古老は語りき
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黎一は暗い地下水路で、ふと立ち止まった。
進みはじめて、体感で二十分ほど経っただろうか。足場は、金属の簡易なものに変わっていた。場違いなほど清らかな水のせせらぎの他には、なんの音も気配もない。導糸が示すはずのマリーたちの姿も、未だ見えぬままだ。
(気のせいか……? いや、たしかに嫌な感じが消えた)
蒼乃の魔力を探ると、先ほどの闘技場から動いていない。その近くにある大きな魔力はフィーロだろう。魔力を持たないアイナは分からないが、フィーロが無事である以上は何事もないと思いたい。
(ヘクターを倒したか? 引きつけ終えたなら、あんま無理してほしくはねえな)
蒼乃もフィーロも、魔力がいつもよりひと回り小さい。幸い追ってくる気配はないが、ヘクターとの戦いで消耗したのであれば留まるなり撤収するなりしてほしいのが本音だった。
(そりゃ数はいたほうが楽だろうけど……。それでやられたら元も子もねえ)
仮にヘクターが倒されたのだとしても、無数の不死者を召喚するラレイエは紛うことなき強敵である。危地における消耗した味方は、ともすれば敵より厄介な存在になりかねない。ただでさえマリーとロベルタが戦力になるか怪しいともなれば、なおさらだ。
(大丈夫。手が届く範囲は全部、守ってみせる)
今までになかった、気持ちだった。
こんな風に思うようになったのは、いつからか。迷宮の最奥で、古の猛者と戦った時か。級友たちの命の灯が消えたのを知った時か。暴走する竜人と見えた時か。
それとも――。
(……こんな時になに考えてる。今はマリーさんたちに追いつくんだ)
――軽く頭を振って、地下通路の奥を見据えた時。
不意に、周囲の雰囲気が変わった。
「ッ……!!」
能力を魔律慧眼に切り替える。あたりを見回すと案の定、薄い藍色に染まっていた。アンドラス湖の事件の折、竜人が現れた時と同じものだ。
『懐かしい。懐かしい、気配だ』
水路のたもとに、ぼんやりと宙に浮く人影が現れる。ぱっと見、背丈は黎一と大して変わらない。しわがれた声からして、おそらく年老いた男性だろう。
「げえっ……!」
思わず呻いて、後退る。なにせ見た目が異常だった。
骸骨を中途半端に肉付けした頭部には、髪一本生えていない。落ちくぼんだふたつの眼窩には、炯々とした光が灯っている。身体も頭部と同じく、朽ちた人体模型図さながらの体だった。正直、上層の迷宮で戦った不死者たちより、よほど不気味である。
『おっと……。周囲の思念たちに影響されすぎたかの』
それは黎一の反応を訝しむ素振りを見せた後、すぐに得心したように頷く。すると優しげな藍色の靄に包まれた後、穏やかな表情の老人の姿を取った。
『これでよかろう。我が名はドエル。驚かせてしまってすまぬのう、ソウマの子よ』
「ソウマ……! 父さんを知ってるんですか!」
不意に出てきた父の名に、ドエルと名乗った老人へ詰め寄りそうになる。
『ほほ、気配ですぐ分かったわ。まあそうでもなければ……こんなところを嗅ぎつけたりなどせぬだろう』
話す間も、ドエルの姿は簡素な長衣を着た姿へと変わっていく。これが生前の姿なのだろう。
『さて、ソウマの子よ。ここへ何をしに来た?』
ドエルの口調と表情が、険しいものになった。
「……友人を、助けにきただけです。ここになにがあるかなんて知りません」
『ふむ。かの魔女の同胞ではないということか』
「ラレイエ、ですか?」
『名など知らぬ。ひとつ分かるのは、ここに眠るものを呼び覚まそうとしていることだけだ』
「……ここには、なにがあるんですか」
『分からぬ。王族の命でこそこそと造られた物のことなど、知りたくもない』
(おいおい、どういうこっちゃ)
想いが顔に出ていたのだろう。ドエルの表情が塩辛いものに変わる。
『そうがっかりしてくれるな。我らのような末端の鍛冶師は、ここにある装具の手入れくらいしかしておらなんだからのう』
(ん……?)
聞き覚えのある言葉に、顔を上げた。
どこぞの愛剣が言っていた「鍛冶師と工房と獣を探せ」という言葉が蘇ったのだ
「ひとつ教えて下さい。あなた方の時代で、工房や鍛冶師、ってどういう意味があるんです?」
ドエルは一瞬ポカンとした顔した後、すぐに笑顔を作った。
『ソウマの血族ともあろう者に、そんなことを教える羽目になるとはのう。時の流れとは残酷なものじゃて……』
しばし頭を振った後、ふたたび口を開く。
『まあ良い。鍛冶師とは魔法の武具を創り出す者、そのすべてを指す。ワシらはここで、魔力の素を生み出す装具の手入れを任されとった』
(焉古装具を生み出す者、ってことか……? この世界で言う、魔法工学の技師みたいなものか)
――この異世界には、魔法の道具を創り出す技師が存在する。
ヴァイスラント王宮の地下にある魔力転送の装置や、冒険者ギルドで使われる元の世界も顔負けの設備などは、すべて魔法技師たちの手によるものだ。
(つまりダイダロスが言ってた鍛冶師ってのは、優れた魔法技師を探せ、ってことか。言葉の定義って難しいもんだな……)
『そう難しい顔をするほどのもんかの? 工房はそのまま、鍛冶師たちの作業場じゃ。もっともワシらの頃には、ほとんどの工房が王都に集結してたがの』
(王都……? 焉古時代の竜人たちの王都、ってことか?)
思い起こせば。様々な遺跡のことは噂に聞くものの、王都が見つかった、という話はとんと聞いたことがない。
「王都、ってどこにあるんです? ってか他に工房はないんですか?」
『さて、野良でやっとる者もいるにはいたが……。あの地に勝る場所はあるまい』
「場所を教えてください。こいつを、鍛え直したいんです」
愛剣を突き出すと、ドエルは刀身に触れて目を細めた。
ここでダイダロスが出てくれば話が早いのだが、依然として喋りだす気配はない。
『……あの外法に手を出す者がおるとはな。たしかに王都の工房ならば、鍛え直すことはできよう』
(外法って、ずいぶんと引っかかる物言いだな……)
『だが彼の地がどうなったかは、ワシも知らん。なにせ空の上だからのう』
「空に、浮く都市……?」
『うむ。故にこの場所は、隠すように地上で造られたのじゃろう。王都に住まうお歴々に、気取られぬようにの』
そこまで話し終えた時、ドエルの姿が一瞬だけノイズが奔ったように霞んだ。
場の空気が震える。藍の色が、いっそう濃くなっていく。
『魔力を吸い上げ始めたか……。そろそろ時間だ、ソウマの子よ』
「あの魔女の仕業っすか」
『半分はその通り。もう半分は、この場の力じゃ。地の底にあるなにかに、装具や万象から得た魔力を送り込むために作られておる』
「……もう、行きます。ありがとうございました」
『待て。こうなったからには、もうワシも長くない。連れていけ……』
ドエルはそう言うと、己の身を小さな藍色の灯火に変えた。
灯火が黎一の身体に、すうっと飛び込む。意識の中にある祠堂の片隅で、石碑のひとつに文字が刻まれていく。
――竜人の魂が、能力と化した証だ。
(不死骸躯……)
新たに宿った感覚を確かめた後。
黎一は圧し掛かるような藍色の魔力が支配する地下水路を、ふたたび歩き始めた。
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