006 囚われの乙女(♂︎)ただ今逃亡中
更新しました!中々本業が忙しいですね><՞ ՞
──しくじったなぁ。
只今絶賛反省中の私は、ややあって天井を見上げた。
視界の端に鉄格子の映る、全体的に薄暗く窮屈な部屋に押し込められたのは約2時間ほど前のこと。
お分かりだろうか。
そう、その通り。
まんまと!
誘拐されてしまったのだ!
──ああ、一体全体どうしようってのよ。もぅ本当、勘弁してっ! 何が目的な訳っー!
貞操を狙われる心配は無いと思いたいんだけど。
そうすると、その分、
一、『観賞用若しくは労働力として売られる』
二、『内臓を捌かれる』
三、『三枚に卸される』
の三パターンが当てはまる確率が上がるという事でもあるのよ。
それに──。
──アンフェル大丈夫かしら。
いつもの如くアンフェルと私、二人で買い出しに出ていた所、突然アンフェルが呻き声と共に倒れ伏した。
驚いて振り返ったら口を塞がれ、手足を縛られて丸太のように担がれそのまま攫われたという訳だ。
視界の端でアンフェルが必死にこちらに手を伸ばすのが映ったけれど、その視界も布に覆われて見えなくなる。
次に見たのはこの部屋だった。
脳内出血とか起こしてないといいけど。
そして私を攫った男が二人、椅子に座ってこちらを観察している。
部屋の中にはあと一人男がいて、貧乏揺すりをしながらナイフを机に何度も突き刺していた。
そいつが気だるげに仲間に話しかける。
「なぁ〜ボス達ぁまだかよ? 追加で仕入れた子供を運ぶから待ってろって言われたけどよぉ、も〜かれこれ二時間経つぜ〜?」
「もうそろそろ帰ってくるだろよ。目当ての子供は手に入れたんだし、後はむこうにいって取り引きするだけだぜ。次いでに何人か攫って儲けた方が一石二鳥だろ」
目当てのガキと言う時、明らかに一度こちらを見た。
どういう事だろうか。
「金緑色の髪のガキを捕まえてこりゃ一千万ロザーたぁ、ぜってぇめんどくせぇ注文だと思ったけどよ。まさかマジに孤児院なんかにいやがるしよぉ」
「楽な仕事だったよな! 泣き喚かねぇし、大人しいし!」
「しっかし、そうそう見ねぇ上玉じゃないか? こいつ、普通に市に卸したらもう少し高く売れるんじゃ」
「ハッ。お前らは馬鹿かよ? 依頼主忘れてねぇよな。敵になんか回したら、俺たち仕事が出来なくなるぜ」
「それもそうか。かぁー! 惜しい事したぜっ!」
その後三人はカードゲームなどを初め、私の存在はすっかり意識の外に追いやられたようだった。
にしても、なんか所々気になることを言ってた気がする。
依頼主?
金緑色の髪の子供に一千万ロザー……。つまり前世で言う所の一千万円だが。
私ゃ賞金首か何かかっ。道理でしつこく攫おうと狙ってくるわけだ。
しかも、裏切ったら仕事が出来なくなる的なことを零していた。
そもそもこの国での人身売買や奴隷売買は禁止だったはず。仕事なんか端からない。
て事は、隣国か?
周辺国ではまだ活発に人身売買のやり取りが行われている場所があると、トーフェおじ様に聞いた事がある。
──でも、いくら私が精霊かと見まごう程の美少年だからって、たかが孤児なのよ? そんなに存在が知られているとも思えないんだけど……。
「俺、待ちくたびれて腹減ったわ。何か買ってくるから、お前らそいつ見張っててくんねぇか」
「ずりぃ、なら俺も行くぜ」
「おい! 二人とも勘弁しろよ! ボスが戻ってきたらドヤされんの俺なんだぞ?!」
気紛れに椅子から立ち上がった男に続き、もう一人も追従する。しかし、残りの一人はボスとやらが戻ってきた時の事を心配したらしい。
そんな仲間に、出掛けたい男は面倒くさそうに言う。
「どうせまだ戻ってきやしねぇよ。てめぇの分も買ってきてやってもいいぜ?」
「ちっ。どうせ言っても聞きやしねぇ。とっとと行って来い! んでもって、とっとと戻れよ」
「へぇへぇ」
くだらないやり取りの後、男二人が部屋を出て行き室内にはブツクサ文句言う男と私が残された。
これは……。
チャンスじゃないか?
