赤き洗礼
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煮えたぎる赤い山裾に、幾多の青がほとばしる。
ある場所では水流が奔り、またある場所では氷の花が咲く。
「勇紋共鳴、全々全花ッ!」
黎一は愛剣に纏った水の魔力を、目の前に立ち塞がる火の魔物の数と同じ数に増やした。
対象の数だけ事象を反復させる、マリーの能力だ。
「勇紋共鳴、魔力追跡! 蛇水咬・八岐ッ!」
イメージを乗せて、剣を振るう。
反復して産み出された数多の蛇たちが、さらに八つ首へと分裂した。蛇たちは牙をむき、能力によって示された標的に向けて中空を這う。
「「キャシャアアッ……」」
「「ンゴッ!」」
「「ヴォワシャアアアアア……」」
そこかしこから魔物の断末魔が聞こえる。葬ったのは、ざっと二十程度だろうか。
「ヒュゥ~! やるねえっ!」
「なんだありゃ⁉」
「あれが、国選勇者隊……?」
「いや噂にゃ聞いてたけど……噂以上だぞ、あれ」
ひそひそと聞こえてくる声を斬り裂くように、蒼乃が宙を舞った。
三体の獄烙鳥を氷の風刃で斬り捨てた後、青水晶の短杖を魔物の群れへと向ける。
「凍れる空を駆ける風、怒り渦巻き檻となれ! 氷竜巻檻!」
青き氷の竜巻が、五体の炎熱巨人を焼けた土塊に変える。
どうやら集合を待つ間に、新しい魔法を組み上げたらしい。煮魂宿りし雪山の迷宮で、手持ちの水属性魔法の威力不足を悟ったのだろう。
「おいおいっ、いけるんじゃねえのこれえっ!」
「いけなきゃ困るんだよッ! さっさと手を動かせえッ!」
(いやまあ、優勢なのはいいんだがなあっ……!)
蒼乃の強さに湧く周囲の声をよそに、戦況を俯瞰する。
実際――二国連合での戦は、おおむね優勢で進んでいた。ノスクォーツの旗と陣形を併用した水の結界と、黎一の水巧結界の相乗効果によるものだ。おかげで火の魔物たちは近づくそばから弱体化し、片っ端から討ち取られていく。
(まあ、それよかやべえのがいるけど……)
「勇紋権能! 水流噴出ッ!」
ちらと視線を左手に向けると、水流が四方八方にぶちまけられている。
放っているのはフィリパだ。先ほどから前線に立ち、負傷も厭わず水流を放ち続けている。
暗い表情は変わらない。死に場所を求めている者の顔だった。
(んでもって、こっちはこっちでアレだし……)
「――銀月・白牙ッ!」
右手に目を向ければ、青白い斬撃が火精蜥蜴たちを斬り裂いている。空から獄烙鳥が来れば、青き斬撃の渦がその身体をこそげとる。
水の魔力を纏った剣を振るうのは、言うまでもなくアイナだ。いつの間にか、水の魔力を付与する焉古装具を手に入れていたらしい。
その表情には、フィリパと同じものが宿っているように見えた。
(いやなんていうか……。気持ちは分かるなんて、とても言えねえ。ってか分かりたくないけど……)
中央の黎一と蒼乃、左翼のフィリパ、右翼のアイナ。ぱっと見、魔物の七割くらいはこの四人によって討ち取られている。おかげで死者はおろか、負傷者すらほとんど出ていない。
だが黎一としては、とても、とてもやりにくい。
(ったく……。半分くらいは、お前のせいだからな)
深いため息を吐きながら、山頂の竜の影を見据えた。補助魔法の恩恵もあって、今はすでに山の中腹くらいに達している。
あとひと息――そう思った時。
竜の影が動いた。のそりと立ち上がったかと思うと、おもむろに首を大きく逸らす。
(あの動き、まさかッ……!)
「冷却の魔法の道具をっ! 炎が来るッ!!」
思う前に、叫んでいた。
懐に入れていた水瀑石を、前方に向けて投げ放つ。
「全軍停止ッ! 防御態勢ッ!!」
ヴォルフの号令が重なった。
隣の蒼乃も、なにかを叫んだ。
瞬間――。
(~~ッ!!)
