沈む影の果て【マリー】
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マリーとロベルタは、基部の通路を奥へと進んでいた。時折、壁や床を突き破って出てくる黒棘を目印に黙って歩き続ける。
(どのくらい、経ったかしら……)
いつしか水路は消え、壁や天井を這う金属質な管に覆われた通路へと姿を変えていた。管の合間から見える溝が発光しているおかげで、明かりがなくていいのがせめてもの救いだ。
(お腹、減ったなぁ……)
先ほど携帯食料を流しこんだばかりの腹をさする。昼ごろからずっと、暗い地の底にいるのだ。いくら活力回復の魔法があるとはいえ、さすがに心にくるものがある。
先ほどまで話しかけてくれていたロベルタも、気の滅入った顔で黙々と歩くだけだ。金髪のロールヘアが、今は妙に萎れて見える。
(あぁあぁ~、城下町のご飯食べたいよぉ……。まだ食べてないお店、たくさんあるのに)
もはや叶わぬ夢なのは分かっていた。これから向かう場所は、まぎれもなく死地なのだから。
(全部のお店とは言わないから、せめて有名店の限定品だけは制覇したかったな……。できれば、あの人と……)
たらればばかりね、と口の端を歪める。
あれだけ手を伸ばしても。顔を背けた先に回り込んでも。結局、微笑んでくれることはなかった。
常に傍らにいる黒髪の少女も、無関係ではないだろう。戦いの中での二人の呼吸を見れば、嫌でも分かる。
(一応、初恋だったんだけどなぁ。もうちょっと時間かければ、可能性あったかも。……ってこれ以上、迷惑かけるわけにいかないか)
ひょっとしたら今ごろ、増援を引き連れてここに向かっているかもしれない。だが万霊祠堂の縛りがある以上、他の者たちの前で望郷一縷は遣えない。手探りでここに辿りつくことは、容易ではないはずだった。
(わたしたちで、終わらせるんだ。あの子を追い詰めたのは、わたしたちなんだから……)
「……マリー! 出口ですわよっ!」
取り留めのない思考を、ロベルタの甲高い声が遮る。声に顔を上げてみれば、折れ曲がった通路の先がわずかに明るい。
「行きましょ、ロビィ」
自分自身に言い聞かせるように言って、歩を進める。
角を曲がると、先ほどまでとは違った景色が目に飛び込んできた。ぱっと見は、人の手が加わっていない大空洞だ。だが高い天井や剥き出しの地面には、依然として大量の金属管が這わされている。床には管を中継するように、錐形の機具が造られていた。
と、その時。床の地面を破って、黒棘が姿を現す。
『はい、お疲れ様。ここまで来たら、あとちょっとよ』
「ラーレ……」
変わらぬにやけ面に、皮肉のひとつも浴びせようかと思った矢先――。
不意に、地面が揺れた。洞窟の奥のほうから、大きな気配が音を立てて近づいてくる。
「ちょっ、なんですの⁉」
『あ、そうだ。言うの忘れてたけど……』
黒棘もといラレイエの言葉が終わる前に、それは姿を現した。
牛の頭部と筋骨隆々とした人間の体躯を掛け合わせた全身は、血のごとき赤色に染まっている。
『……ここ、魔物出るから』
「牛人鬼ッ!!」
「あの赤い身体、強化種ね」
各々で大斧や鉄の棍棒を持った牛人鬼たちは、マリーたちを睨みつけた。荒い鼻息に合わせて鼻孔から炎が立ち昇るあたり、おそらく火の属性を持っているのだろう。その数、三体。
『じゃ、早くいらしてね。光の王女様』
黒棘のニタニタとした面が、地面へと引っ込む。それを合図に、牛人鬼たちが真っ赤な塊となって、轟然とマリーたちに突っ込んできた。
赤い身体の強化種は、王国内どころか大陸内の迷宮でも目撃報告は数えるほどだ。だがその力は、黄金級の編隊であっても容易ならざる相手と聞く。
「こっち、ですわよっ!」
ロベルタが、掌くらいの大きさのなにかを足元に投げつける。すると瞬きほどの間をおいて、人の奇声に似た耳障りな音がする。
「「「ンモォッ、オオオッ!!」」」
牛人鬼たちの顔が、一斉にロベルタへと向いた。
――挑発魔石。
地面や壁に叩きつけると奇声らしき音とともに魔力を散布し、周辺の魔物たちを引きつける効果を持つ魔法道具だ。
「ンブルモォッ!!」
「燃ゆる我が意思、この身を守る盾とならん! 昂霊神盾!!」
ロベルタがかざした凧型盾に火が灯り、牛人鬼の一匹が振り下ろした大斧を受け止める。その脇から二体が鎚や蛮刀を振り回すが、中空に現れた炎の盾に防がれた。
どうやら盾の性能を向上させるだけでなく、盾の残像を出して多角的に防ぐ魔法らしい。
「おいきなさいッ! マリーッ!」
「そんなこと……ッ!」
「あなたの地属性の魔法では不利ですッ! 今はラレイエの元にお行きなさいッ!」
(また友達を見捨てて逃げるなんて……できるわけ、ないじゃないっ!)
持ってきた鞄の中から、握り拳程度の大きさをした青い石を取り出す。
――水瀑石。
使用することで水の魔力を解放し、一定範囲を攻撃する魔法の道具である。
マリーはそれを、ロベルタに群れている牛人鬼たちに向けて放り投げた。
「水、風雪となりて、かの者どもを縛めよっ!」
投げた石から青い魔力が解き放たれ、真っ赤な牛の巨人たちを一瞬で凍てつかせる。
いくら弱点属性とはいえ、魔法の道具ひとつで強化種を仕留めきれるとは思えなかった。それを踏まえて、わずかに風の魔力を一緒に放出することで効果を氷へと変化させたのだ。
「モォ、ッ! モオオッ!」
(用意しておいてよかった! レイイチさんから属性の話を聞いてなかったら、ここまで気が回らなかったかも……!)
身を縛められて暴れる牛人鬼を見て、胸を撫で下ろす。
マリーが得意とする地属性の魔法は、同じ地属性や弱点である火属性の敵にはどうしても効果が薄い。故にこうして、弱点を突ける手段を用意しておいたのだった。
「助かりました……わっ!」
逃れてきたロベルタとともに、洞窟の奥へと駆け出す。
所詮は市販の魔法の道具にすぎない。とどめを刺している間に効果が切れたり、後続が来ても厄介だ。今は逃げの一手である。
「ロビィ、約束して」
「なんですの? 改まって」
「ここから先、無茶しないで。あともう見捨てていけなんて、言わないで」
ロベルタは少しだけきょとんとした顔をした後、すぐに微笑んだ。
「はいはい、分かりました。無茶しどおしの貴女に言われると、色々と思うところがありますけれど」
釣られて微笑んだ時、洞窟の奥に黒棘が現れる。
水を差されたことに苛立ちながらも、マリーは黒棘の姿を追って走り続けた。
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