竜殺し
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黎一はラキアとともに炎精獄竜へと迫った。
火口を背に戦う竜の角には、すでに赤い輝きが戻りつつある。
「勇紋権能、水巧結界!」
周囲の水の魔力を増幅させる。
頃は良しと見たか、銀髪をなびかせる蒼乃が炎精獄竜へと肉薄した。
「寂寞に哭く風精よ、氷雪纏いて剣となれ! 氷雪風刃ッ!」
鉄紺色の短杖から、冷気の刃が伸びた。
蒼乃は炎精獄竜の爪牙を、もう一方の短杖から風を撃ち出すことで回避。その動きを利用して、角に冷気の刃を振るった。
「っせぇえいっ!」
狙い違わず、冷気が赤い角へと直撃する。
炎精獄竜の顔が、わずかに苦悶に歪んだ。
その隙に、アイナは竜の足元へと走り込んでいる。
「――荒月!」
全身で伸びあがるような斬撃が、角を掠める。
「――潰天ッ!」
飛び上がった勢いから繰り出す荒々しい一撃にも、角にはヒビひとつ入らない。
そこへ、ラキアが踏み込んだ。
「――冷閃」
白い軌跡を残す横薙ぎの一撃が、炎精獄竜の角を直撃する。角に、わずかな亀裂が入った。
アイナの顔が、驚愕の色に染まった。着地するなり、ずかずかとラキアへと近づく。
「ラキア……! 貴様、一体どういう……っ!」
「今だけだよ。あと、言い出しっぺはこいつだからね」
指で示され、わざとらしく目を逸らす。
ちなみに蒼乃はというと、大して気にもせず竜の角に冷気の一撃を見舞っていた。ちらと黎一を見たその顔は、「なんかよく分からないけど、とりあえずよくやった」などと言っている気がする。
「角の輝きが戻ると厄介だ。さっさと仕留める」
ラキアは時間の無駄だとばかりに、ふたたび炎精獄竜を見据えた。
その一言に、ふとした疑問が脳裏をよぎる。
(こいつ、なんで角のことを知ってる? 遠くから見てた……? まさかな)
考えている間に、炎精獄竜が大きく首を動かした。吐息の体勢だ。
魔律慧眼に切り替えて見てみると、周囲の赤い魔力はまだ薄い。威力が落ちてでも薙ぎ払うつもりらしい。
黎一は、青い鳥に触れて口を開く。
『フィロ、小里! もう一発かましてやれっ!』
『んんぅ! りょーかい!』
ラキアが、聞こえてきた声に顔をしかめた。
「なにするつもりなの? 魔力が収束したら……」
「分かんないなら、黙って見てなさいって。次、一気に仕掛けるよ」
訝しむラキアを制したのは、飛んで戻ってきた蒼乃だった。小休止のつもりなのか、雷光は纏わず元の黒髪に戻っている。
そうこうするうちに、炎精獄竜の口に炎が灯った。水巧結界で下げた周囲の気温が、ふたたび上がっていく。
『れーいち! あいずしてねっ!』
『射角調整、よしっ! いつでもどうぞっ!』
(ちったあ、連携よくなったな)
炎精獄竜の口が、黎一たちに向けて開かれる――。
「よおし……撃てぇっ!!」
――透明の光が、煌めいた。
炎が、赤い魔力が一瞬にして消滅する。
『グゥオアアアアアアッ……!!』
炎精獄竜の巨体が、大きく傾いだ。
六天魔獣にとって魔力を消されるのは、血の流れを止められるのと同義のはずだ。
「なっ……⁉ 氣の流れが、止まった⁉」
ラキアの口から、声が零れ落ちる。
はじめて見る、驚愕の表情だった。
「行くぞッ!」
走り出しす。
視界の隅で、蒼乃の髪がふたたび銀髪に染まった。
アイナも、剣に水の魔力を纏っている。
「ええいっ……!」
ラキアも戸惑いの声をあげながら、後に続く。
フィーロが純然魔力を撃ち出せる回数には限度がある。ここまでの戦闘時間を考えると、次の一発が最後だ。
(一気に持ってく! なるべく、消耗せずに……!)
「勇紋権能、水巧結界!」
後の展開も踏まえつつ、手番を繰る。
その間に、蒼乃が雷光を纏って飛んだ。炎精獄竜の眼前まで行くと、右の短杖を振りかざす。
「虚空に眠りし氷嵐の王、煌めき凍てつき業を封ぜよ! 閃氷封絶!」
無数の冷気が、光とともに弾けた。輝きを失った角が、さらに色褪せる。
蒼乃は間髪入れず、左の短杖を逆手に構える。
「寂寞に哭く風精よ、氷雪纏いて剣となれ! 氷雪風刃ッ!」
冷気の刃の連撃が、角に無数の傷をついた。
炎精獄竜が、ゆっくりと立ち上がる。その隙に、アイナとラキアが走り込んだ。
「剣舞――空蝉」
「剣舞――霧氷」
視界に、無数の剣閃が走った。
ふたつの軌跡は重なり合い、埋め合いながら、竜の角に亀裂を入れる。
しかし、竜の眼にはまだ光がある。
(いい加減に……!)
「勇紋権能、万霊祠堂!」
眼前に、石碑が立ち並ぶ祠堂が広がった。
奥で光を灯す、大きな石碑に手を伸ばす。影蠢く城で手に入れた力のひとつ――。
(出てこいやっ!)
「刻命焉刃!」
名を告げると、黎一の愛剣が禍々しい深緑に染まった。
触れると肉体を壊死させる猛毒のオーラを付与する能力である。並の剣では腐食してしまうが、愛剣なら耐えられる。
だが振るえるのは、一度だけだ。
『ゴアアアアアアッ!!』
炎精獄竜が叫ぶ。
残った力を、絞りつくすかのように。
角が遠のく。巨体が立ち上がり、竜が鎌首をもたげた。
(やっべっ……!)
『お願いっ! いっけええっ!』
小里の声が響いた。
肩先に留まっていた青い鳥が飛び、竜の額を直撃する。
青い身体が、羽が、粉々になって砕け散った。
「風よ、我らを導く翼となれ! 風翼言祝!」
蒼乃の声が響く。身体が、風で包まれたのを感じる。
(二回も……)
地を踏みしめ飛び上がり、炎精獄竜の目の前へと躍り出た。
(神風が吹くとはなッ!)
「おおおおおおおおおおっ!」
角を目がけて、毒の刃を振り下ろす。
竜の鉤爪が、黎一に届くより早く――。緑の刃が、巨大な竜の角を断ち切っていた。
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