007 そして乙女は捕まった
続けて更新致します!
漸く最初に追いついた!
懐かしい夢を見た気がする。
良い気分で目を開けると、どアップでアンフェルの顔があった。
「グッ〜〜〜〜ッ!!!!」
「イッ〜〜~~ッ!!!!」
いや。しょうがなくない?
思いっきりぶつけた額を抑えながら、同じく額を抱えて声なき悲鳴を上げる彼を見下ろす。
若干呆れた視線になってしまうのは仕方ないと思う。
「何やってんのよ。変態? 人の寝顔ジロジロ見てるなんて……」
「ハァッ?!?!?! おまっ、お前! こっちがどんだけ心配したと思ってっ?!?!」
「分かってる。ありがとう。……怪我は平気?」
「ッ〜〜〜〜〜〜!!! へ、ぃきに決まってんだろっ!?!? 近ぇっ! 近ぇんだよ離れろったらっ!!!」
「も〜。相変わらずツンデレなんだから。そこが可愛いんだけどね」
「可愛いとか言うんじゃねぇっ!!!」
顔を真っ赤にしながら怒る彼の頭には、白い包帯が何重にも巻かれていた。
照れながら怒るという器用な事をするアンフェルが差し出してきたコップに口をつける。
井戸から汲んできたばかりなのだろう。
冷えた水が乾いた喉に染み渡った。
──わざわざ汲みに行ってくれたのね。本当に、優しいんだから。
ベッドの脇を見れば、花や果物など、明らかに見舞いの品とわかるものが積み重なっていた。
──それに、孤児院の皆も。心配かけちゃったわ。
「私、どのくらい眠ってたの?」
「まる三日。マークの奴がびーびー泣いててホントに煩かった」
「あら、本当に? 泣いてたのはアンフェルの方じゃなくて?」
「ばっ!!!! 俺が泣くわけねぇだろっ何言ってんだ夢でも見たんじゃねぇのっ?!?!」
───いや、うん。冗談のつもりだったんだけど……。泣いてたのね、アンフェル。
よくよく見れば、目元が赤くなっている。
気丈な彼を泣かせてしまうほど、心配かけていたという事か。
私はコップをサイド机に戻し、アンフェルを抱き締めた。
「心配かけてごめんなさい」
「…………。もう、会えないかと思った」
「帰ってきたわ」
「…………おぅ……」
アンフェルが素直である。
ちょっと珍しい。
「なんか、えらく甘えんぼさんじゃない?」
「うるせー、少し黙ってろよ」
ギュッと腕に篭もる力が強くなった。
「お前の……、引き取り先が決まったって……」
「えっ……?」
初耳なんですけど?
***
「いやー、レイ。元気になったみたいだね! 良かった良かった」
「院長様? あの、どういう事かしら。あたしの引き取り先が決まったって聞いて……」
「うんうん。そうなんだよ! この方が、レイの父親になりたいそうなんだ。レイもその方が安心だろうって」
聞き捨てならないことをアンフェルから聞いた私は、急いでアンフェルと一緒に孤児院長室の扉をぶっ叩きに行った。
すると待っていたかの様に扉が開き、ニコニコした院長様に驚く程容姿の整った男性と引き合わされたのだ。「彼が養子縁組を希望している方だよ」と言って。
院長がニコニコしている傍ら全く表情筋がピクリとも動かないその男性は、容姿の美麗さと相まってなんか迫力がある。
つまり、怖い。
───迫力美人って感じ? いやここまで人形のように整っているといっそ怖いんですけど。え、これが新しい私の家族? え、なんかヤダ。
「この人がレイを連れ帰って下さったんだ。騎士団とこの方がいなかったら、もしかしたらレイは、魔力暴走で死んでいたかもしれないんだよ」
「……ん? 魔力暴走?」
なんか引っかかった。
魔力暴走って何?
「おかしいだろ。何でレイが魔力暴走なんか起こすんだよ。魔力を持ってんのは、貴族だけのはずだろ?」
アンフェルが疑問の声をあげる。
いやいやちょっと待ってちょうだいな。
魔力?
貴族だけが持ってる?
え、この世界魔力とかあったの?!
