螺旋を超えて
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螺旋回廊は、端的に言えば罠だらけの階段だった。
一見、シンプルな白い石畳でできた階段が、地下に向けて螺旋状に続いているだけである。
――あくまで、見た目は。
「だあああっ! また途切れたっ!」
「仕方ない。こちらへ進むぞ」
「そっち絶対、また魔物いるじゃないですかあっ!」
導糸に従って進んでみると、階段はところどころ陰になった箇所で途切れていた。老朽化して崩れているのではなく、意図的に途切れた造りになっているのだ。
そうした箇所には、決まって壁に小さな脇道が造られていた。途切れた先の道までは、かなりの間隔がある。ゆえに脇道に進むしかないのだが――。
「ギャシャッ、ギャシャッ!!」
「オォォ……ボ、オオオオッ……」
「だあああもうやっぱりいいいっ!」
もはやお馴染みになった石像魔と、風を纏い杖を持った風纏亡霊に、蒼乃が放った炎の鳳が炸裂する。
脇道を抜けた先の部屋には、こうして大量の魔物が配されていた。部屋自体がそれほど広いわけでもないため、攻撃を掻い潜るだけでも一苦労だ。
「――穿刻・紅」
アイナが放つ竜巻に似た赤い斬撃が、風纏亡霊たちを呑み込み、斬り刻む。長剣に炎の魔力が付与されているのは、焉古時代の遺跡で発見した焉古装具を用いているのだろう。
「地霊崩!」
愛剣を石畳に突き立て、噴き上がる地の魔力で数体の石像魔たちを屠る。部屋に入れば魔物がいるのは分かっているので、間合いの外からの集中砲火あるのみだ。
それを最後に、部屋の中は静かになる。
「あああもう! なんなんですかここっ!」
「立派な迷宮じゃないか。おそらく元は、兵士たちの訓練のために作られた施設なのだろうな」
(たしかに移動のための設備で、こんなクソ面倒な造りにするわけないしな……)
あたりを見ると、壁際にはぼろぼろの革鎧を着せられた人形が何体も並んでいた。そういえば先ほど通った部屋には、訓練用の木剣らしきものが転がっていた気がする。
「ときに、マリー殿たちの位置はどうだ?」
「そんなに速い速度じゃないですけど、ずっと動いてますね……。地下を目指してるみたい。ほとんど止まってないあたり、戦ってるわけじゃないんでしょうけど」
「理由は分からんが、まずいな。脱出を試みてくれれば良かったんだが」
蒼乃とアイナは、粛々と部屋の対面にある通路へと進んでいく。後に続こうとすると、背中におぶっているフィーロがもそもそと動き出した。
「れーいち。かいだん、まだつづく?」
「そうだな。しばらくはこの調子だ」
「ねね。まんなかあいてるとこ、ぴょんってしちゃえば?」
「なに言ってんだ。そんなことしたら、大ケガ……」
と、そこまで言いかけたところで思い直す。
前に、似たようなことをやった経験があった。
(……なるほど、使えるな)
子供の発想というのは、えてして恐ろしい。
準備として、能力を活性快体から魔律慧眼へと切り替える。
「よーし。ぴょんって、やってみるか」
通路を抜けると、蒼乃とアイナは風の結界の中で戦闘の真っ最中だった。吹き抜けの対面にある通路には、強弓から矢を繰り出す動くの鎧――呪鎧射手がずらりと並び、ひっきりなしに矢を飛ばしてきている。さらに吹き抜けには、風纏亡霊まで湧いて出る始末だ。
「ちょっと何サボってんのよッ!! さっさとあいつらなんとかしてッ!!」
「おい。風の結界、何重まで張れる?」
「はあっ⁉ 結界だけでいいなら、三重くらいまでなら、ってそれどころじゃ……!」
「よし、それでいい。飛び降りるぞ」
「……ああ、そういうこと?」
「なるほど、な」
アイナも意図を察したらしい。考えてみれば、以前にこの手を使った時と同じ面子である。
蒼乃が、短杖を持った両の手で黎一とアイナの手を握り間に立つ。黎一は剣を持ち換えて蒼乃の左手を、アイナは蒼乃の右手を握った。黎一は利き手でなくてもなんとかなるが、アイナはそうもいかないからだ。
「大気を彩る風精よっ! その身を以って我らを護れっ! 風精纏盾ッ!」
蒼乃の声とともに、黎一たちの周りを風の結界が覆った。対面からの矢と風弾が、幾重にも張り巡らされた風の結界であっさりと弾き飛ばされていく。
黎一は頃は良しと、愛剣の切先を後方に向けた。
「行くぞ……ッ! 勇紋共鳴、魔力追跡! 嵐薙刃ッ!」
風の結界の外で、白雲をまき散らしながら風が弾ける。すると結界が、風圧に押されたように吹き抜けへと躍り出る。
指定した対象を中心に風の刃をまき散らす剣魔法で、本来は対多数戦で使う範囲攻撃魔法である。これを結界の推進力とすべく、魔力追跡で発動地点を風の結界の後方にして放ったのだった。
「お願いだからミスんないでよッ⁉ 私、結界のコントロールで精一杯なんだからさあっ!」
傍らの蒼乃が、白い肌をさらに白くしながらまくし立てる。
(やかましいっ! そう思うなら黙ってろっ!)
もちろん、口に出す勇気も余裕もない。
結界は絶叫マシンさながらのスピードで、吹き抜けを降りて――もとい落ちていく。そこに、数体の風纏亡霊が結界の中に入り込んできた。風の属性を持つがゆえ、結界を透過してきたのだろう。
「わわわわッ⁉」
蒼乃が喚くそばから、アイナが手を離すことなく片手で火が灯る長剣を振るった。
「――銀月・赤禍」
燃ゆる三日月のごときひと薙ぎが、亡霊をたちまち灰へと変える。
「竜呪・仄光刃檻っ!」
続いて、背におぶったフィーロの声が響いた。
本来なら空から降り来る光の刃が亡霊たちの周りに現れ、立ちどころに消滅させる。
(よおしっ! そのまま頼むぜ、ッ!)
ひたすら風の結界の後方に、嵐薙刃を放った。
撒き散らされる白雲の弧によって、螺旋階段の際に立つ呪鎧射手の数体が吹き抜けへと墜ち、消えていく。
――程なく、回廊の底が見えた。
「見えた! って、あれ……?」
蒼乃は戸惑いの声を上げつつも、風の結界をゆっくりと降ろす。気づけば、矢玉も亡霊たちの追手もなくなっていた。
(回廊の底、って感じじゃねえな……)
そこは、石段と石柱に囲まれた空間だった。吹き抜けと同じ広さなだけあり、小さな体育館ほどの広さである。いわゆる古代のコロッセオといった設えだ。石柱にいくつも灯された魔力の篝火が生きているおかげで、視界に不自由はない。
「闘技場か。ここが試験の場だったのだろうな。故郷にあった修練の場を思い出す」
ぐるりと見たアイナが、懐かしげに微笑む。
黎一もまた、警戒の意味で魔律慧眼を以てあたりを見回した
瞬間。視界の端で、影がゆらめく。
「……ッ!!」
石柱の影から、藍色の魔力が放たれた。
剣に光を灯す。飛び来た藍色を、青白い炎のごとき光が相殺する。
「フン、やはり目はいいようだな」
身構える黎一たちの前に――。
巨大な黒い剣を持った騎士が、石柱の影からゆらりと姿を現した。
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