009 オネエは付加価値を作りたい
本格的な筋肉計画始動開始です笑。
まずは根回し……。
追記(2023/08/22)
待って下さい、大変なミスを犯しておりました!!!
ジルベールの名前が変更前のままになってしまっておりました!!
訂正致しますm(__)m
「お目覚めに御座いますか、レイリアン様」
「ん……」
鳥のさえずりが意識の外で聞こえる。ぼんやりと名を呼ばれた気がして、呼ばれた主は鼻から抜けるような声で返事をした。
そんな主が寝台で身じろぐのを見て、先程とは別にもう一人の侍女が寝台と窓の重厚なカーテンを開ける。
朝の陽光が部屋へと降り注ぎ、広い室内に置かれた彫刻入りの家具達によって滑らかに反射された。丁寧に重ね塗りされたニスは家具の価値をさらに高め、品の良い華やかさを醸し出している。
朝の公爵邸。
厳粛にして壮麗たる屋敷の一角、東南の部屋の主レイリアンは、陽光が家具をじんわりと暖め始める頃になって漸く目を覚ました。
「ああ……、おはよう。今日もいい朝ね、メリナ、カサーラ」
「おはようございます、レイリアン様」
メリナと呼ばれた茶色の髪を丁寧に編み込んだ若い侍女が、朗らかに笑って主人に朝の挨拶をした。とても分かりやすく、主人の美しい顏に見蕩れている。
その横でカサーラと呼ばれた、メリナより少しばかり年が上になる侍女が、僅かに不満顔になった。
「レイリアン様。昨晩は遅くにご就寝なさいましたね? 少しばかり、お顔に隈がございます。後程最高級の美容液にて御手入れさせて頂きますからね」
此方は、主人が内緒で夜更かしして隈を作ったことを怒っているらしい。と言っても、常人では気付かぬ程の薄らとした隈である。
むしろ何故気付いたんだ。
主人の美貌への恐ろしい執念故か。
レイリアンと呼ばれた主は、侍女の囁かな非難に眉を下げた。少し上目遣いをしながらも、素直に謝罪を述べる。
「ごめんなさい、カサーラ。昨日読んだ書物がとても面白かったものだから。でも、今日はちゃんと早く寝るわ。許して頂戴ね」
「もぅ! レイリアン様ったら、その様に可愛らしいお顔をしても駄目ですわ。私、今日という今日は本当に怒っておりますのよ」
「うふふ、そうね。甘んじて受けるわ。でもカサーラのお陰で、いつもお肌が潤っているの。とても感謝しているわ、ありがとう」
主人の心からの微笑みを直視してしまい、膝から崩れ落ちそうになるのを気合いのみで奮い立たせながら、カサーラはキッパリと言い切った。心做し、否かなり前のめりになっているのはご愛嬌だ。
「〜〜〜〜〜〜〜っ! とんっでも御座いませんわ! レイリアン様の光の精霊のごとく麗しいかんばせを美しく保つのは、侍女たる私達の務めにございますもの! お任せくださいまし!」
「私もっ! レイリアン様の絹糸の如く透き通った御髪を整えるのは、このメリナの役目にございます! 今日もレイリアン様のご期待に応えてみせますわ!」
先輩侍女が褒められているのを横目で見ていたメリナが、鼻息荒くレイリアンに宣言した。
レリアンは微笑みながら頷き、メリナの手を取って握った。
「分かっているわ。髪が美しく保たれていると、私もとても嬉しいもの。メリナにはいつも、とっても感謝しているわ! ありがとうね」
「勿体ないお言葉ですわ〜〜っ!」
侍女二人を女神の如き微笑みで従える、公爵家のレイリアン。
それは誰あろう。
私ことレイである。
───んんん〜! い〜い朝だわ!
