封じられた遺跡【マリー】
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「……リー、しっかりなさい。……マリー!」
「ッ!」
聞き慣れた甲高い声に呼ばれて、マリーは目を開いた。
戦鎚の先端に火を灯したロベルタの顔が、視界に飛び込んでくる。表情や雰囲気からして、どこか傷を受けている様子はない。
「ロビィ……ここは?」
「分かりませんわ。影が彷徨う古城の迷宮の中であることは、間違いなさそうですけれど」
ロベルタに問いつつ立ち上がった。痛む箇所がないことに、少し安堵する。
あたりを見回すと、地下墓地とは違って石畳の上だった。壁や天井には石畳と対照的な、金属でできた管が無数に走っている。じめっとした匂いからして、まだ地下ではあるらしい。
「でもこの設備、現世のものじゃないよ? 影が彷徨う古城の迷宮に、焉古時代の遺跡はないはずでしょう?」
低い天井に、二人の声が響く。
そうこうする間に、気を失う直前の記憶が蘇ってきた。
(レイイチさんたち、ご無事かしら。でも望郷一縷の力は発動したはず)
咄嗟だった。
ここから先は、自分の手で決着をつけなければ――そう思ったのだ。
次の瞬間には、もう身体が動いていた。
(ラーレを止めなきゃ。あの子は……わたしが止めてあげなきゃいけないんだわ)
マリーの想いに応えるように、数歩先の石壁がぴしりとひび割れた。
同時に身構えたマリーとロベルタの視線の先で、ひびの中から黒い棘が生えて出る。
『……やっと見つけた』
くぐもった声が聞こえた。かと思うと、無数に分岐した棘が絡まり合い、頭部と両腕の形を取る。三日月の形に歪んだ口から聞こえる声こそ違うが、口調はかつての友のものだ。
「ラーレッ!」
『あの勇者さんの能力、ほんと面白いわねえ。御座に直接、ご招待しようと思ったのに……。干渉されて、マリーたちだけ変なところに飛んじゃった』
先ほどよりもさらにくだけた口調は、冒険者として共に在った頃と変わらない。
「貴女がいるということは……ここは未だ、影が彷徨う古城の迷宮の中で間違いなさそうですわね」
ロベルタが、マリーを庇うように前に出る。
『フフッ、そうよ。今、貴女たちがいるのは影が彷徨う古城の迷宮の基部。古城や騎士団舎のほうまで探したんだから。疲れちゃったわよ』
「貴女の目的は何です? わたくしたちを拐かし、どうするつもりですか」
『言ったでしょ? わたしの手で贄にしてあげる、って』
壁から生えた黒棘が、にやけ面のまま愉快そうに身をくねらせる。ラレイエの意志で、ある程度は身体を操作できるらしい。
『そんなわけで、光の王女様。ちょっとご足労だけど、わたしの御座までいらしてね。そこで……決着をつけましょう』
それを最後に、黒棘が壁の中へと沈み込んだ。数瞬後、少し離れた先の壁からふたたび顔を出す。こちらに進め、ということらしい。
「黒棘を出せるということは……。素直に従っておかないと、ここで不死者の群れに呑まれることになりかねませんわね」
「行こう、ロビィ。わたしたちの手で、終わらせなきゃ」
はっきり告げた言葉に、ロベルタは嬉しそうに頷いた。
* * * *
黒棘に誘われるまま進んだ先は、段差の下に水が流れる地下水路だった。ぱっと見はいわゆる下水道である。水を浄化する設備なのか、壺に似た金属製の容器が水路のそこかしこに設置されている。
「現世ならともかく……戦時の城に下水道が完備されているなんてこと、あるかしら?」
「ううん、やっぱり焉古時代の遺跡だよ。しかもまだ生きてる。嫌な臭いが全然しないもの」
段差の下に流れる水からは、下水特有の汚物や腐敗物が混ざった臭いがない。どころか、山間の秘境を流れる清水のごとく透き通っている。
マリーは歩きながら、視線を水面から近くの壁に移した。
「それにさっきから壁を走ってるこの管、焉古時代の魔力湧出点にあるものに似てるけど、なにか違うわ。下水を処理するため、って感じでもないし」
「たしかに基部は、フリーデン帝国時代に作られたものですけれど……。王国がなにも知らなかった、なんてことあるのかしら」
「こんなものがあるなんて、冒険者ギルドの情報じゃ見たことないよ。父上の御代になってから、領内の城郭は定期的に調査しているはずだもの。ましてザウノス城は、南部の最前線だったのに……」
話しながら進んでいくと、金属の橋を渡った先の対岸に黒棘がいた。
ふと見ると、黒棘が顔を出した脇の壁がぽっかりと空いている。造りを見る限り、以前は扉があったのだろう。壁や天井を走る管が壁を介して引き込まれているのを見て、マリーの脳裏にある閃きが奔った。
「あの部屋……! 行きましょう!」
「おっ、お待ちなさい! マリー!」
(さっきから、止めさせてばかりね)
親友の制止を背で聞きながら、苦笑する。昔からなにも変わらない。
マリーに加えて、ラレイエにも飛び出す癖があった。これに業を煮やしたロベルタが習得したのが、先の戦闘で使った身代わり魔法だったのだ。
(でも、もしかしたら……あの子が為そうとしていることの情報が、ここにあるかもしれない)
駆け込むと、大人が数人いれば窮屈に感じるほどの小部屋である。部屋の隅にはマリーが予想したとおり、小さな魔光画面があった。
「まったく、飛び出すなといつも……って、何をしてるんですの?」
無言で端末を操作するマリーに、追いついてきたロベルタが問う。
やがてマリーは、険しい表情で顔を上げた。
「やっぱり魔力湧出点じゃない。むしろ、その逆よ」
「逆……?」
「ここは魔力を吸い上げるための施設じゃない。送り込むための施設なの。地上から、この基部の下にね」
ロベルタが顔をしかめた時。
部屋の片隅がひび割れ、黒棘が顔を出す。
『どこで道草を食ってるのかと思ったら……。そんなことまで詳しいのね。さすが光の王女様』
「茶化さないで。ここは一体なんなの?」
マリーの言葉に、黒棘はけたけたと笑いだした。
『アハハハッ……。貴女の思うとおり、ここは魔力湧出点なんかじゃない。もっともっと、偉大な場所よ』
ゆらゆらと身をくねらせる黒棘の身を介して、ラレイエは言葉を続ける。
『この城の基部、なんのために作られたか知ってる? あるものを護るために作られたの。上の城なんて、後付で造られたガラクタに過ぎないわ』
「迷宮主を名乗ったのは、そういうこと?」
『そうよ、それは私の御座にある……。さあ、早くいらっしゃい。闇の王女たる所以を、見せてあげるわ』
黒棘は言い終えると、ひびの中に姿を消す。
マリーはロベルタと頷きあうと、ふたたび地下水路を進み始めた。
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