はははは、そんな馬鹿な。
「本当なんだよアンフェル。レイは魔力暴走を起こしていたんだ。恐らく人攫いに攫われた恐怖で、制御が出来なくなったんだろうね。
魔力暴走を起こしてしまう程強い魔力を持つ人間が、訓練もしないまま平民に混じって生きていくのは危険だ。だから貴族社会で……公爵様の元で魔力を制御する術を学ばないと」
いつもほわほわしているはずの院長様が、とても真剣な表情をしていた。どうやら本当に、私は魔力とやらを持っているらしい。
「どうしても、孤児院には居られないのかしら」
「私にもトーフェにも、護身術は教えられても魔法は教えられないから。寂しいけれど、レイの為にはこれが一番だと思うよ」
困ったような笑みを浮かべながらそう言われてしまえば、否応なく頷くしか無かった。
魔力暴走……とやらが起こった時、記憶の中で辺りの森一帯は焦土と化した。風が木々を根こそぎ薙ぎ払い、雷が大地を穿った。あの時の私はただただ恐怖に支配されていて、森を壊すつもりがなかったと言っても止められなかっただろうし、止めようとも思わなかった。
アンフェルやマーク達がいる時に同じことが起こったら、私は自分が許せない。
公爵と呼ばれた男性の目を見る。
人間味のない凍った双眸に見えるけれど、少なくとも理不尽に弱いものいじめをする様な、そういう冷たさでは無い。
寧ろ、私に利用価値があるかと計算している目だ。
───使えると思えば、身分に関係なく引き上げてくれそうな感じ。よし、頑張ろう。
私は深呼吸をして、公爵に向き直った。
そして膝を付き、忠誠を示す仕草をとる。
「お初にお目にかかります。レイと申します。人攫いより助けて下さったと伺いました。この命、公爵様の良き様にお使い下さい」
「……。養子に迎えると言ったはずだが?」
公爵様が言葉を発する。
冷たい声がまるで怒っているようにも聞こえるけれど、多分試されている気がする。
私はニッコリと笑った。
「はい。公爵様の求めるものを演じましょう」
魔力が高いくらいで、公爵などという地位にある男が孤児を引き取るとは思えない。養子縁組すると言ってはいたけれど、純粋に公爵子息として迎えたいわけではないはずだ。
孤児にとって何よりも嬉しいのは養子縁組。しかも貴族ともなれば、舞い上がる子供も多いだろう。中には子ができず、本当に子供を養子として迎えたいという人もいるのかもしれない。
でも貴族が、特権階級の人間が───。
心から孤児を子に、財産と爵位を継ぐ者に孤児を選ぶわけが無い。
だとすれば。
目先の餌──養子縁組の言葉──に釣られて身分を弁えない言動をすれば、待つのは病死か事故死。
───ならば私は、その目的に応えてみせましょう。利用価値のある、貴方の手駒となりましょう。
この世界で生き残るために。
自由を掴み取る力を得る為に。
私もこの男を利用する。
何重にも猫を被って。
公爵はじっと私を見つめていた。
そうして本当にほんの僅かにだけ相好を崩し、私に立つように言う。
「ふむ。心構えは気に入った。しかし……」
顎に手を添えじーっと、そう、じーーーーっと見下ろしてくる公爵。
あんまり長い事そうしているので、私はアンフェルと顔を見合せて首を傾げた。
「ふむ。やはり直接見て確かめるか」
「何をでしょう……」
か、と。言葉にする前に、喉に引っ込んでしまう。
何事か状況を判断するのを脳みそが処理落ちした。
公爵の深緑の美しい絹糸の様な髪が、というより頭頂部が私の目線の下にある。
「やっぱり、この人鼻が高いなぁ」等と場違いな感想が浮かんだ。
公爵が一言。
「ふむ。やはり男か。言動があまりにも女のようであるから間違ったかと思ったが」
「き、」
「ん?」
「きゃああああああああああああぁぁぁああああぁぁぁァァァッッッッ!!!!!!!!」
「レイっ?!」
現実だった!
空想じゃなかった!
恐ろしく麗しい公爵が、いきなり!
私の!
ズボンを!
下ろして!
「痴漢変態馬鹿野郎信じられないっ!!!!!女の敵乙女の敵いっぺん死ねっ!!!!!うわぁぁあああああんアンフェルぅぅぅっっっ!!! もぅお嫁に行けないわぁぁあああああああ!!!!!!」
「落ち着け」
「落ち着けじゃねぇわよ、このすっとこどっこい!!!!最低最低っ!!!!!!」
貴族だろうとなんだろうと、知ったことじゃない。
思わず麗しい顔面に拳を叩き込んでしまったけど悔いはないわっ!!!
───こんのクソ野郎っ!!!! 私のなっ……ナニを見るだなんてっ!!!! 乙女の敵よっ!!! 変態よっ!!!! 貴族だろうがイケメンだろーが関係ないわっ!!!
これで刃向かったと言われて打首にされようとも結構っ!!おぅやれるもんならやってみやがれてんだ、てやんでぃっ!!!