手足をぐいーっと伸ばし、大きく深呼吸。
気分爽快。空気も美味しい。
メリナ、カサーラの2人に手伝ってもらいながら、のんびりと朝の支度を始める。
まず、カサーラが持ってきた盥に入ったお湯で顔を洗い、その間メリナが髪を梳る。孤児院にいた頃は自分で腰まである髪を毎朝手櫛で梳かしていたものだけど、公爵家ではそれは侍女の仕事らしい。
あっという間に編み込み入りの三つ編みの完成。
どんな早業だ。いつか私も自分で出来るようになりたい。
次に洋服選び。
寝室の隣には、私専用の衣装部屋がある。
いや、うん。
あるのだ。
前世の一人暮らしで使ってたワンルームと同じ……それ以上かもしれない広さの衣装部屋がある。
大半はお義兄様のお下がりだけれど、流石は公爵家。物持ちが良かった。
そこからカサーラがフリル付き白のブラウスと赤茶色のトラウザーズ──ジーンズ以外のズボン全般をそう呼ぶ──を出してくる。
自分で着替え……は怒られるから、その間私は着せ替え人形である。
最後に化粧。
最も、推定五歳の肌にファンデーションだのアイシャドウだのは毒だし、今の私はそんなもの必要ですらないから化粧水と乳液だけだ。
ペチペチと肌に馴染ませ、今日はパックも貼られる。
これから家族で朝食を摂るのだけれど、それまではこの状態で待機だ。メリナが化粧台の片付けなどをする間、カサーラが四肢のマッサージを行う。
これが朝のルーティン。
めちゃ極楽。
───公爵家に来てから早一週間。すっかりメリナとカサーラとも仲良しになったわねぇ〜。
何を呑気なと思うかもしれないけれど、実際、本当に何不自由なく、恙無い一週間を過ごしてしまっている。
正直な所、もっといびり倒されるかと思っていた時分、拍子抜けである。
***
話は一週間前に遡る。
あれよあれよという間に公爵邸へ連れてこられ、個室と部屋付きの使用人五名と侍女三人、侍従二人もの専属付き人を与えられた。
流石に驚いた。
これではまるで、本当に公爵子息みたいじゃないか。
───いや、まあ確かに血統はそこそこ……うん、かなり良いとは思うけれど。存在しない私生児みたいな扱いになるはずじゃなかったの?
差し当たり、使用人達に嫌がる様子はない。寧ろ、どことなくウキウキした様子ですらある。
こんなに至れり尽くせりで良いのだろうか。
今だって……。
「レイリアン? どうかして?」
「いいえ、義母様。とても美味しいお茶ですわ。それに、香りが豊かですのね」
公爵夫人とお茶をしている。
義母様は公爵家に来てから、最もかつ一番最初に親しくなった人物といっても良い。
あのポンコツ公爵が私を養子にしたと聞いて、彼女は怒るどころか私の心配までしてくれた。その後、流石の公爵も妻にだけは本当の事を話したけれど、一貫して私に擁護的な態度を貫いている。
オネエという私のスタンスに、一番最初に理解を示してくれたのも、彼女だ。貴族子息になってもオネエを貫き通すかは、実は非常に迷ったけれど、義母様が背中を押してくれた。
「いいと思うわ。息子はもういるし、丁度娘が欲しかったのよ。お義兄様には気の毒だけれど、私のお友達にも好評だと思うし、それでいきなさい」
との事である。
貴族子息としてレイリアンの名をくれたのも彼女だ。
因みに、最初のお茶会が終わった時彼女から「これからは姪と叔母の関係ではないわ。私の事は、母とお呼びなさい」と告げられた。詰まるところそれは、我が子のように接することを許されたということに等しい。
これにより、私の公爵家での立場は絶対的なものとなった。
義母様には足を向けて眠れないと思う。
義母様が嬉しそうに、けれども上品に笑う。
「ふふ、そうなのよ。この香りが今王都で流行りなの。私もとっても気に入っているのだけれど、ルトアは嫌いみたいなのよね」
「まぁ! こんなに良い香りなのに……」
「私もそう思うわ。レイリアンも気に入ったようなら、部屋に届けさせるけれど」
「よろしいんですか? 嬉しいですわ、義母様!」
「ふふ、良いのよ」
義母様が後ろに控えている侍女に合図をすると、控えの侍女は直ぐに茶葉を用意した。丁寧かつスピーディーにラッピングされ、その出来栄えに義母様が頷いたのを確認しそのまま私の専属侍女に手渡しされる。
目の前でやり取りしてみせることで、「私はあなたの為にこんなに早く準備してみせました」という誠意を示した事になるのだ。
つまり、義母様が私の事を好ましく思っているのだと、周囲には伝わっている。
───貴族って面白い。こんなこと一つ一つから意図を読み取るなんて。学ぶことは多いけれど、ワクワクしちゃう!
