力あるがゆえに
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「「勇紋権能ッ!」」
炎風渦巻く溶岩洞に、ケリスとフィリパの声が響く。
(同時攻撃か)
黎一が身構えたのと同時に――。
「水流噴出!」
「紅蓮奔流ッ!」
水の奔流と地を走る炎、ふたつが蒼乃を目がけて突き進む。
(なるほどね。俺じゃなくて蒼乃にいったか)
黎一が複数の属性を使えることは、国選勇者隊の武勇伝の中で広く伝わっているらしい。風の魔法士である蒼乃を二人で狙うのは妥当な判断だ。
水が先で、すぐ後に炎。異なる属性なので打ち消しも難しい。
――普通なら。
「勇紋権能、魔力追跡! 水に宿りし小さき友よ、一矢となりて禍を撃て! 水精棘突ッ!」
蒼乃が放った水の矢が、ケリスの炎を穿った。
噴き上がる炎が、立ちどころに消え散っていく。
「バカなッ! そんな弱い”言葉”で……⁉」
ケリスが呻き声を上げる。
魔法の威力は、選ぶ”言葉”で決まる。だが弱点属性をつけば、それを覆すことが可能なのだ。
蒼乃はケリスには目もくれず、ふたたび短杖を振るう。
「風に漂う小さき友よ、その身を棘とし軛となれ! 微風封罠ッ!」
蒼乃の前に現れた小さな風の球たちが、五芒星を描く。水流が黄金の星に遮られ、動きを止めた。
もちろん蒼乃は、すでに次の魔法の挙動に入っている。
「ふたつの属性を、しかも同時に……⁉ あんた、風の魔法士のはずじゃ⁉」
「遣えるものは遣う主義なんですよっ! 風、我が意に従い礫となれ! 風礫招ッ!」
(いつの間にやら、小さい魔法なら一本の短杖でこなせるようになったんだな)
相方の成長に感心しつつも、黎一とて動いていないわけではなかった。
なにせ目の前には、顔を怒りの色に染めたケリスが迫っているのだ。
「これならどうだぁッ!」
猛然と振るわれる拳は、なかなか様になっている。
ヴォルフの衛士に選ばれたのは、まぐれではないのだろう。
(殴りあったら勝てなさそうだから……こうだっ!)
「清流纏ッ!」
すでに水の魔力を纏っていた愛剣を、横薙ぎに払った。次の瞬間、天に向かって立ち昇る水流が黎一を包み込む。
ケリスにしてみれば、眼前にいきなり水の壁ができたようなものだろう。勢いも相まって、思いっきり突っ込み弾き飛ばされる。そのまま、もんどり打って倒れ込んだ。
「っぐぼはぁっ⁉」
「ケリスッ⁉」
「ちょっと熱くなってたようなんで、冷やしときましたよ!」
軽口を叩きつつ、ふたたび水の魔力を纏わせる。
ちなみに炎の能力がこようものなら、打ち消し効果のある蛇水咬を使っていた。属性さえ同じなら即時に魔法の種類を変えられるのが、剣魔法の強みである。
「てんめえ……ッ! 勇紋権能ッ! 紅蓮奔流ッ!!」
撃ってきたのは、地走りの炎。
黎一はほくそ笑んだ。装備に魔法の発動体がない時点で、予想はついている。
(やっぱり、それしか使えねーのな)
たしかに攻撃能力は強力だ。異世界に転移したての勇者からしたら、垂涎ものであろう。
だが黎一は早くから、攻撃能力の評価には疑問を抱いていた。
(強いのは強いんだけど……。それだけなんだよなあ。バリエーションが作れねえ)
攻撃能力のもっとも大きな問題点――。それは術者自身が、能力の性能に依存してしまうことだ。
能力の効果は、往々にして一定である。つまり術者の魔力の大きさやイメージ、言葉の選び方で効果を変えられない。
(属性が偏る、ってのも意外と不便なんよ。ムズい迷宮の魔物ほど、属性がバラけてるし)
つまり術者が特性を理解して戦法を工夫しないと、今のケリスのようになってしまうことが多いのだった。
現に黎一の級友で、攻撃能力を持った者が大成したという話は今のところ聞いていない。
「……勇紋権能! 水流噴出!」
考えているうちに、フィリパの標的が黎一へと移る。
風の守護属性を持つ蒼乃は、水の属性を得手とするフィリパひとりだと相性が悪い。ケリスのフォローも込みで、先に黎一を仕留めたいと考えたのだろう。
「風伯刃・消!」
一番簡単な風の剣魔法で打ち消す。元々は風の白刃を飛ばすだけの魔法だ。しかしこのように少しイメージを追加すれば、妨害効果を持たせることもできる。
だが打ち消した水流の向こうでは、フィリパが短杖を構えていた。
「水に宿りし巨鯨の魂、その顎で我が敵を喰らえっ! 波濤獣顎ッ!」
(大技魔法との併用か、いいねえっ! しかしマジで殺る気だなっ!)
