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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第四章 俺と彼女が、剣士の秘密に触れるまで

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剣姫の契り

お読みいただき、ありがとうございます!

 時が、無限のように感じられた。

 ラキアの剣の(きっさき)が、迫る。


『――――!』


 ダイダロスが、何かを叫んでいる。

 あまり無茶を言うものではない。渾身の攻撃を繰り出したばかりだ。


(間に、合わねえ……!)


 狙いは右肩、それは分かる。

 だが、身体が追いつかない。能力(スキル)を切り替えている余裕もない。

 まるで、どう動くかがあらかじめ分かっていたかのような位置と動きだ。


(……腕上がんなくたって!)


 覚悟を決めた、その時。

 不意に、誰かが視界を遮った。

 青みがかった黒髪、ところどころが焦げた貫頭衣。脚線が見えるスリットには、ずいぶんと悩まされた。


(アイナ、さん?)


 とん、と音がした。

 アイナの身体が、わずかに震える。


「あ……」


 声がこぼれる中、アイナが崩れ落ちる。

 その向こうには、剣を引いたラキアが呆然としていた。剣からは、血が滴り落ちている。


「アイ、ナ……?」


 近づくラキアの手が届く前に。


「……ッ!!」


 アイナの身体を、抱き留めた。

 全身の肌が粟立つのを感じる。背筋に怖気が走る。

 それでも今は、離さない。

 ラキアは表情を強張らせて、それを見ていた。大切なものが手からすり抜けた、そんな顔だ。


「アイナさん、アイナさんッ!」


 名を呼びながら、傷の具合を見る。腹から、血が流れていた。

 光が消えかけた瞳が、黎一を捉える。


「あぶな、かったな……。あの、突きは……受けては……」


「喋らないでくださいっ!」


 最後の水薬(ポーション)を振りかける。腹の傷口に、手を当てた。

 だが、血は止まらない。


「やめるんだ……。あれは、氣が高まった一点を突き……散、逸させる……」


「でも……」


「……いい、んだ。面倒に……つ、きあわせ、て……すまな、かった……」


 アイナの声から、力が消えていく。

 かつて影蠢く城の地下で、同じ光景を見た。知っている。死とは、こういうものなのだということを。

 傷を瞬時に治したり、死者の魂を呼び戻す能力(スキル)はない。迫り来る死の前では、己が無力であることも知っていた。


(でも今は違う。方法なら、ある)


 勇者(ブレイヴ)の、主上(マスター)だけが使える言葉――。誓約を交わした者を、眷属(ファミリア)とする言葉だ。

 眷属(ファミリア)となることを承認した者の肉体は勇者(ブレイヴ)として蘇り、常人場慣れした力と能力(スキル)を手に入れる。


(使う、のか? この人が死ぬのを見たくはねえ。けど……)


 栄光と畏怖の狭間で生きるのが、勇者(ブレイヴ)の宿命だ。

 この異世界において勇者(ブレイヴ)になることは、人ならぬ存在となることと同義だ。ひとりの女性の人生に枷を嵌める。その代償は、マリーの時に嫌というほど見た。


(俺のわがままで、命を救って、それで……)


 不意に、右手になにかが触れた。

 見るとアイナが、左手を添えている。


「……アイナ……ヒイズル……ズィパーグ……」


(本当の、名前……? 王族かなんかなのか……?)


 縋る風の声ではない。さりとて、諦めているわけでもない。

 分かっているのだろう。黎一が、これから為そうとしていることを。

 迷っていることも、伝わった。


(信じるままに、か)


 身体に、熱が戻る。

 それでもアイナは、信じてくれている。

 そんな、気がした。


「……勇紋布告(サインズ・エディクト)


 ぽつりと言った言葉に、呆けていたラキアの表情が変わる。


「お前、まさか……やめろっ!」


 ラキアもまた、言葉の意味を知っているのだろう。

 異世界人ではないにも拘らず、勇者(ブレイヴ)であることがその証左だ。


創絆(ネクサス)。アイナ・ヒイズル……ズィパーグ」


「アイナ、やめろ……! やめろおっ!」


 拒絶の言葉とは裏腹に、邪魔をしてくることはない。

 アイナはふっと笑うと、右手を握る手に力を込めた。


「……承認(アプローヴ)


 右手の勇者紋(サイン)が輝く。

 溢れた光は舞いあがった後、次々にアイナの身体へと入っていく。


「あ、ああっ……」


 ラキアが剣を取り落とす。手を伸ばしても、光が止まることはない。

 その視線が、アイナを抱きかかえる黎一へと向いた。


「貴様ッ……! 貴様ッ……!」


「そんなに言うなら、なんで傍にいてあげなかったんすか」


 憎悪を宿した瞳に向けて、淡々と言い放つ。


「アイナさん、苦しんでたでしょ。それが分かってて、なんであんたは放っておいたんですか」


「お前になにが分かるッ!」


「分かりませんよ、あんたの都合なんて」


 アイナの身体を降ろして、立ち上がった。

 愛剣を握り締め、突きつける。


「俺はただ……苦しんでる仲間を、見捨てたくないってだけだ。あんたにはそういうの、ないんですか」


「……同感、だな」


 声は、足元から聞こえた。

 見ればアイナの形をした光が、ゆっくりと立ち上がるところだった。


「世界の頂に立つといったな。そんなものに興味はない。私はただ、己の故郷を取り戻したいだけだ」


 光が徐々に零れ落ち、アイナの姿へと戻っていく。

 焦げた貫頭衣から覗く肌に、傷はない。左手の甲には、夜天に浮かぶ三日月の勇者紋(サイン)が顕れている。

 その姿を、ラキアが睨みつけた。


「愚かな……。その身ではもう、世之断(よのたち)は振るえない。誰もお前を……」


「構わないさ」


 ラキアの言葉を喰ったと同時に、アイナが動く。

 かと思うと、明後日のほうに転がった世之断(よのたち)の位置まで飛んでいる。


「たとえこの身が滅びようとも、国の血筋が続けば……本望だっ!」


 拾い上げた世之断(よのたち)の鋒を、ラキアに向ける。

 ラキアはしばし俯いていたが、やがてぎらりと黎一を見た。


「ならば……禍根として、ここで断つとしようか」


 ラキアが剣を拾い上げ、大きく後ろへと飛んだ。

 右手に外套を巻き取り、左手で剣を構える。


「さあ、来なよ。覚悟や決意じゃ、力の差は埋まらないってことを教えてやる」


 火口の熱が、鋭い氷のごとき殺気で吹き飛ばされた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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