「そういえば、ここでの暮らしにはもう慣れたかしら?」
私は口につけていたカップをソーサーに戻し、にっこり笑った。
「とても良くして頂いてますわ。皆様、この様なぽっと出のわたくしにも優しくして下さいますもの。義母様が選んで下さった家具もとっても素敵ですわ! 目覚めて一番に目にするものですから、毎日がとても楽しみですの」
義母様は満足そうな笑顔だ。
「気に入って貰えて嬉しいわ。あれは私のお嫁入りの際に持ち寄った物よ。我が生家、シュトラール公爵領での産業は、広大な領地を活用した林業なの。重厚で艶やかな家具が特産なのよ」
「そんなに貴重なものを? ムトアお義兄様に差し上げなくてもよろしかったのですか?」
お嫁入り道具とは!
そんな大事な物を譲ってくれるとは、どこまで心が広いのだろうか。
潤む目で義母様を見詰めると、一層優しげな瞳が返ってきた。
「ムトアは何でも自分で選ぶ性格なの。他に使ってくれる人もいないし、貴方が使ってくれるなら家具達も本望でしょう」
「義母様……! あたくし、自分がお嫁入りする時も、あの家具をもって行きますわっ!」
「まぁ! 嬉しいことを言ってくれるわね!」
義母様は実に、朗らかな方だった。
***
「レイリアン様、そろそろ朝食の用意が整うそうです。参りましょう」
「ええ、分かったわ」
呼ばれて、飛ばしていた思考を現実に戻す。
扉の方を見ると、もう一人の専属侍女だった。
「おはよう、ジル。今日の朝食のメニューは知ってる?」
「まぁ、レイリアン様。シェフが秘密だと申してましたよ。驚かせたいそうですから、聞いては駄目です」
「あら! それじゃ、聞かないでおくわ!」
柔和な笑みを浮かべるジルは、私に付けられた侍女三人の中でも最古参の五十歳。もう曾孫までいると聞くと驚いてしまうが、まだまだ若々しい。
おおらかでお茶目な性格の彼女が、私はかなり好きだ。
パックを剥がして、部屋を出る前にもう一度身なりを整える。
準備が出来るとメリナとジルを残し、カサーラと共に部屋を出た。私がいない間、二人は他の使用人五人と共に部屋の掃除等を行っている。
廊下に出ると待機していた侍従の一人が気付いて、挨拶をくれた。
「おはようございます、レイリアン様。今日も一段と御美しいですね」
「あらサム、おはよう。今日は貴方が一緒なのね?」
「はい。ジルベール様は公爵様のところです。今日は乗馬の訓練がありますよ」
「まぁ、本当? 楽しみだわ」
歩きながらはしゃいだ声をあげる私にニコニコと笑みを浮かべるのは、茶色い髪を後ろで一本に纏め鼻にちょこんと眼鏡を掛けている、十七歳くらいの青年サムである。
もう一人、ジルベールという侍従がいるにはいるのだが、厳密に言うと彼は私の専属では無い。公爵様の執事の一人を臨時で借り受けているのだ。
だから、よく公爵様に呼ばれて不在になる。
因みに、私に貴族教育を施す先生役を行うのはジルベールだ。ロマンスグレーの素敵なおじ様である。
あ、そうだ忘れてた。
「サム、ちょっと耳貸してちょうだい」
「なんです?」
ダイニングまでの道を先導するカサーラには聞こえない声量で、隣を歩くサムに顔を寄せてもらうように頼む。
「実は、武術を嗜みたいのよ。そうね、実戦レベルまで。誰か指南してくれそうな人はいないかしら?」
「武術ですか? それは、剣術とか体術という事ですか?」
こくりと頷く私を見て、サムが首を傾げながら唸った。
「公爵家の騎士団は、公爵様の管轄ですね。剣術指南役となると、ムトア様の指南役様かな。……にしてもレイリアン様、突然ですね? どうしてまた、武術を嗜みたいだなんて仰るんですか」
「それは、自衛の為……かしらね」
私は、この身体での生活に馴染んできて一つ、強く思ったことがある。
