その御名は
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その夜、黎一はフロズフラウ宮殿のバルコニーに佇んでいた。
中央広場で民衆たちに揉みくちゃにされた後、宮殿でノスクォーツの王侯貴族たちに囲まれ続け。ようやく隙を見つけ、脱出しての今である。
国の枢要たる面々を紹介してくれたヴォルフには申し訳ないが、さすがに限界だった。
(やっと楽になってきた……。その場で吐かなかっただけ、まだマシか……)
夜風は冬らしい冷たさだが、人に酔った今は心地が良い。
ちなみに蒼乃やマリーは、未だ宮殿内の会場で持ち前のコミュ力を存分に振るっている。特に蒼乃は、この異世界で初めてドレスを着て大いにご機嫌だった。放っておいても問題ないだろう。
フィーロも黎一たちの連れ子として、会場で料理にがっついている。
(コネ作りは蒼乃に任せる……。ただでさえ、面倒ごとに首を突っ込みすぎた……)
ノスクォーツ向けの演出は、上手くいったものの――。
煮魂宿りし雪山の迷宮の共同管理に漕ぎつけるのは、大変だったらしい。なにせ炎精獄竜の屍を取り込んだ、大陸最大級の火の魔力湧出点である。
そこをレオンが、二体目の六天魔獣を討った国選勇者隊の功績をネタに主導権を得て、ヴァイスラント国内の意見を統一したのだそうだ。なかなかの剛腕ぶりである。
(政治ってのは難しいねえ。取り過ぎたらしっぺ返しがくるのは分かるけど、苦労したのは俺らだし。まあフィロのこと誤魔化せたし、いっか)
炎精獄竜の動きを止めた透明な閃きは、魔物と戦っていたノスクォーツの部隊からも見えていたらしい。
事後処理の中でその話が出た時、レオンはのらりくらりと躱したそうだ。ノスクォーツ側も魔力湧出点の共同管理権のほうが大事である以上、そこまで追及しなかったのだろう。
(あ~、部屋戻りてえ~。さっさと寝てえ~。でも戻り方、分かんねえ~……)
気分の悪さが先行して、ろくに道を確認せず来たのがよくなかった。
今から会場に戻る気はない。かといって下手に道を聞いて、会場に引き戻されるのもいただけない。
辺りを見回しても、上部に上がるのだろう階段があるだけだ。
(どっか別のとこに進める、渡り廊下とか……ん?)
ふと階段の先にいる、見覚えのある顔に気づく。
青みがかった黒髪をポニーテールに纏め、シンプルな青のドレスに身を包んだ女性だ。涼しげな美貌を冬の月明かりが照らす様は、中世の絵画から抜け出てきたかのように美しい。
(アイナ、さん? なんでこんなところに……)
アイナは元々、各国の要人とのコネを欲しがっている節があった。
ヴァイスラントでも冒険者ギルドの依頼は言うに及ばず、近衛騎士団の訓練に招聘されても嫌な顔ひとつせず応じている。
宴の時も、こうして席を外すことはあまりない。
(ちょうどいい。アイナさんに道を聞けば……)
考えながら階段を昇ると、アイナも気づいて微笑んだ。
距離があるにもかかわらず、肌がぞくりと粟立った。火山での一件から、笑顔に妙な艶が出た気がする。
「宴の主役が席を外すとは、感心しないな」
「それ言ったら、アイナさんもでしょ……。てか珍しいっすね。こういう時に一人でいるなんて」
「そう、だな」
アイナはくすりと笑うと、ふたたびバルコニーの外に目を向けた。
本来は極寒の氷雪に閉ざされているはずの大都の街並みは、今や火の魔力の街灯によって皓々と照らし出されている。
「……これから、どうしようかと思ってな」
アイナが、ぽつりと言った。
その顔に、先ほどまでの微笑みはない。
「これから、って……。なんかあるんすか」
「世之断の在り処を知られた。こうなった以上、奴らはいずれこの大陸に攻め込んでこよう。そうなる前に……」
「……やめてください」
アイナの言葉を制して、眼差しを向ける。
「力になるって言ったじゃないですか。俺、まだなにも聞いてません」
「気持ちは嬉しい。だがそなた達には、今の立場がある。これ以上、巻き込むわけには……」
「なんなら、無理やりにでも聞きだします」
右手の勇者紋を見せると、アイナは小さく呻いた。
勇紋主命――。
主上の特権たる、眷属に無条件で命令を受け入れさせる”言葉”だ。アイナが黎一の眷属である以上、この言葉に抗う術はない。
と、その時。階下に気配が生まれた。
「……その話、私たちも興味あるんですけど」
階段の下を見れば、めかしこんだ蒼乃とマリーの姿がある。
蒼乃は急場で用意したのか、シンプルな黒のドレスだ。黒髪をポニーテールに纏めているせいか、雰囲気がいつもと違って見える。
隣のマリーは、白基調のフリルドレスだった。バレッタで留めたボブカットが、やたら似合う。
「お前ら、なんでここに……」
「魔力追跡なら一発だって。会場にいないから部屋に戻ったのかと思ったら、真逆のほうにいるから心配になって見に来たの」
「……って思って、わたしもついてきたんですけど。逢引きとはさすがですねぇ~?」
「いやだから、これは……」
「ま、そこの言い訳は、あとでとっくり聞かせてもらうとして……」
蒼乃は言葉を切ると、無言のアイナに視線を移す。
「アイナさん、教えてください。あいつら一体、何なんです?」
「……ッ」
なおも無言を貫くアイナを前に、蒼乃は髪留めを外した。
黒髪のミディアムロングが、冬の風にたなびく。
「私たちだって巻き込まれたんです。死にかけたんです。聞く権利、ありますよね?」
「口外はしないと誓います。ですから……」
蒼乃に続いて、マリーも促すようにアイナを見つめた。
アイナはしばし俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げる。
「そうだな、どこから話したものか。……まず、私の名から教えよう」
「名前……?」
「ああ、ヤナギ殿はもう知っているだろう。私の本当の名は……アイナ・ヒイズル・ズィパーグ」
その言葉に、マリーが目を見開いた。
「ヒイズル……。ズィパーグ王国の、国主の御名……」
「さすが、詳しいな」
アイナは、諦めたように笑う。
だが同時に、どこか突き抜けたような笑みでもあった。
「そう。私は、旧ズィパーグ王室の……第一王女だ」
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