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ルーザー・ブレイヴ ~異世界転移で女子と強制ペア!底辺スキルの覚醒と工夫で最強の英雄になった件~  作者: 朴いっぺい
第一部【勇者降臨】 第一章 俺と彼女が、異世界でやることを決めるまで

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目覚めた先で

お読みいただき、ありがとうございます!

 抜けるような青空の下、真夏の日差しが降り注ぐ。

 黎一を抱きかかえた誰かは、田舎の畦道(あぜみち)をゆっくりと歩いている。背中を叩くリズムが、心地よい。


(ああ、夢だ――)


 黎一は、心の中で即座に断じた。

 なぜならこの景色は、もう過ぎ去ったものだから。今、背中を叩いてくれている人は、もう戻らない人だから。

 視界に広がる田んぼが、遠ざかる。遠巻きに聞こえるだけだった蝉しぐれが、徐々に大きくなっていく。


(そうだ、森にいったんだ。ちょっとお参りに行くって言って――)


 記憶をなぞるように、陽が陰る。気づけば、鬱蒼とした森の中にいた。

 抱えていた誰かが、黎一を優しく降ろす。長身でひょろっとした、短い黒髪の優男。懐かしい、父の顔だ。

 いつの間にか目の前には、古びた神社があった。神社へと歩を進める父の背中が、妙に遠い。

 

(ダメだよ、そっちは――)


 この後に起こることを知っている。止められなかったことも知っている。だが、声は出ない。

 父が二拍手して手を合わせた瞬間――。あたり一面の、景色が変わった。

 薄暗い石堂の中に、光る紋様が浮かぶ石碑が無限に立ち並ぶ。それはさながら、墓場のようだった。


(父さん、なんで? なんで、あの時――)


 父は、振り返らない。

 視界が、歪む。万華鏡のように、景色の欠片がただ一点へと吸い込まれていく。

 父の背中が、遠ざかる。自分だけが、突き放された気がした。


(俺を、置いていったんだ――)





 ――黎一は、ゆっくりと目を開けた。

 視界に飛び込んできたのは白い天井と、周囲を覆うように引かれた白いカーテンだ。すうっとする香りが、鼻をつく。


(……どこだ?)


 ロイド村で少女を助けたのは覚えている。その後、勾原たちが拘束されたのも覚えている。

 だがその後が思い出せない。次に見えたのがこの光景ということは、おそらく気を失ったのだろう。

 などと考えていると、白いカーテンが開いた。


「お、お目覚めかな」


 カーテンの向こうから顔を出したのは、金髪を後ろに撫でつけた四十がらみの男だった。紋様の入った白い長衣(ローブ)を着ているところを見ると、おそらく医師だろう。


「ここは……?」


「王宮の医務室だよ。気を失って運ばれたというわけだね。といっても、身体の具合はすこぶる良好だがな」


 予想通りの反応に、黎一は改めて自分の身体を見る。

 防具の類はいつの間にか外されていた。今着ているのは、ところどころか焦げたチュニックとトラウザだけだ。身体のそこかしこには、当て布で固定された青い葉が包帯で巻きつけられている。そのおかげか、身体の痛みはまったくない。


「話は聞いたよ。初陣で階層主(フロア・マスター)まで倒したって? この程度のケガで済むとは、信じられん」


「え、っと……」


「ああ、君の相方も似たようなもんだよ。……ほら」


 医師が身を翻すと、やはり同じ状態でベッドに横になっている蒼乃と目が合った。

 さっと顔を背ける。医師は黎一の仕草がおかしかったのか、ふっと笑った。


「君たちのお目覚めを報告してくるよ。軽傷とはいえケガ人だ。安静に、しててくれよ」


 医師が出ていくと、部屋は黎一と蒼乃だけになった。

 開いた窓から吹き込む春の風が、頬を優しく撫でる。


「……ねえ。どこまで覚えてる?」


 不意に、蒼乃の声がした。


「女の子助けて、勾原たちが連れてかれたあたり」


「似たようなもんか。私も、あんたが倒れるところまでだし」


「……ぼろっぼろだな」


「でも、生きてるよ」


 声で、笑っているのがなんとなく分かった。

 顔を向けずにいると、隣から身を起こした音がする。


「あんたの女性恐怖症(それ)さ、戦ってる時とか小っちゃい子の時は平気なんだね。さっきフィーロちゃん抱き上げてたじゃん」


(ほっとけ)