「その顔ギタギタに引っ掻いてやる〜っ!!!」
「わーっ!? やめろレイっ!正気に戻れっ!!!」
「アンフェル止めないでっ! 乙女の敵ーーーっ!」
「相手は貴族なんだぞーーーっ!?」
「知るか馬鹿ぁあああああっ!!!!」
先程までは、公爵だろうと何だろうとレイを泣かせたら許さねぇと息巻いていたアンフェルを、私が宥めていた。が、今では公爵に掴めかかろうとする私を逆に必死になってアンフェルが押し止めていた。
ギャーギャーと喚きながら取っ組み合う私達を、公爵は目をぱちぱちしなかがら、院長はニコニコしながら眺めている。
公爵は少しばかり赤くなった鼻に手をやり、次第に肩を震わせながら笑いだした。
「っははははは!!!」
アンフェルに口を押えられているせいで「なに笑ってんのよっ!」と叫びたいが叫べない。
ご丁寧に涙まで浮かべて笑う公爵を、院長様が目を見開いて見ているのが少し印象に残った。
「はぁ、益々面白い。良かろう。我が息子として正式に公爵家に迎える。書類は後日届けさせよう。では、いくぞ」
「はっ、えっ! ちょっと待っ!!」
アンフェルに捕まえられていた私を公爵がヒョイと抱き上げ、そのままスタスタと歩き出してしまう。
院長室の外で聞き耳を立てていた子供達の合間を立ち止まることなく進んでいき、ほんの数回瞬きする間に外へ出ていた。
そして玄関先に泊まっていた大きな馬車の脇に立っていた男性に「公爵家へ」と告げ、私を抱き上げたまま馬車に乗り込む。
馬車が動きだし、速度が一定になる頃になって漸く我に返った私に、公爵が質問した。
「何か聞いておきたいことは?」
「お別れくらい言いたかったわ」
「これからは違う世界の人間になる。諦めろ」
あんまりな事を言われてカッとなるが、公爵の顔は元の鉄扉面に戻ってしまっていた。
字面は兎も角、意地悪で言っている感じがない。事実を淡々と言っている感じだ。
───なんか、この人とは最早、腹を割って話した方が良さそうじゃない? 被ってた猫もどっか行っちゃったし。
「公爵様はどうして私を引き取ったのかしら。子供がいないわけではなさそうだけれど」
「ふむ? 魔力が高い孤児がいた。だから引き取った」
「本音は?」
「私の息子だからだ」
「はぁ?」
公爵は至極真面目な顔をしている。
冗談を言っているわけじゃないらしい。
「少なくとも、お前の母親は私の息子だと思っている」
「母親? 生きてるの?」
「死んでいると思っていたか?」
「ええ」
「生きている。奴隷商人を使ってお前を攫おうとしたのは、お前の母親だ。隣国の王族でもある」
「えー、ちょっと待って頂戴? 隣国の王族で、私を攫おうとしたのが母親? 意味分からないわ。母親なのに私を捨てておいて、なのにまた捕まえようとしてるの?」
「あれは気狂いだからな」
「情報が多すぎるわ」
今日一日で得た情報が多すぎるんだけど?
母親が生きていて、しかも隣国の王族で、そんでもって気狂い?
うわー。
「えっと、公爵……様は、あたしの本当の父親ではないのよね?」
「……。私の兄が、お前の父だ」
「公爵様のお兄様? じゃあ、公爵様は叔父様ってこと?」
「血縁上はな」
そんな高貴な生まれってえええ。
転生特典すごい。最早凄すぎて他人事に思えてくる。
にしても、なんか含んだ言い方よね。先刻試す様な真似をされた辺り、もしかしてまだなんか問題でもあるのかしら。
「ふぅー。公爵様、それだけじゃないんでしょう? 態々試す様な物言いしていたくらいなんだから。はっきり言ってちょうだい。今更隠し事なんてなしよ」
公爵のこちらを見る目が少しばかり楽しそうなものになる。
やっぱり、面白がってない?
