交わる刃
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黎一たちは、焼けただれた山肌を蹴って進んだ。蒼乃の補助魔法があれば、山頂までそれほど時間はかからない。
やがて黎一たちが、熱風吹きすさぶ山頂へと至った時――。
地に伏していた炎精獄竜が、真紅の巨体をゆっくりと起こした。
『よう来た、人の子よ』
(もう喋れる? 魔力を吸い続けたからか……?)
間近で見ると、その大きさが一層際立って見える。
城か砦くらいと思っていた身体は、さらに大きくなっていた。両翼を広げれば、ちょっとした町なら覆い尽くすことができるのではなかろうか。
『まさかこの期に及んで、純然魔力を浴びるとはな。どんな手を遣ったかは知らんが、面食らったわ。褒めてつかわす』
苦悶の叫びはどこへやら、竜の顔が喜悦に満ちた。
鼻先から伸びる赤々と輝く巨大な角と、後ろへと伸びる二本の角。どことなく、地精王獣に似ている。
そんな炎精獄竜を前に、黎一は前へと出た。ただそれだけで、肌が焼かれる気がする。
「お褒めのついでに……また寝てもらえると助かるんすけどね。俺が聞きたいこと、答えた上で」
竜の眼が、ぬらりと光る。
『”力の遣い手”はそなたか。しかし彼の者と違って、冗談は下手と見える』
(父さんの、事か)
『妾は火を喰らい続け、いずれは空を舞う。そうなれば、貴様らの城塞など取るに足りん。故に、そなたの願いを聞き入れる意味はない』
「なぜ焼くんすか。あんたが付き従った人は、そんなこと望んじゃいなかったはずだ」
『フン、見てきたような口を利く。彼の者に従ったのは、力比べで認めたがゆえ。主であり、強敵でもある……。探すために起きたのよ。決着をつけるためにな』
「なら力を貸してくれっ! その人の居場所を教えろっ! そうすりゃ、俺が会わせてみせる!」
『フッ……フハハハハハハッ!! 感じるぞ……! そうか、ガディアンナの力を得たか』
炎精獄竜が、嗤った。
咆哮にも似た声に空気が焦げ、夜天が赤に染まる。
『だが届く、か? 届くと思うてか。なにも知らぬ小童が』
「だから、あんたの知ってることを教えて欲しいんすよ。やってみなきゃ分かんないでしょ」
『そうさなぁ、考えぬでもない。ただ……』
竜の顔が、にたりと笑った。
『妾を、満足させることができたならばなッ!!』
唐突に吹きつけてきた炎風を、全員が散って躱す。
周囲の魔力を転化せずとも、少量の炎なら吐けるらしい。
「結局、力比べかよっ!」
『つれぬことを言うな、稀人よッ! 汝が振るうその力、我が想うものであるか否か……試すとしようッ!』
幾度目かの、竜の咆哮が響く。
フィーロの純然魔力が効いたのか、鼻先の角は色あせたままだ。魔律慧眼で見る限り、火の魔力による障壁も消えている。
だが火の魔力が漂う場で、このままであるはずもない。
つまり――。
「速攻勝負よッ! 一気に決めないとヤバいってッ!」
「分かってるッ!」
蒼乃が心の内を代弁してくれる。説明要らずなのはいいことだ。
「勇紋権能! 水巧結界!」
能力に応じて、水の魔力の気が強くなる。
周囲の気温が下がった。相反する火の魔力が抑圧されたのだ。
『ほっ! 小細工よのおッ!』
「凍れる空に在りし風精よ、怒り渦巻き檻となれ! 氷竜巻檻ッ!」
蒼乃が放つ巨大な氷の竜巻が、紅い竜を包み込む。
だが炎精獄竜は、身じろぎひとつで氷の檻を弾き散らした。
『児戯は好かぬぞ、小娘ッ!』
「はいはいっ! でしょうねっ!」
『なにッ⁉』
先行した蒼乃とは、逆側から回り込む。
蒼乃が先手を打った理由は分かっている。炎精獄竜に対する有効火力が限られていることを見越して、囮になったのだ。
「勇紋共鳴、全々全花! 蛇水咬・八岐ッ!」
意識したのは、炎精獄竜の身体の部位だった。頭、胴、両足、両翼――。巨体ゆえ、別々に攻撃するイメージが湧きやすい。
果たして、黎一の剣から出でた水蛇が反復する。
「勇紋共鳴、魔力追跡! いけえっ!」
愛剣を、振り抜いた。
能力に導かれ、数多の水蛇が中空を這い進む。狙いは、色を取り戻しつつある赤い角だ。
しかし炎精獄竜は、なにを思ったかいきなり突進を始めた。
『よいぞッ! 食ろうてみようッ!』
熱を生む突進の中、水蛇が角へと食らいつく。
だが炎精獄竜の勢いは止まらない。
『よい、よいぞッ! だがまだ足りぬッ!』
「チイッ!」
やむなく、さらに右へと飛んだ。自然、巨体の左にいる蒼乃と分断される形になる。しかし炎精獄竜は黎一にも、蒼乃にも興味を示さない。
進んだ先にいたのは――。隙を突くべく、後方にいたアイナだ。
『そこの女、魔力が使えぬな? 上から見ておれば分かるわ』
(炎精獄竜、最初からこれを見越して……!)
