焔の武技
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吼えたオグニエナに向かって、ラキアとアイナが動いた。
「――穿刻」
「――冷閃」
渦を巻く斬撃と氷の斬撃が、同時に繰り出される。
しかしオグニエナはわずかな体捌きで渦を交わすと、ラキアの剣を真っ向から受け止めた。
「二人とも良い剣士ではある。だが少々、華々しさに欠けるのう?」
ラキアとせめぎ合いながらも、オグニエナの長巻は微動だにしない。
その脇から、短杖を構えた蒼乃が飛び込んだ。
「寂寞に哭く風精よ、氷雪纏いて剣となれッ! 氷雪風刃ッ!」
青水晶を戴く短杖の先端から、冷気を纏った氷の刃が伸びる。
狙いはオグニエナの額にある、赤い角だ。
「児戯は好かぬと言うたであろうがッ!」
「勇紋権能! 水巧結界!」
「氷雪風刃――二刀!」
水の魔力の増幅を受け、蒼乃が繰る冷気の刃が一回り大きくなる。
さらに右手の黄水晶の短杖から、もう一筋の冷気の刃が現れた。
「ほうっ⁉」
「はあああっ!」
二筋の冷気が軌跡を生む。
一筋はオグニエナの右手に阻まれたが、もう一筋は側頭の角に命中した。
オグニエナの表情が、わずかに歪む。
「――潰天」
「――青月」
隙を突いたアイナとラキアの一撃が、立て続けに角を叩く。
だがオグニエナはびくともしない。それどころか、黎一を見てニヤリと笑ってみせた。
「……ソウマの子よ、ずいぶんとおとなしいのう!」
「ッ!」
「そなたの狙いは見えておる! 先ほどの毒の刃であろう⁉」
愉しげに話すこの間――。
オグニエナは蒼乃、アイナ、ラキアを相手に剣劇を繰り広げていた。
正面にいるラキアの剣こそ、長巻で受け止めてはいる。だが蒼乃やアイナの攻撃に関しては、ほとんど意に介していない。
効かないことが分かっているのだ。蒼乃が角につけた傷も、すでに消えている。タフなどという言葉で片づく相手ではない。
(分かっちゃいる! あれだけ火の魔力を吸い込んだんだ……。ガディアンナよりヤバいのは分かってる!)
ゆえに黎一は、補助に徹した。どのみち今の剣魔法では、オグニエナに届かない。
水の魔力を増幅しつつ、機をうかがう。隙ができた瞬間に、刻命焉刃で角を斬る。どの道、毒の刃を振るえるのは一度だけだ。
「妾の剣を掻い潜るには、いささか剣腕が足りぬかのおッ⁉」
オグニエナが嘲う。
周りの者たちも分かっているのだろう。今、オグニエナに届く刃を持っているのは、黎一だけなのだと。
だが、届かない。
「少々、飽いたわ……。どうれ、剣というものを教えてくれよう」
オグニエナは周囲から飛びくる刃をあっさり跳ね除けると、大きく後ろへ飛んだ。
降り立った位置は、火口すれすれの位置だ。噴き上がる熱波を浴びる度、角の輝きが増しているのは気のせいではないだろう。
あどけない顔をした女傑が、身を屈める。
「炎樂――火牙裂」
(やっ……べっ!)
赤が疾る。炎が翔ける。
反射的に右へと飛んだ。一拍前まで己の身があった場所が、立ち昇る炎に焼かれていくのが、見えた。
「熱う……っ!」
声のほうを見てみれば、蒼乃が火に包まれながら飛び退いている。
「蒼乃ッ!」
「だい……じょぶっ!」
蒼乃は素早く、冷気の風で火を吹き消した。続く動きで懐から細い水薬の瓶を取り出し、頭から振りかける。
おそらく冷風の結界に活性快体、支給されていた耐熱兼用の防寒具が相まって、軽い火傷で済んだのだろう。
だが水薬が効くまでは時間がかかる。現に蒼乃は、膝を屈したまま動かない。
(えいくそっ!)
『おい、熱くなるなっ! おめえの腕でなんとかなる相手じゃねえ!』
脳裏に流れるダイダロスの声を振り切って、水の魔力を纏った愛剣を構える。
オグニエナは黎一たちの後方、斜面に差しかかるあたりへと抜けていた。そこへ、アイナとラキアが斬りかかる。
「――銀月・白牙!」
アイナが繰り出す白い軌跡を描く横薙ぎを、オグニエナの長巻が振り向きざまに受け止める。
刃が噛み合った側から冷気の弧が放たれる。だがオグニエナは、わずかに笑ったのみだ。
「――冷閃・氷柱」
ラキアが後背を突く位置から放った氷の鋒が、オグニエナを捕らえた。
しかしオグニエナがわずかに顔をしかめる間に、大人の背丈ほどもある氷塊が溶け散っていく。
「奴隷の血筋が、大したものよっ!」
二人との剣舞に興じながら、オグニエナが吼える。
「妾が興した剣を、ここまで昇華するとは!」
「なにっ⁉」
アイナの動きが、声とともにわずかに鈍った。
隙を埋めるように、ラキアが割って入る。
「そなたら、東の国の出であろう! 氣の流れで分かるわっ!」
ラキアを大きく弾いて、オグニエナが距離を取る。
氷の一撃をもらった防具の個所が、大きく欠けていた。まるでダメージがないというわけでもないらしい。だが火の魔力が満ちている以上、回復されるのは時間の問題だ。
「しかしまあ……奴隷の分際どもが、よくぞここまで殖えたものよ。貴様らがなぜこの世界に立っていられるか、分かるか?」
「なに……?」
前に出る黎一に向けて、オグニエナは表情を険しくする。
「そなたの父、ソウマと我らがっ! 堕ちて異界を牛耳り、覇を唱えた勇者と竜人どもをっ! 悉く誅したがゆえよっ!」
(やっぱり……!)
「ソウマは今も、彼の地にいる! 我らは約した! 我らが目醒めし時、ふたたび”門”を開き、ソウマを解き放つとッ!」
「なら俺に開けさせろっ! 俺は父さんに……」
「……彼の地には、今も堕ちた者どもが眠っている。ソウマの子よ。妾の剣に触れられぬようでは、その資格はない」
ふたたび、オグニエナが身を屈めた。
「そなたに資格があるというならば、この技を捌いてみせよ。ソウマは、初見で捌いてみせたぞ?」
炎が、満ちる。
「炎樂――火牙裂」
赤に染まったオグニエナが、黎一を目がけて駆けだした。
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