037 またしても迷ったわね
私が今何をしているのかって?
勿論、休憩中よ。
人生には休むことも必要ってね、うん。
え?
せっかく魔塔に潜入したのに、囮として絶賛任務中と思われるレン様の役に立たなくていいのかって?
……。
正直に言います。
迷いました。
ここは何処なのでしょう?
「攪乱するって言ったって、自分がどこにいるのか分からないんじゃどうしようもないわ。ははは、、困った困った…」
気のせいか。
私って新しい場所に来ると、かなりの確率で道に迷ってやしない?
いや、気のせいじゃない気がする。なんか、外出する度にほぼほぼ確定で迷子になっている気がする。
え。
私って方向音痴だったの?
そんなまさか。え。まさかよね?
いや、一旦落ち着け。落ち着けと自分に言い聞かせるのですらもう何度目なのよという突っ込みは、今はいらないんだ。うん。
だって、おかしい。
真っ直ぐ歩いてちょっと右や左に曲がったくらいで、迷子になるわけないじゃない、普通なら。
確かに今、私は真っ直ぐ歩いてきてそして右に曲がったんだ。それなのに、来た道を引き返して左に曲がったら目の前が壁ってどういう事。
摩訶不思議。
意味不明。
某国民的アニメの猫を助けて招かれた国から脱出するのに通った迷路の堀よろしく、壁が動いたとかじゃない限り有り得ないこの現象。
いくらこの世界に魔法が存在しているとしても、ここまで変幻自在な空間変動を起こす魔法なんて存在するのかしら。そうならば、もしかしたら無限収納可能な鞄とかタンスが作れたりして……なんて若干の現実逃避をしてみる。
もしくは私が自覚していないだけで、致命的レベルの方向音痴なのかもしれないという推測は今はしないでおきましょう。
「うん。一旦、考えるのをやめるわ」
そんな風にややあって思考を放棄して、通路の壁に頭をついて寄りかかっていた私である。
はて。
かれこれ一時間くらいは歩いたかと思う。その間何度か階段を上に上がっているので、今いる場所はカサーラ達のいる応接室的場所よりも上の階であることは確かなはずだ。
そして、一時間も戻らなかったら流石に部屋に居ないことはバレていると思うし、万が一気が付かれなかった場合のフォローもカサーラ達に頼んである。よって、そこについては心配しなくていいはずだ。
私自身が迷子である事は兎も角、"撹乱"という当初の目的は遂行できたと思う。
「今頃、『部屋出るなって言ったのに部屋出やがったあの馬鹿小娘。わざわざ探さなきゃならんとはなんて手間のかかるじゃじゃ馬だ!』とか言って、捜索隊でも出されてる頃かしらね。にしては静かだけれど」
応接室の盗聴魔法が誰の何の目的で仕掛けたものかは知らないが、少なくとも私が部屋を出たら気付くようにしたかったのだろうと推察する。
であるならば、一時間も音沙汰がないというのは少々不思議ではないか、という疑問も残りはするが。
一応、まだ私の所まで騒ぎが届いていないだけで、既に大騒ぎになっているという可能性も捨てきれない。が、現状では騒がしい気配すらないのは多少気がかりだ。
元々本気で隠れるつもりはなく、今の私は特段に気配を消して歩き回っているという程でもない。魔法に精通している彼らにとって、この程度の捜索は容易いかと思っていた。
……のだが。
めっきり自信がなくなってきた。
奴隷商人から逃げ回って最終的に養父様に捕まった時を参考に、あの時よりかは気持ち気配を消し過ぎないようにしていたつもりで今日は行動している。
養父様がいくら化け物じみているとしても、ここは魔塔だ。
彼らのテリトリーで魔法に精通している彼らが束でかかれば、なんなら養父様よりも早く見つけるだろうと、そう高を括って、けれども本気の追いかけっこをするつもりではなかったので六割くらいのやる気でいたのに、この現状である。
……。
つぅ、と汗が額を過ぎる。
浮かんできた嫌な予感に思わず目が半目になった。
これはもしかして、もしかしなくても、またもや大やらかしをしたんじゃなかろうか。
王家の影でも潜入出来ない場所というフレーズに引っ張られて、相手の実力を見誤ったかもしれない。
魔塔関係者、もしかして、大した事ないのでは。
……
はははっ、そんなまさかまさか。
魔塔の連中が束になってかかるよりも養父様一人の方がやばいなんてこと、まさかある訳ないわよね、はははは。
さて、どうしたものか(現実逃避)。
「そういえば、レン様の方の進捗はどうなってんのかしら。ある程度怪しい人物は絞り込めてるのよね。で、その人物が今日事件関係者と会うっていう情報があったから、潜入して証拠を掴む為に私が囮で呼ばれたのだったわ。確か、予定ではお昼頃って話だっけれど、もうそろそろお昼になるわね。上手くいったのかしら」
休憩ついでに、ちょっと一旦この事件を頭の中で整理しようかしら。
でないと頭が爆発しそうだもの。
あと自分が大やらかしをした可能性に背筋が寒くなってきたから、それもちょっとどうにかしたいわ。コホン。
まず、事の発端。
それはセルゲイの誕生日パーティーで起こった、某伯爵の弟による密輸入された魔道具の不正使用事件。
師匠の騎士団仲間のお話によると、事件で使用された魔道具は押収したものの、詳しい解析をしようと腕から外した途端にその場で跡形もなく消えてしまったとのこと。
つまり、事件の証拠が消えてしまっている。
次に、魔塔内に違法魔道具の流入に関わった魔法士がいて、その人物が誰かというのがわからないという件。