「――穿刻っ!」
アイナの声が響く。
だが、炎精獄竜が揺らぐことはない。
『強きを挫き、弱きを殺す。戦の世の教えぞ?』
(えいくそっ! 間に合えっ!)
高速移動の能力を引っ張り出すべく、万霊祠堂を喚び出す。
その前に。
「――氷弧」
『ガウッ⁉』
中空に、冷たい色の弧が奔った。
炎精獄竜の首が、大きく仰け反る。
(今のは、まさか……!)
竜の両翼が羽ばたき、巨体が下がる。
開けた視界の先にいるのは蒼乃とアイナ、そして――。
「……ラキアッ!」
アイナを庇うように立つ、青銀髪の男の名を呼ぶ。
群青色の外套を纏い、左手には冴え冴えとした色を放つ片刃の長剣。線の細い身体は、どこから竜の巨躯をよろめかせる力が出るのか見当もつかない。
『新手か! 面白いっ!』
「……纏うは閃き、奔るは雷光! 昂る我が身を疾く導けっ! 閃雷翔纏ッ!」
翼を広げる炎精獄竜を前に、左から光が翔ける。
白き雷光を纏い、髪が銀色に染まった蒼乃だ。その目が、少しだけ黎一の顔を見た。
(俺になんとかしろってかい……)
『ほほう⁉ 次はどんな遊びだ⁉』
炎精獄竜は顔を輝かせ、宙を舞う蒼乃を追い回す。
こうしてみると、なんとも人間臭い。
(さて、あっちがなんとかしてる間に……)
黎一は、背後へと向き直る。
アイナとラキアは、いつの間にか距離を取り向き合っていた。
「アイナ、オレと来い。今ならまだ間に合うっ!」
熱を持って言うラキアに、しかしアイナは冷たい視線を返す。
「間に合う? なにがだ。もう終わった……。お前らが、終わらせたんだろうが」
「仕方のないことだった。先に手をあげたのは、お前の父だぞ」
「その”仕方ない”で、何人が死んだ? 一体どれほどの者が犠牲になった⁉」
ラキアを見つめるアイナの目は、かつて見たことのないものだった。
憤怒、憎悪、敵意。負の想いを幾重にも積み上げ、悲しみで彩った――そんな目だ。
「ヴェンに伝えろ。いつか必ず、私がお前たちを終わらせる、と」
そう言って、水の魔力を纏った剣を片手に炎精獄竜へと駆けていく。動きに、先ほどまでの迷いはない。
なおも側に立つ黎一に、ラキアは熱のない視線を向けた。
「……いい気分かい?」
「なにがあったんだ、なんて聞く気はねえっすけど」
「そりゃいいね。オレも話すつもりはない」
「ただこのままいったら……アイナさん、死ぬかもしれないっすよ」
「……ッ!」
ラキアは、再度アイナに視線を向けた。
爪牙を振るう炎精獄竜の側を飛び回り、幾度も剣で斬りつけている。
すれすれのところを爪が通り過ぎる度、ラキアの表情がぴくりと動く。
(やっぱり、そうだ。アイナさんに声を上げた時、魔力が少しだけ熱を持った。少なくともこいつは……アイナさんを探しに来たんだ)
「俺は元の世界に帰るために、手に届く範囲を守るために炎精獄竜を倒す。あんたが守りたいものは、なんですか」
ラキアはなおも黙していた。が、やがてゆっくりと一歩前に出る。
そのまま、左手の剣を横薙ぎの形に構えた。
「――青月」
青い波動が、まっすぐに飛んだ。
炎精獄竜は、鉤爪のひと薙ぎで斬り散らす。なにかを察したのか、さも面白そうにラキアを見つめた。
「今だけ、だからね」
「……それでいいっすよ」
黎一は愛剣を構えて、ゆっくりとラキアの横に並んだ。
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