「戦ってる時、背中合わせしてたじゃん」


 蒼乃に背を向ける。傷が、少し痛んだ。


「ねえ、何があったの?」


 問いに、沈黙で応じる。


「教えて、くれないんだ」


 ふたたび落ちた沈黙は、ノックの音で破れられた。


「邪魔してよいかな?」


 声のしたほうを見れば、開いた医務室の入り口に長身の女性が立っている。

 青身がかったポニーテールに東洋風の顔立ち、スリットの入った貫頭衣に黒のレギンス。腰に片刃の剣を佩いた姿には、見覚えがあった。


「アイナ、さん?」


「討伐の英雄たちに覚えていてもらえるとはな。光栄だ」


 その名を呼んだ蒼乃に、アイナは涼しげな笑顔で応じる。


「あれだけの魔物を二人で、とはな……。大したものだ」


「見たんですか?」


「呼び出されて後詰で行った。もっとも私が着いた時には、そなたらの友人がほとんど終わらせていたがな」


(救援には感謝だな)


 蒼乃のアイナのやり取りに、おもわず身震いがする。二人してへたり込んでいたところに、魔物の襲撃があってもおかしくはなかった。

 と、そこまで考えた時、助けた少女の顔が浮かぶ。


「……女の子は?」


 呟くような一言をなんとか捻り出すと、アイナは意外そうな顔をした。どうやら女性が苦手なことは、周囲に知れ渡っているらしい。


「先だって検査を受けていたが、何事もない。不思議なくらいにな。ただ両親は、いずれも死亡が確認された」


(やっぱり、か……)


 安堵とともに、苦いものが込み上げる。

 夢で見た、幼き日の思い出だ。家から消えた顔と、徐々に変わっていった顔と、残された自分。

 何度も、夢に見た。


「おっと、用件だが……。この後、(ひと)()〇〇(まるまる)にギルド本部のホールに集合だ。疲れてるところすまないが、よろしく頼む」


 埋め尽くされそうになった思考を、アイナの言葉がせき止めた。ちらと時計を見ると、たっぷり二時間はある。


(いや、今すぐでいいんだけど。この状況から脱出したい)


「集合って、なにするんです?」


「さてな。ま、悪いことじゃないだろうさ。……たしかに伝えたぞ」


 怪訝な顔で尋ねる蒼乃に微笑みながら応じると、アイナはさっさと部屋から出ていった。

 幾度目かの沈黙の中、助けた少女の顔がふたたび思い起こされる。


(ひとりに、なったのか)


 焼けた家の入口にあった屍は、やはり父親だったのだ。小さな女の子が、身の丈ほどの物入にひとりで入れたとも思えない。娘を物入に隠した後、戸口を押さえているところを炎で焼かれたのだろう。


「……どうなるんだろうね、あの子」


 蒼乃が、見透かしたかのように言った。

 釣られて、つい口を開く。


「辛いよな、親いないって」


「へえ、分かった風に言うじゃん」


「父親、いないから分かるんだ。母親も、しまいにゃほとんど家にいなかったしな……」

 

 しまった、と思った時には遅かった。

 言葉が徐々に尻すぼみになる中、蒼乃の好奇心に満ちた視線が注がれる。


「え、ひょっとしてナニ? あんたの女性恐怖症(それ)って、お母さんが原因?」


「……寝る」


 打ち切りとばかりに、カーテンを閉めた。


「ちょっと、待ってよ! ……んもうっ!」


 蒼乃はふて腐れた声をあげたが、それっきり話しかけてはこなかった。

 こんなに話したのは初めてじゃなかろうか――。考えているうちに、黎一の意識はふたたび微睡(まどろみ)の中に落ちていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

お気に召しましたら、続きもぜひ。

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― 新着の感想 ―
ジェネレーションギャップかな 片親だと知ると悪い話をしたと思って口を噤むものと思い込んでたけど、昨今は母子や父子家庭なんか普通にいるか
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