちらの防衛線に回ってもらう」
「はいぃ⁉ この上、さらに戦力分散しろって言うんですか⁉」
「いざとなれば、後詰に回ってもらうさ。安心したまえ」
素っ頓狂な声で言う蒼乃に、レオンは冷たい視線を向けた。
「……儀式なのだよ、これは。君たちの世界では、禊と言うらしいな」
身心の罪や穢れを、洗い流す儀式の名だ。
消えぬ罪業は、同胞の血を以て贖えとでも言うのだろうか。
「改めて、国選勇者隊各位に命ずる。禍の山脈に赴き、跋扈する魔物と、主犯たるサク・マガハラ他五名を討滅せよ。これは……王国命令だ」
レオンの厳かな声が、会議室に響き渡った
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