凍れる怨嗟
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フィリパに駆け寄るケリスを尻目に、黎一は決闘する二人に視線を移した。
先ほどまでは剣劇のみだったヴォルフとレオンの戦いは、攻撃魔法を交えたものに変わっている。ヴォルフの放つ魔法と斬撃の応酬を、レオンは光を纏った剣でいなしては反撃を仕掛けていた。
「……ねえ。あれ、ちょっとまずくない? レオンさん、顔色悪いよ」
いつの間にか寄ってきた蒼乃が、顔をしかめて言う。
たしかに均衡を保っているように見えるが、レオンの顔はやや青ざめている。魔律慧眼で見ると、光を顕す白い光が小さくなっていた。魔力が尽きかけている証拠だ。
「手出し無用、とは言われたが……。これでレオン殿になにかあれば事だぞ」
(それなんよなあ。競争が勝ち確なのはいいんだけど)
アイナの言葉に、黎一はわしわしと頭を掻きつつ思案する。
ノスクォーツ側の編隊が半壊したことで、ヴァイスラント側は大幅なリードを約束された。あの調子では水薬を使って回復するにも、しばらくかかる。攻略競争の軍配は、ヴァイスラント側に上がったと見ていい。
(このままいったら、レオン殿下は確実に負ける。迷宮攻略したって競争に勝ったって、レオン殿下が倒れたら意味がない)
魔力がなくなれば、生体が魔力を消費した時に起こる目まいや気絶――魔力枯渇症が待っている。そうなればどうなるかは考えるまでもない。ヴォルフもおそらく、それを狙っているのだろう。
「……決闘を止めよう。わりいけど、レオン殿下の安全が優先だ」
「だよね。てかマジで意味ないもん、あの決闘」
蒼乃の声を聞きながら、剣に風の魔力を纏わせる。
二人が間合いを取った時を見計らい、愛剣を切り上げるように振るった。
「風伯刃・消!」
溶岩洞の熱気を割いた白雲の弧が、レオンとヴォルフの間に降り落ちる。念のため打ち消しの効果もつけたが、杞憂だったらしい。
「ぬっ!」
「ヤナギ殿……⁉」
黎一はゆっくりと、剣呑な視線を向けてくる二人の間に立った。
「そこまでにしましょう。すでに命かける状況でもないっすよ」
「なに……っ⁉」
ヴォルフはようやく、自身の衛士たちの状況に気づいたらしい。
まともに動けるのはケリスだけ。モルホーンは身を起こしているが、フィリパは未だに目覚めていない。
「バカな……。我が精鋭たちが、こうも簡単に……!」
「ちょっと荒削り過ぎましたね。ま、それはさておき……まだやります?」
「ぐっ……!」
ヴォルフが、口惜しげな表情を浮かべる。
その間、レオンは青い液体が入った試験管のような瓶を呷っていた。
細管魔力水薬という水薬の一種で、魔力を瞬時に回復できるうえに携行性にも優れる代物である。一本で庶民がひと月は生活できるほどの、値段の高さだけが難点だ。
「貴様ッ! まだ決闘は終わって……」
「いいじゃないか。第一戦は引き分けということで、休憩時間だよ。それに……」
レオンは軽く口許を拭いながら、ヴォルフに笑いかける。
「キミの部下たちがあの調子では、大勢は決まったも同じだ。まだ戦りたいと言うなら、つきあってもいいが……。時と場所を改めたほうがいいんじゃないかい?」
「フッ……愚問だッ! 私ひとりでも最後まで戦う! 名にし負う国選勇者隊の力、見せてもらおうッ!」
(おいおい。正気かよ、この王様……)
剣を構え直して吼えるヴォルフを前に、黎一は唖然とした。
この状況で、ヴォルフが戦いに拘る必要はまるでない。むしろ火の魔力の供給確保など、外交の手番を考えるべき時だ。一介の戦士ならいざ知らず、国王たる者が取るべき判断ではない。
レオンもまた、呆れ半分の笑顔で口を開く。
「いい加減にしないか、ヴォルフ。キミの私怨に、部下や民たちを巻き込む気か?」
「「……えっ?」」
レオンの口から出た意外な言葉に、黎一と蒼乃の声が重なった。
「し、私怨って……。お二人、ご友人じゃないんですか?」
「いかにも友人だよ。彼は戦争が止んだ時期、ヴァイスラントの士官学校に留学してきたんだ。私の数少ない、親友のひとりさ」
蒼乃の問いに答えながらも、レオンの表情は悲しげなものに変わっていく。
「じゃあ、なんで……」
「彼の怒りは、私も分かるんだ。その親友に、実の父親を目の前で討たれたのだとしたら……。私も同じ気持ちになるのだろう、とね」
「へ、っ……?」
間の抜けた声を上げた蒼乃の代わりに、アイナが口を開く。
「ノスクォーツの先代が、ヴァイスラントとの戦で命を落としたとは聞いていましたが……。まさか……」
「ああ、峻厳王ドレミディッツ……彼の王を討ち果たしたのは他でもない。この、私なんだ」
(なるほどね、戦場あがりだったのか。しかも国王を討つとか……。道理で強いわけだ)
レオンの悲痛な声をよそに、黎一は別の角度で得心していた。
文官あがりなのかと思いきや、武人としても滅法強いことを不思議に思っていたのだ。
「だが若くして王位を継いだヴォルフは、魔力の力の可能性に賭けてくれた。戦で疲弊したノスクォーツを復興するために……」
ヴォルフは、なにも言わない。水薬を遣うでもなくただ剣を構える姿からは、雄々しさを感じる青い魔力が立ち昇っている。
レオンは片刃剣を納めると、ヴォルフのほうへとゆっくり歩み寄った。
「火の魔力湧出点を巡る軋轢は、封じ込めた私への恨みを晴らすための、絶好の機会であっただろう。だが……もう終わりにしないか、我が友よ」
なおも無言のヴォルフに対して、レオンは両手を広げて言葉を続ける。
「悔恨を棄て、互いの国を盛り立てようと誓ったではないか。それを忘れたとは言わせんぞ、ヴォルフッ!」
熱気よりもなお熱いレオンの言葉が、溶岩洞に響き渡った。
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