夜天の聖女
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勇者紋から放たれたまばゆい光が、大空洞を照らした。
右手の甲から溢れた光は、矢のごとく天井へと放たれた後、マリーの身体に飛び込でいく。
「う、おっ⁉」
あまりの眩しさに、思わず一瞬だけ目を覆った。
次に見た時、光はマリーの身体を包んでいた。だが光の中でなにが起きているのかは、杳として知れない。
(ほっといていいのか、近くにいなきゃいけないのか……)
初めてのことゆえに戸惑っていると――。
『ウィフィフィフィフィ……!』
聞いたことのある声は、台座から聞こえた。
見るとラレイエの立っていた位置に、異形の姿があった。棘のある蔦が絡まってできた黒い大樹の頂に、黒く染まった女体が生えている。女体のシルエットからして、おそらくラレイエを取り込んだのだろう。
(なんだありゃ……! ラレイエが力を制御できなくなったのか?)
魔律慧眼で見てみると、藍色の魔力が幹のあたりから立ち昇っている。
まずは動かなければ、と思った矢先。
女体の頭部が動き、顔の位置に赤い三日月が現れる。それが笑みの形なのだと気づくのに、数瞬の時を要する。
顔が向いている先は、黎一ではなく――片膝をついている、ロベルタだ。
「……ッ! ロベルタさんッ!」
疲労ゆえか、ロベルタは意図を汲み取りきれていない表情を向ける。
その間にも黒の大樹から、数本の蔦がロベルタへと伸びた。鋭く尖った先端に貫かれればどうなるか、想像するまでもない。
(ええいっ、間に合えっ……!)
未だ光を放つ右手で、愛剣を振るおうとした時。
足元にあったマリーの形をした光が、ゆっくりと立ち上がった。
「……勇紋権能、全々全花」
ぽつりと、声が聞こえる。光は錫杖を拾い上げたかと思うと、ロベルタへと襲いかかる蔦を払うように振るった。
甲高い音とともに、黒い蔦の軌道が曲がる。次の瞬間には、光がかざした手から放たれた光弾によって、そのことごとくが半ばから灼かれていく。
(ちょっと待て、今なにした⁉ 間合い関係ねえじゃねえか……!)
光が収束し、マリーの姿を形作っていく。衣服こそ血と穴でぼろぼろだが、あれだけあった傷口はすべて消えていた。その左手には黎一と同じ、夜空に浮かぶ月の勇者紋が刻まれている。
「ラーレ……いいえ。魔女、ラレイエ」
聞こえる声は、たしかにマリーのものだ。だがその声には、ほんわかした雰囲気にあった緩さはない。流血と痛みが、彼女の中に在った少女を押し流したとでも言うのだろうか。
「貴女を、討ちます」
伏せていた目が開かれる。かつての友をひたと見据える瞳には、以前にはなかった芯や覚悟があった。
「貴女の罪も業も……すべて、わたしが受け止める!」
言葉とともに、錫杖を突きつける。
ラレイエの表情が変わった。三日月の形に歪んでいた赤い口が、憤怒を示す山なりの形となる。
『ウィ……ウィフィイイイイイイイイイイイイッ!!!!』
怒りとも苛立ちともつかぬ叫びとともに、周囲にいくつもの黒棘が生えて出た。棘の根元から湧きあがった藍色の靄から、無数の不死者たちが這い出してくる。
「……レイイチさん」
マリーが、右手を差し出した。
「わたしにも、力をください」
その言葉の意味を察し、左手でマリーの手を握る。脳裏に現れた祠堂の中から、ひとつの石碑に意識を伸ばした。
渡したのは、地巧結界。周囲の地の魔力を強め、炎の魔力を弱める能力である。
「無茶はしないでくださいよ」
守護属性が地であるマリーが使えば、地属性魔法の威力はもちろんこと、身体能力の強化も期待できるはずだった。不死者に効く炎の属性が弱まるのがネックだが、光の剣魔法で戦えば阻害される要素はない。
「もうっ。それ、今さら言っちゃいます?」
マリーは困ったように笑うと、不安げに近づいてきたロベルタに視線を移した。
「マリー、あなたまさか……」
「……うん。こんな日が来るなんて、思ってなかったけどね」
困り顔で左手の勇者紋を見せるマリーを、ロベルタは無言でひしと抱きしめる。
その間にも、不死者たちは藍色の靄から続々と現れている。もはや数えるのもバカバカしくなる数だ。
「ロベルタさんは、ここから動かないでください。俺たち二人でやります」
自身の能力を魔律慧眼に切り替えながら、未だマリーを抱きしめるロベルタに告げる。
「わたくしとて、まだ……!」
「ロビィ、お願い」
「しかし……!」
「大丈夫。ラレイエのことは、任せて」
ロベルタはなおも口ごもっていたが、やがて腰間の剣を抜いて捧げるように構えた。
「……ご武運を」
一言だけ告げると、後ろへと下がる。
黎一とマリーが顔を見合わせた時、愛剣の鍔にある歯車ががちりと鳴った。
『うおおおぃ。ようやく顔出せるようになったと思ったら、気持ち悪ぃ魔力ぶちまけてんなぁ。……ってか、そっちの嬢ちゃん。少し雰囲気、変わったか?』
唐突に聞こえ始めたダイダロスの声に、マリーはくすりと笑う。
「ふふっ、どうでしょうね」
「ちょうどいいところに出てきたな。相手が相手だ。ちょっと力とか知恵とか、色々貸せや」
『ケッ、しょうがねえなぁ。毎度毎度、変なもん引きやがって……』
身体に力が漲る。ダイダロスが、身体強化のギアを上げたのだろう。
光を灯した愛剣を構えると、黒き樹上に在るラレイエの身体が震え出す。
『ウィ……フィイイイイイイイイイイイイッ!!!!』
人の理の外に在る異形の声が、戦いの始まりを告げた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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