今、部屋の中に居るのは男一人である。
残りの二人は少なくとも、戻ってくるまで暫くかかるだろう。
次いでにボス達とやら。そんなのが来てしまっては、逃げれるものも逃げられない。仲間が来る前にさっさと行動を起こさないと。
──よし。何とか油断させてみよう。
「ねぇ、おじ様! おじ様達がもってるそれ、なぁに?」
「あ? ……なんだよ、これか?」
「うんっ! その四角いのなぁに? 絵が書いてあってきれいね!」
意識して少し舌っ足らずを装い、見張りの男に声を掛けた。表情筋を総動員して、ふにゃりと笑みを浮かべる。
この体に生まれ変わってから、自分の魅せ方は当に熟知している。実践方法も練習済みだ。
案の定、男の口がだらしなく弛む。
「はっ、お前これも知らないのか? これはなぁ、カードゲームってんだ」
「かあど? げむ?」
「まっ、孤児なんかじゃあ、知らないのも無理ないわな! これは絵を描いたやつだから、そんじょそこらの平民には手が出せない代物なんだぜ?」
「そうなんだ、すごぉい!!」
うん。胸張ってるところ悪いんだけどさ。
知ってるんだよね。しかも、ポーカーもブラックジャックもこの世界でのルールも知ってる。
何ならそんな白黒じゃなくてカラーで描いてあるの見たことも触ったこともあるし。
えっ、何で知ってるのかって?
そりゃ勿論、トーフェおじ様のところで教わったんですよ。因みに現在の勝敗は32勝2敗3引き分けですね。私、賭け事はどうしてか強いんだよなぁ。昔から。
えっ、手加減してもらってんじゃないのって?
ん〜、おじ様優しいからもしかするとそうかもね。ご想像におまかせするわ。
煽てられて気分を良くした男は、ゲームのやり方を説明してくる。私はその度に、「流石!」「知らなかった〜」「すごい!」「そうなんだぁ!」と相槌を打つ。男はさらに機嫌を良くし、次第にベラベラと色々なことを話し始めた。
商売の取引相手の事から奴隷として売り捌く子供の拐かし方までそれはもう色々と。
因みに。
今のは、"男を手玉に取る誰でも簡単さしすせそ" だ。
大抵の男というのは単純で、先程の言葉で相槌を打てば簡単にコロッといってしまう。
大学の頃、頭空っぽあざとい系の女子が自慢げにそう話しているのを聞いた。因みに、顔はなかなか可愛い部類だった為騙される男子が案外多く、女子と一部の良識のある男子達からは盛大に顰蹙を買っていた。
もう一つ余談だが、私はこのさしすせそに随分お世話になった。
営業にはもってこいなので。
「流石○○さん、お上手ですね」
「知りませんでした、勉強になります」
「素晴らしいですね、素敵です」
「洗練されてますね、見習いたいです」
「そうなのですね、成程」
これらを相槌に言うだけでも、相手はぐっと気を許してくれる。主に年配の上司や取引先の方に有効。
ただし、連発しすぎは馬鹿に見えるし、その後の会話の内容が重要ではあるけれど……。
この場合本当は「センスがありますね」が入るのだけれど、これは正直上から目線すぎて使う時を選ぶ。
推定年齢五歳が使う言葉じゃない。
と、笑顔の裏でそんな思考をしているうちに、饒舌になってきた男が哀れみの視線を寄越す。
「お前も、気の毒にな。これだけ見目が整ってちゃ普通にゃ暮らせねぇよな。俺も孤児だったから、柄じゃねぇけど同情する」
「……」
「まっ、変態じじいに買われたとしても、上手くやるんだな。利口に生きてれば孤児よりもいい暮らしができるはずだ。お前は愛嬌あるし、奴隷の中でもましな生活が送れるだろう」
何も分からない子供の振りをしてニコニコと笑顔を作る。
「おにいさん達は、おとなりのくににいくの? あたし、ご飯たくさん食べれる?」
「おぅ。ぞんざいな扱いしたいガキに一千万ロザーも出すわけないしな。今回はお貴族様が相手でもあるし……」
「おきぞくさま? きらきら? ふかふかお布団?」
わぁーいとはしゃいで見せると、男は完全に警戒心を解いた。
ちょっと便所に行ってくる大人しくしてろよと言って、そのまま席を立つ。
完全にその気配が外へ行ったのを確認し、私は作業に取り掛かった。
油断した男は扉の鍵をかけていない。
悪いけれど。