それは。
子供の身体って、不便。
これに尽きる。
詰まるところ、滅茶苦茶非力なのだ。
というか、攫われて痛感した。
これはもう、早急に筋トレが必要であると。
火急且つ速やかに、強くなって自衛する力が必要であると。
とてもじゃないが、ボヤっと美容にだけ精を出している場合ではないのだ。
考えてもみて欲しい。
孤児だった頃は、平民の中での荒波を渡っていける技量さえあれば良かった。
周りの大人を懐柔する為のちょっとした可愛げがあれば良かった。平民相手には孤児院長やトーフェおじ様のツテもあった。
万が一何か起きた時も、自警団まで駆け込めるだけの体力と肺活量さえあれば事足りた。
が、貴族社会ではどうだろう。
貴族は基本、出来て当たり前知ってて当たり前である。本音と建前、腹の探り合いの毎日。
容姿が良く健康なのは最低条件、女は芸達者、男は文武両道が望まれる。
何より面倒なのは、出る杭は打たれ、価値のないものは切り捨てられること。
今の私の貴族としての価値は、容姿がずば抜けて美しい事と、公爵子息の肩書きというなんとも頼りないものだ。
その公爵子息という価値も、公爵様のご機嫌次第である。
寧ろ、周りの貴族からは公爵家に連なる為に利用されるだろうに、公爵家にとっての万が一には切り捨て第一番目という酷すぎる立場だ。
自分で言っていてなんだが、地雷案件である。
お分かりだろうか、如何に私が切羽詰まっているのか。
文武の武くらいは極めて、何なら自分の身を守れるくらいの実力が、喉から手が出るほど欲しいのである。
私の真剣な表情を眺めていたサムが、ややあって頷いた。
「よく分かりませんが、本気なんですね。分かりました、公爵様に掛け合ってみます」
「ありがとうサム! 貴方って本当に頼りになるわ」
「いえ……。無自覚タラシが自衛もできない方が不安ですし……」
お礼のつもりで微笑むと、まじまじと見つめられた後にそっぽを向かれて、何やらボソッと呟かれた。
聞こえなくて「何か言った?」と聞き返すと、「何でもありません」とだけ答えが帰ってくる。
何だったのか。
まあ本人が何でもないと言っているのだから、いいかと思いながら納得すると、いつの間にかダイニングの扉前だったことに気付く。
サムが開けた扉を中に入ると、既に公爵様と義母様が席に着いていた。お義兄様の姿はまだない。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
遅れたことを謝ると、義母様がこちらに気付いて挨拶をくれた。
「おはよう、レイリアン。よく眠れて?」
「おはようございます、義母様。実は読んでいた本が面白くて、少しばかり夜更かししてしまいました」
「まあ。夜更かしは美容に悪いわよ。程々になさいね」
「はい、義母様」
私と義母様がにこやかに話していると、書類に目を通していた公爵様が顔を上げた。
「ミシェルを義母と読んでいるのか?」
「まあ、ルトア。五日前に話したじゃないの」
「そうだったか? ふむ」
おおう。
でました公爵様の無表情ふむふむ。
絶対碌なこと考えてないでしょうが。
表面上笑みを浮かべながら固唾を飲んで公爵様の言葉を待っていると、視線のあった公爵様が口を開けた。
「レイリアン。これからは私もお義父様と呼ぶように」
……。
はい?
社畜魂の抜けないレイもといレイリアンは、貴族社会でやっていくために自分の価値が欲しいのです。
そんなレイリアンの周りには大らかな公爵邸の人々。
義母様はオネエに肯定的です笑。
◇◇◇
読んで下さり、ありがとうございました!
良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)