フィリパが喚んだ水の鯨を前に、ふたたびほくそ笑む。
攻撃能力には詠唱が要らない。裏を返せば、他の魔法を準備しながら遣える。打ち消しを構えながらの攻撃、大技のための囮と、動きに幅を持たせるだけでもだいぶ違う。
だがフィリパにも誤算があった。蒼乃をフリーにしたことだ。
「空に揺蕩う風精よ、我が手に集いて刃となれっ! 斬空風刃ッ!!」
蒼乃が諸手に構えた短杖の先端から、風を纏う黄金の刃が現れる。ひと息に水の鯨に迫ったかと思うと、短杖を横薙ぎに振るった。
「はあっ!!」
風の一閃を受けた鯨が、飛沫となって消えていく。
フィリパの表情が驚きを通り越し、愕然としたものに変わった。
「そ、そんな……っ! あれを一撃で……⁉」
(見誤ったな。うちの攻撃役、蒼乃なんだわ)
「勇紋権能、紅蓮奔流!」
「蛇水咬」
ケリスが蒼乃を目がけて放った炎をきっちり潰す。ここまで来ると、馬鹿のひとつ覚えもいいところである。
その間、蒼乃は守る者がなくなったフィリパへと肉薄していた。
「くっ! 勇紋権能……」
「……風礫招」
どん、と音がした。フィリパの身体がその場に崩れ落ちる。
威力を弱めた風の魔法を、腹に直接叩き込まれたのだろう。盛大に吹っ飛んでいないあたり、死にはしないはずだ。
「フィリパッ⁉」
「……ヤナギ殿、もうよいだろう?」
ケリスの悲痛な叫びを、アイナの事もなげな声がかき消した。
見るとアイナが、影の縛めからさらりと抜け出ている。
「なにっ……⁉」
(まあ、知らないとそうなるよなあ)
唖然とするモルホーンを見ながら、その不運を哀れむ。
――アイナは、魔力を持っていない珍しい体質である。
不便なことも多いが、魔法が効きづらいのは大きな利点だ。特にモルホーンが使ったような拘束系の魔法は、ほとんど効果がない。
「……いいっすよ。やっちゃってください」
アイナが頷いたかと思うと、その姿がふっと消える。姿を隠す焉古装具、”隠霧護符”だ。
モルホーンの表情が歪んだ時、その背後にはすでにアイナの姿があった。後頭部を目がけて、長剣が振るわれる。
「悪いな」
「うご……っ!」
モルホーンが倒れ伏す。
血が出てないあたり、刃を返して打ったらしい。
(相手が悪かったかもしれねえけど。魔法をひとつしか操れないんじゃ、な)
モルホーンは他の二人を援護しなかったのではない。できなかったのだ。アイナもそこを見抜いて、わざと拘束魔法にかかった振りをして引きつけていたのだろう。
(俺か蒼乃を拘束してりゃ、ちょっとは流れ変わったかもな。まあ、さておき……)
黎一は、へたり込んでいるケリスに歩み寄った。
幾度も水の魔法に打たれて、息も絶え絶えといった体だ。
「もういいでしょ。倒れた人たちを診てあげてください。そうすりゃ、これ以上はやりません」
「て、てめえ……ッ! オレは、まだ……ッ!」
なおも立ち上がろうとするケリスの眼前に、愛剣の切先を突きつける。
「……ガキに人殺し、させないでくださいよ」
「っぐ、っ……くっ……分かった。好きにしろ」
ケリスが、がくりと項垂れた。
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