熱、果てて後
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火口の熱が、引いていく。気温が下がったのが、肌で分かる。
黎一は愛剣を杖に、膝をつくのをなんとかこらえた。アイナとラキアも、立っているのがやっとの体に見える。
その時、右肩に誰かの手がかかった。誰のものかは、考えるまでもない。
「終わった……?」
ほとんど耳元で、蒼乃の可もなく不可もない声が聞こえた。
女嫌いの性分が、ざわざわと暴れ出す。肌が粟立ち、足がすくむ。
だが不思議と、嫌ではなかった。肩に掛かる重さが、今は妙に心地よい。
そんな中、オグニエナはゆっくりと火口ににじり寄っていた。胸には、アイナの剣を突き立てたままだ。
「ッ、アッハッハッハ……。この親にしてこの子あり、か……。これも、ヤツから教わった言葉じゃったかのう……」
言葉が流れる。
その四肢は、早くも紅色の霞となりつつあった。
「褒美を、取らさねばならんな……」
オグニエナが、ゆっくりと右手を掲げる。
すると仄かな紅色の靄が、球体となって現れた。ふよふよと頼りなく漂った後、ゆっくりと黎一の中へと入っていく。
――脳裏に、薄暗い祠堂の風景が映る。
奥にある六つの大きな石碑のうち、ひとつに赫い光で文字が浮かび上がった。能力が覚醒した証だ。
(炎帝抹消焔……)
「遣うならば、心して遣えよ。すべてを灰燼に帰す破滅の火……。我がソウマと共に創りし、始祖の業ぞ」
「始祖の、業?」
蒼乃がおうむ返しに問う。
この状況でも、言葉尻には探求への欲が込められている。おそらく瞳は、知的好奇心で輝いているに違いない。
「おうさ……。今、貴様らが遣う魔力と魔法の……始原となったものよ」
「父さんが作った……? 魔法を……?」
「竜人には、必要なかったのじゃ。純然魔力があれば……。火であろうが水であろうが、思いのままであるからのう」
オグニエナは、火口の際にゆっくり腰を下ろした。
世之断をその身に突き立てていてもまだ消えぬのは、火口から溢れる火の魔力のおかげなのだろうか。
「もっとも各々、想起に得手不得手はあった……。ソウマは我らのそれを元に、属性の概念を創り出し、魔法の型としたのじゃ。純然魔力をうまく扱えぬ奴隷種のために、の」
誰も、口を挟まない。
霞を通り越し陽炎のようになった彼女は、穏やかな炎のように見える。
「ソウマは属性を、さらに追い求めた。その中で属性の……循環を知った」
「属性の相性のことか……?」
「さにあらず。例えばすべての属性が場にあるとして……。それぞれが、まったく同じ量であったならどうなる?」
「喰い合って終わりよ」
「そうじゃのう。だが……各々が無限に生まれるとしたら?」
身体が震えた。
肩に掛かる蒼乃の手にも、力が込められた。
ひとつの場に、すべての属性が均一に存在する――ありえない話だ。
魔力の量は場の環境の他、場に存在する生命の影響も強く受ける。魔律慧眼で見てきたから、実感がある。
(でも、純然魔力があれば……?)
仮にすべての属性が均一に存在したところで、各々の属性が喰らえる魔力を食らい、大きくなって終わりだ。
だが、すべての属性の始原たる魔力があれば。すべての属性を無限かつ均一に生み出すことができれば。
――それぞれの魔力は、際限なく大きくなる。
「すでにこの世に、純然魔力はない。だが同じ地合いを設えることはできよう。ソウマの子よ……そなたの中で、な」
己の思考の奥に広がる、祠堂を思い出す。
最奥にならぶ、六つの石碑。
光を灯しているのは緑と、今しがた受け取った赤。
「まさか……」
「我らが力を連ね、繋げよ。さすれば門は成ろう。ソウマの元へも辿りつけよう」
オグニエナが、ゆらりと立ち上がった。
すでに両の腕は消え、あるのは足と胴、頭だけだ。
「だが門がまたげる垣根はひとつのみ。そなたらが帰郷を果たしたくば……門は、ふたつ要る」
「なんだと……?」
その視線が、ラキアへと向く。
「男よ、さっきから剣呑な目をしておるのう。そんなにこの鈍刀が恋しいか」
「……ッ」
「さもあろう……。これが残っているということは……。妾が創らせた、あの我楽多も……残っ……おろうからな」
視線が、黎一の手元に移る。
「ダイ……スよ。東へ、行け。そな、たの求め……ものが……あるやも……知れんぞ」
『オレ様が創った以外にも門がある、だと? まさかお前、そのために……?』
オグニエナは笑って、天を仰いだ。
夜の藍が炎に焦がされ、赤に染まっている。
「いい、夜じゃ……。あ……つと会うた……こんな夜じゃっ……のお……」
オグニエナの身体が、ぐらりと傾いだ。
倒れ込もうとしているのは、火口のほうだ。
「よく、眠れ……そうじゃ……」
そう言って、火口から立ち昇る熱へと身をゆだねる。
胸に、世之断を突き立てたまま。
「あ……」
零れた言葉は、誰のものだったか。
気づけば、火口に向けて走る影がふたつあった。
(ラキア……アイナさん!)
オグニエナの姿が、消える。
世之断が、火口へと墜ちるのが、見えた。
「――――!!」
声なき声を上げ。
ラキアとアイナが、火口に身を躍らせる。
「ちょっと、なにやってんの⁉ あの二人ッ……!」
蒼乃が震える声で言った時、愛剣が震えた。
『おい、レイイチ。二人を追え』
思わず、愛剣に視線を落とす。
冷静な声だった。普段はがなり立てているせいで濁声に聞こえるが、こうして聞くとなかなかいい声だ。
「バカじゃないの、なんで火口に身投げしないといけないのよっ! そりゃ煮魂宿りし雪山の迷宮はまだ残ってるだろうけど……。オグニエナの魔力が消えた以上、いつどうなったって……!」
『帰りたけりゃ、ソウマに会いたけりゃ、追え』
蒼乃の声を遮った声は、いつになく重々しい。
「……あの剣が、必要なのか」
『オグニエナの言うとおりなら、な。手札は多いに越したことはねえ』
「なんだ。そんなことか」
『なんだ、ってこたぁねえだろ! お前、さっきなにを聞いて……』
「……そんなもんなくたって、やることは決まってるって言ってんだよ」
なにかあったら、力になる――。そう、約束した。
「蒼乃、動けるようになったら助けを呼べる位置まで行け。いいな」
ふと見ると、蒼乃はうるんだ目で黎一を見ていた。
だが、すぐにいつもの呆れた笑顔に戻る。
「はいはい、分かりました。気をつけてね」
「……行ってくる」
ぽん、と肩を叩かれたのを合図にして。
黎一は、熱波が渦巻く火口へと走り出した
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