私のポリシーと美学に奴隷という言葉はヒットしない。
例えどれほど贅沢な暮らしが送れようとも。
泥を啜り草を食む羽目になったとしても。
生き方を選べないのなら、生きている意味なんかないと思うから。
****
「はははっ! てめぇら、揃いも揃って馬鹿ばかりかぁ? なんで、大の男が三人がかりで逃げられんだ? ぁ?」
目の前にいる男は顔こそ笑ってはいるが、とてつもなくブチ切れている。だからこそ、やつの部下だとかいう三人は体を縮こまらせ、必死になって言い訳を述べようとした。
「す、すみませんボスっあのガキとんだ猫かぶりでっ! つい鍵をかけ忘れて……」
「ついだぁ? はははは、そんならしょうがねぇよなぁ〜」
「ボスっ!」
許しを貰えたかと勘違いしたのだろう。
顔を上げて安堵した様子の三人は、ボスの顔をまともに見てしまった。
その顔が恐怖と絶望に歪む。
「んな無能はいらねぇよ。次産まれてくる時ゃ、もうちっと使えるようになるといいな?」
楽しそうな笑顔でそう言ったやつの背後から、影のように姿を現した無表情の男が問答無用で三人を引き摺って行く。
部屋の扉が閉まってから暫く聞こえていた喚き声も直ぐにやんだ。
私は男を一瞥する。
「手駒を減らしてもいいのか?」
「ああ、全然へーきぃ! 代わりなんていくらでも居るしさーなんならちょっと増えすぎたくれぇよ?」
手をヒラヒラさせながら上機嫌で椅子にドカリと腰を下ろし、やつは脚を組み直した。
私が本気で心配などしてないことを理解しているだろうに。
そんな事よりも。
「依頼した件はどうなっている。あの御方は酷くご立腹なされているぞ。まだ連れて来ないのか、とな」
「悪ぃけどさぁ? その話もうちょい先延ばしになりそうなんだわー」
男は悪びれる様子もなく爪を弄っている。
「今こっちの国の奴らがちょろちょろ動き出してんだよぉ! おたくん所のお偉いさんが騒ぎを起こしたんだってぇ? おーかげでこっちの商売に響くんだなァこれが!」
詰まる所、自国の貴族のせいで子供を見つけたが捕え損ねた。しかもそのせいでこの国の騎士達が動き出し、取り締まりを強化した為に商売を続けられなくなった。
暫くここであからさまに子供を攫うのは控える。貴族の責任はそっちがとれ……という意味だろう。
子供だからと油断して、簡単に丸め込めるだろうと何の対策もなしに拐かそうとして失敗。
あの御方のご機嫌取りをする貴族の一人が勝手に動いた結果、逃げられた子供の証言により町の警戒の目が強化されてしまった。
あのバカ貴族は他の孤児院でも外聞を憚らずに聞き込みをしていた。
そのせいで、貴国の貴族が密入国し子供を攫おうとしたどうなっているのか、と外交伝に厳重注意が申し渡される始末だ。
頭が痛いのはこちらも同じだと言うのに。
「あの御方がお心に止める必要のない事だ。既に馬鹿貴族には手がいっている。一度捕まえて取り逃した言い訳にはならない、分かっているな」
「言い訳ぇ? こっちは別に依頼を蹴ってやってもイイんだぜぇ〜? お貴族様の尻拭いなんか俺達にゃ関係ねぇしー」
「……」
「第一、ちょろちょろしてる騎士団の司令官は噂によればあんたの所のお嬢様がご執心のオトコだろ? いいのかねぇ、こんな場所で油打っててよー」
内心毒づいたのを悟られないよう、追加で宝石の入った袋を放り投げる。
この男、どこまで情報を知っているのだろう。
「んん〜いいねぇいいねぇ気前がいいねぇっ! おーけーおーけー、依頼のガキは必ず届けてやるよォ〜」
いつの間にか扉の前に控えていたやつの部下が、扉を開けて立っていた。
話し合いが済んだのだから帰れということだろう。
私は一瞬だけ眉間に寄った皺を治し、そのままその場所を後にする。
あの御方にご報告せねば……。
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黒い外套を羽織った男が出て行ったあとを眺め、ニヤニヤと浮かべていた笑みを消し去る。
椅子から立ち上がると後ろに控えていた部下が煙草の箱を差し出してきた。
一本手に取って火を付け、深く深呼吸する。
肺いっぱいに煙が充満した感覚に満足しつつ、「で?」と聞いた。