視界が、炎で染まる。
熱さが、痛みが、ひとつになって通り過ぎていく。
その時は長いようで、一瞬で終わった。
「くっそ、どうなって……ッ⁉」
広がる光景に、絶句する。
目の前に、焼けただれた足があった。
その先には、歪な人の形をした消し炭が見える。
右にも、左にも、黒い形をしたなにかが、溢れていた。
「クソッ……クソッ!」
言葉が漏れる。竜の影を、ふたたび見る。
竜は、嗤っていた。
矮小なるものを。驕れる牙を持つものを。決して己に、届かぬものを。
「テメエッ……! やって、くれたなッ……!」
愛剣を構えなおしたところで、背に衝撃が走った。
見れば、髪を振り乱した蒼乃だ。とっさに水の結界を張ったらしく、外傷はない。だが特注で作ったはずの革防具は、ところどころが黒く焼け焦げている。
「熱くなるんじゃないの」
「……ッ!」
「熱に熱で応じて、どうすんの。あんたが熱くなったら終わりでしょ」
気づけば、左翼にいたはずのアイナもいた。
青い貫頭衣のところどころが焦げているが、やはり外傷は見当たらない。とっさに蒼乃が作った結界に飛び込んだのだろう。
「すまない、私も熱くなりすぎた……。進むぞ。そなたの役目は、ここで留まることではあるまい」
ぎりと、愛剣の柄を握り締める。
その時、炎の向こうから魔物たちが殺到した。どの魔物たちも吹き飛ぶどころか、その身体から放つ炎は輝きを増している。
(そうか……! さっきの炎で、火の魔力が増えて……!)
「総員、陣形を立て直せッ! まだ使える旗があったら持って来いッ!!」
声は、後方から聞こえた。
見ればヴォルフが、モルホーン他少数の部隊に囲まれて立っている。その周りに、後方にいて炎の難を逃れた者たちが一斉に集っていく。
「勇紋権能! 水流噴出ッ!!」
迫る魔物たちの数体を、幾度目かの水流が薙いだ。
立て続けに水流が放たれた後、フィリパがふたたび前に立った。
「ちんたらやってる暇があったら、とっとと進みなさい。あんたが炎精獄竜をやらなきゃ、終わんないんだからさ」
「フィリパさん……」
「炎精獄竜は、あたしが獲りたかったんだけど。……仇、討ってよね」
フィリパはそう言って、少しだけ笑う。優しい、笑顔だ。
かと思うと、燃え盛る魔物たちの群れへと突っ込んでいく。
「アアアッ……アアアアアアアッ!!!! 勇紋権能!! 水流噴出ッ!!」
放たれた水の奔流が、赤き煌めきに轍を作る。その後を埋めるように現れた荒波が、魔物の群れを左右に割っていく。
その時――。
「ピギャアアアッ!!」
「……ッ」
斬り揉みに飛んだ獄烙鳥のくちばしが、フィリパの身体を貫いた。力が抜けたその身体を、周囲の魔物たちが次々と貪っていく。
「フィリパさんッ!」
「……ゆけえッ! レイイチ・ヤナギッ!!」
威厳のある声が、背を押した。
声の主であるヴォルフの周りには、半分ほどまでに減った冒険者たちが集っている。
「貴殿らが先に進めば、炎精獄竜は貴殿らを狙おうッ! そこに勝機があるッ! ゆけえッ!」
ヴォルフが吼える。
その間、冒険者たちは号令を待つまでもなく動き出していた。フィリパが遺した水の轍を背に、魔物たちと交戦している。
「とっとと終わらせて来いッ!」
「ブチ倒せよッ 若いのオッ!」
自然と、足が動いた。
ここでは止まれない。六天魔獣も、元の世界に帰るのも、今はいい。
自分が動けば守れる人たちが、そこにいるのだ。
「やって、やるよ……!」
漏れ出た言葉とともに、竜の影を見る。
紅蓮の巨躯が、応えるように翼を広げた。
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