「使えない様ならば使い捨てようかと思っていた」
「でしょうねぇ!」
「最初はの話だ。話してみて考えを改めたが」
「……」
「これから話す事、他言しないと誓えるか。私の他、誰にも話してはならない」
「そう判断したから、色々話したんじゃないの?」
ジトーっとした目を向けると、公爵は頷いて、表情を和らげる。
と言っても、表情筋が動かないのは変わりない。
雰囲気の話だ。
それから話された内容によれば、
①、私のパパ、えーと、つまり公爵の双子のお兄様は、身体が弱く、家督を継げないとされた
②公爵が家督を継ぎ、幼少の頃からの婚約者である現在の奥様と結婚した
③公爵は眉目秀麗で、国内外問わず求婚者が多かった
④その中に、隣国の第五姫君である私の生みの母親もいた
⑤公爵が結婚したのを機に求婚者は減ったけれど、第二夫人の座を求める執念深い者もいた
⑥その中に、生みの母親もいた
「第二夫人? 王様以外も妻を複数人娶れるの?」
「いや、基本は王族だけだ。しかし、公爵などには認められる場合もある。例外として、夫婦に五年以上子が生まれない場合などだな。
侯爵以下では側室や妾という扱いだが、正妻との間に子供がいる場合側室が産んだ子供が後継になることは無いし、妾の子供はどんな場合であれ絶対に認められない」
「え? さっき、公爵様にはご子息がいるって……」
「ああ。名はムトア。血縁上はお前の従兄にあたる。ミシェルに似てとても優秀だ」
「ミシェル?」
「私の妻だ。世界一美しく世界一賢い」
「………」
鉄扉面は変わらないのにどことなく自慢げな表情な気がするのは気の所為?
いいえ、絶対気の所為じゃないわ。
「愛妻家でらっしゃるのね」
「勿論だが? 話を続けてもいいか」
「……どうぞ」
⑦隣国の王女だった母は、大変執念深く、何とかして公爵の妻の座を奪おうとあれこれ画策した
⑧けれど、奥方一筋だった公爵には全く響かず、全て失敗
⑨その為、既成事実を作り何がなんでも王女を娶わせるように仕向けた
「その先が問題なんだ」
「私は公爵様の子供ではないのでしょう?」
「当たり前だ。気狂いの王女など爪の先も触ったことすらない。私はミシェル一筋だ」
「はぁ……」
「王女は間違って、双子の兄を手篭めにした」
「…………ほぅ」
「恐らく薬か魔法かで兄を動けないようにし、その上で行った犯行だと思われる。病弱だった上に薬漬けにされた兄は、可哀想にさらに弱ってしまった」
「…………」
「何故お前を捨てたのかはさっぱり分からぬが、此方としては重畳。息子だなんだと騒ぎ出される前に回収出来て何よりだ」
「ははは……」
───回収されなかったら事故死だったのかしら。くわばらくわばら……。
「兄の子供として正式に名乗らせるでも考えたが、まだお前を諦めていない所を見ると、下手な手は打てん。ほとぼりが冷めるまで、私とミシェルの子として生活してもらおう」
「えーっと、間違いという事は?」
「ない。公爵家の影と王家の影とを総動員して調べさせた事実だ。残念ではあるが」
サラッと王家の影とか仰いまして?
そんなものを私事に動かせるなんて、物凄い権力の持ち主なのでは……。
私は段々と半目になってきているのを自覚した。
「公爵家の血を引かぬならば、緑の色を持つはずもないからな」
「緑?」
「瞳の色だ。我がハンスベルク公爵家の者は深緑の瞳に深緑の髪を持つ。直系に近しい者程濃い色となり、反対に、一族に連なるもの以外でこの色を持つ者は貴族にはいない」
「髪は金緑色よ? 公爵様は両方共に深緑色だけれど……」
私は自分の髪をひと房持ち上げた。姪とはいえ直系に近いはずだと思うけれど。
公爵様を見ると、若干眉間にシワがよっている。
「それはお前の母親の血が濃く出ているだけだ。繁殖能力が強いのか、市井にも多い色ではある」
「繁殖………。公爵様もしかしなくても、母の事嫌いですね?」
「悪いな、こればかりはどうしようもない。ミシェルに対し放った悪口雑言の数々、仕舞いには兄上に行った悪逆無道、実のところ振ればカラカラと音のなりそうなあの香水臭い頭をかち割ってやりたいと思っている、何度もな」
「お前の事は好ましく思っているぞ」と付け足して頂いたのはありがたいですけれど、真顔で一息に言われると怖いです。
そうして、私達は公爵邸へと馬車に揺られて行った。
でもまさか、愛しの奥方にまで事情説明していないとは思わないじゃない?!
もー!
やっぱしあの男、最低よっ!!!
美麗な公爵様はめちゃめちゃ鉄扉面です笑
笑うのなんて年に二三回あるかないか。
でも中身はとってもユニーク!
公爵家と王家の血を引くと分かったレイ。これから大変な毎日が始まりそうですが、頑張ってレイ!
***
読んで下さり、ありがとうございました!
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