それだけで何の事か判る優秀な手下が、簡潔に報告を述べる。
「こちらに作った隠家の内、六つが壊滅しました。あの男にも見張りがついている様です。ここも直ぐに騎士団が駆け付けるかと」
「だりぃ。残ってんのは此処ともう一つだけかよ〜」
苦労して長期にわたり築き上げたこの国での拠点は、殆ど見つかったらしい。この国での商売が出来れば、どれ程の利益が見込めるか。見目の良い子供が沢山余っていたというのに。
おじゃんだ。
さっきの依頼人と関わってからツキが落ちてきた気がする。馬鹿貴族が騒ぎを起こしたと聞いて一度、集めた商品を自国に送ったのは大正解だった。
「やっぱしこの国の騎士団優秀だなぁー。あー、だる。ホントにうぜぇー」
「いえ、半分は騎士団のせいではありません。こちら側の人間です」
「はあー?」
言われて思い出したが、この国にも裏社会の元締めと呼ばれる男がいる。気取ってるのかなんなのか、自分達とは大分違ってぬるい商売しかしない腰抜けかと思っていたのだが……。
「ふーん? やるじゃんか、そいつ。お礼参りにいかねぇと、礼ぇ欠いちまうな?」
「国に伝令を飛ばしますか」
少し考えてから、やめた。今は騎士団が煩わしい。また邪魔されたら流石にキレちまう。
それに、お楽しみは取っておく方がいい。
「あー今回はいい、一旦引き上げだ。下に言っとけよお後片付けしとけってなぁ?」
「御意」
幾らか上機嫌になって、男は部屋を出ていった。
部屋に残されたのは独特なハーブの香りと、焼け焦げたような机の滲みのみである。
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「はぁ、はぁ……」
突き出している枝を避け、バランスを崩しそうになり地面に手を着く。けれど足はそのまま動かし続けた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
遠くで鳥の鳴き声が聞こえ、少しばかりその事に安堵を覚えながら岩を飛び越えて走り続ける。
やがて、木の途切れた場所見えてきた。歪ながら道もある。
──や……った……。でぐち……町……かえ……らなきゃ。
傍にあった木に身体を預け、バクバクと鳴り止まない心の臓を落ち着けながら深呼吸する。次第に気持ちも落ち着いて、呼吸が楽になった。
「はぁはぁ……はぁ。かなり来たけど、追いかけてくる気配は……もうないわ。つ、疲れたー!」
小さくはあるけれど、思わず声に出てしまうのはしょうがないと思う。
だって本当に疲れた。
「まだ完全に安心は出来ないけれど、取り敢えずは上出来でしょう! 後は、町までどうやって帰るか……」
人攫い達の隠れ家を逃げ出した時、太陽がだいぶ沈みかけていた。そこからずっと隠れつ走りつしながらノンストップでここまで来たので、殆ど体力も残っていない。
最悪この森の中で一夜を明かす羽目になるかも。
「一応、人攫いの話では隣国に近い国境の森にいるって話だったわね。攫われてから隠れ家に行くまでは、徒歩と馬で大体1時間くらい。
その距離に森があるのは、西の国境沿いだけのはず。だとするならば孤児院は東だと思って真っ直ぐ走ってきたけど……」
そもそも人攫いの言う事に信憑性を置けるかと聞かれれば、全然分からない。
でも、目印となる方向がそれしかないから、取り敢えず信じている。
「何にせよ、人が大勢いる場所に出ればいいわけよ。頑張れ私っ!!」
「止まれ」
「っ?!?!?!」
突然聞こえた声に驚きすぎて、思わず枝に頭をぶつけた。
何処から発せられたのか耳をそばだてていると、さっき確認した道にいつの間にか出現したのか馬に乗った人間がいる。
それもパッと見で30騎ほど。
──えっ?! いつの間に?! 馬の鳴き声とか、聞こえなかったわよっ?!
注意深く伺っていると、先頭の馬に乗っていた人物が手を挙げて後ろに合図を送る。
何の合図だろうか?
そのままじっと目を凝らしていると、不意に、それまで感じなかった何かの気配を背後に感じた。
「…………。えっ?」
瞬きの間に身体が浮遊し、何故か私は、大勢の大人に囲まれている。
──えっ……え? …………。え?! ちょっと待って?!
頭がパニックを起こしている間に、馬上での会話が進められていく。
「それは?」
「ご指示の場所におりました。まだ子供のようです」
「ん〜? 子供の量なんかじゃないって思ったのになぁ」
「逃げたか」
「いや、この子の他に逃げる気配も潜んどる気配もないぞ? ルトアの読みが間違っていたとも思えん……」
「まさか……」
「まさかなんじゃないの?」
「そのまさかじゃろ」
「「「…………」」」
まさかまさかと言っていた三人が黙り込んでしまい、私を抱えている人──恐らくは部下か何かだろう──が「如何致しますか」とお伺いを立てた。
如何も何も、まず誰ですか。
そこまで聞いていて、はたと思い出した。
──私を攫ったやつら、お貴族様が相手とか……言ってなかった??
よくよく目を凝らしてみれば、フード付き外套の下には仕立ての良い生地。その上に甲冑のようなものを身につけている。
馬も毛並みが良く、統制のとれた隊列だった。
貴族。
───貴族!!!!!!!!!
その瞬間、世界から音が消えた。
──せっかくここまで逃げたのに、また逆戻り? 私、売られるの?
【怖い】
身体がガタガタと震えだす。止めようとしても止まらなくて、私は自分の体を抱きしめるように抑えた。
──さっきはチンピラ一人が相手だった。それも、一瞬でも油断する瞬間があったから、私だって逃げ出せたのに……。
【怖い。嫌だ】
身体の震えが更に増していく。それと共に、急激に体温が無くなっていく感覚に見舞われた。
──こんなに大勢の大人が、しかも貴族が相手じゃ、どう逃げればいい? どこまで、逃げ続ければいい? どうせ……
ニゲキレナイノニ───。
風が身体を取り巻く。
まるで外界からこの身を守るように。
風は激しくうねりを増し、軈て刃となる。
【イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ……】
ただひたすら自分の体を抱きしめている私は気が付かなかった。
周りにいた人や馬がなすすべも無く吹き飛ばされていくのを。
木々が悲鳴をあげてなぎ倒され、土砂を巻き上げながら森が破壊されていくのを。
軈て外界へと向けられていた風の刃が、自分の身体をも傷つけ始めたのを。
【コワイノハイヤ……
イタイノハイヤ……
カナシイ……
サビシイ……
タスケテ……
ダレか……、タスケテ……】
「助けて…………」
ドン、と。
世界が揺れた。
風が雲を呼ぶ───
雲が雷鳴を呼ぶ────
雷鳴が稲光を───、
稲光が鉄槌を───、
鉄槌が──────
私は空を見上げた。
一筋の光が、真っ直ぐ私に降り注いでくる。
綺麗。
「死ぬ気かっ!?」
何も聞こえないはずの世界に、たった一つ、音が響く。
──?
疑問に思い振り返る間もなく、何か暖かいものに包まれた感じがした。
───あたたかい……?
見上げると、綺麗な宝石が見下ろしていた。
夜の帷色。安寧の夜の色。
───綺麗。
「死ぬ気か?」
夜を持つ人が、再び問い掛けた。
だから、答えた。
「せっかく、逃げたのに……」
「逃げた?」
宝石が戸惑った様に揺れる。
「帰りたい。帰りたいの……。でも無理みたい……」
だから、もういいと。
そう告げれば、悲しそうな顔をされる。
───悲しいの? 貴方が?
「何故……。何もかも、諦めた様な顔をする……」
「私を殺しにきたんでしょう?」
一生、閉じ込められるなら。
自由を求めてはいけないなら。
死んでいるのとどこが違う?
問い掛ければ、彼はゆっくりと首を横に振った。
「違う。助けにきたんだ」
「…………。たす…け……?」
宝石はどこ迄も澄み渡っている。
慈しむ様に撫でる手の暖かさを知れば、それは嘘ではないのだと知って。
「ほんとうに、助けてくれるの……?」
「ああ」
「私のこと、売ったりしない……?」
「ああ」
「皆の所に、帰れるの……?」
「絶対に」
力強い言葉に、偽りはない。
いつの間にか、身体の震えは止まっていた。
もう、怖くない。
風が、いつの間にか止まっていた。
光が空へと戻っていく。
「ありがとう」と───。
心からの笑顔を貴方に。
たった一人、傷付きながらも。
私のココロを救いに来てくれたひとだから。
「貴方はまるで、夜みたい───」
急速に遠のく周りの景色の中、夜の煌めきをもつ宝石だけがいつまでも、私を見守っていた。
なにやら秘密のありそうな主人公。
たった一人で飛び込み、助けにくれたのは……。
読んで下さり、ありがとうございました!
良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)