幸か不幸かある程度の目星はついていて、だからその人物があの事件に関わったという別の証拠を押さえたい……というのが殿下もとい王家の主張よね。
一方で魔塔も、組織そのものが裏切っているという訳では無いけれど、例の事件関係者が内部から出ている可能性を出来れば隠しておきたいのだろうというのが殿下の見解。
なぜなら、魔塔内での落ち度を貴族社会や折り合いの悪い騎士団に糾弾されてしまえば、魔塔の権威は不安定なものになるから。
外部から糾弾される前に、魔塔が裏切り者の魔法士の処分を行うとしたなら、少なくとも魔塔という組織そのものを糾弾する事は出来ない。
だからこそ魔塔は、騎士団や王家の介入を不要として突っぱねてしまっている。
そして基本的に騎士団も、騎士団に命を下す王家も、魔塔関係者に裏切り者がいるという決定的証拠がないうちは、魔塔との余計な衝突を避ける為に大々的に捜索は行えない。
以上が、王家的思惑の王太子殿下と騎士団的思惑の師匠と貴族筆頭の養父様から聞いた話を統合し、推察も混じえてまとめた話であり、私がこんな所にいる理由だ。
王家も魔塔も関係の無い私が囮を引き受ける傍ら、レン様こと王家の影が証拠を押さえる。
王家は騎士団を動員せずに魔塔に一つ貸しを作ることができ、魔塔は王家に借りを作るかもしれないが、騎士団による大規模捜索で塔内を荒らされることはない。少なくとも、騎士団相手には面子を保てるだろう。
それに……。
───輸入された魔道具ということは、輸出先がある。国の許可がない魔道具は取扱が禁止されているというのは各国共通だから、輸出先も犯罪紛いの事をしているという事になるわ。
恐らくそれが、王太子殿下がどうしても事件に関わった魔法士を確保したい理由だと思う。
つまり、違法魔道具の輸出先の国に対して外交で有利にあれやこれやするという事なのだろう。
けれど、そこら辺は私の管轄外というか、興味の範疇外な為どうでもいい。
というか、その辺りの外交関係に首を突っ込むのは王族やら宰相やら高位貴族でも少数がやることだと思うから、関わりたくないというのが本音だ。
ただでさえ殿下のパシリみたいな事をさせられている現状なんだから、もう本当に関わりたくない。
今やっているこれは、騎士団への推薦状にでもなればいいなーくらいの気持ちでやっている正直ボランティアみたいなものだ。
でなければ誰が、好き好んで王族になんか関わりたいというのか。師匠は別として。
私は騎士団で働いて、お金を貯めたら辺境にでも引っ越してひっそり余生を送りたい。
……と話が逸れた。
兎も角、レン様が証拠を掴むまでは、塔の関係者の注意を引くのが私の役目だ。もうすぐお昼になるとは言っても、まだ暫く注意を引いておきたいところだろう。
「塔の人達には申し訳ないけど、もう少しだけ私の捜索をしていてもらいましょ。……あと、もう少しだけ痕跡を残して行こうかしらね。あんまり気が付かれないのもこまるし」
よし、と気合いを入れ直し、私はドレスを翻して歩き出した。
とはいえ、宛もなく歩くのはこれ以上御免なので、何か指標になるものを決めようと思う。
「折角だから、私も探索しつついこうかしら。魔塔に来られるのもそうそうない機会だし、もしかしたら何か面白い本や魔道具でも見つかるかもしれないわね」
そういえば。
私を見つけた際養父様が使っていた魔法。あれが使えるんじゃないだろうか。確か、自分の魔力を薄く伸ばしていく形で広げ、魔力のあるものを感知するという基本魔法の一種だったはず。応用で空間の把握も可能だったような。
公爵家に来た日から魔力操作の傍ら自室で何度か試した事があるので、多分私も出来ると思う。
何か気になる反応があれば、そちらに行ってみるというのも手かもしれない。
よし、早速やってみよう。
私は集中するために目を閉じ、自分の中の魔力を広げるように伸ばしていく。
初めは上手く広がらなかったりするものの、コツを掴むとまるで前世のスパイ映画で見た赤外線センサーのように脳内に周りの景色が浮かび上がってきた。
「薄く広げるイメージ、イメージっと……。これ結構繊細な作業だけど、養父様はこれをやりながら馬をかっ飛ばしてたって訳ね。つくづくとんでもない人だわ。さてと。近くには何もな……ん?」
おや。
呟きながら調べていくうちに、ある一点、ここより更に上の場所で何かが反応した。気になって、今度は重点的にそちらの方向に集中して魔力を伸ばしていく。
すると、先程よりも反応したものがより詳しく分かってきた。
「これは…人? 小さい、子供? みたいね」
はて。
魔力の反応によると、何だかセルゲイくらいの子供の魔力のように思える。
魔塔に子供が、それもどうしてあんな所にいるのか。
「私みたく、魔塔を見学中って訳ではなさそうね」
魔力で探ってみた感じだと、反応がある子供のいる場所は塔の最上階辺りではなかろうか。子供以外に反応はないので、一人だと思われる。
魔塔所属の魔法士にも確か騎士団と似た様な年齢制限があり、その歳を過ぎてからでないと所属出来ない仕組みだったと記憶しているので、あの子供は少なくとも魔法士ではないはずだ。
「なんであんな場所にいるのかしら。ちょっと気になるわね」
他にやることもない。
一先ず、見に行ってみようか。
目的を定めた私は伸ばしていた魔力を引っ込め、魔力の反応と感覚で掴んだ道順を頼りに走り出した。
この時の私は知る由もなかった。
あとほんの少しでも魔力を引っ込めるのを遅らせていれば、あんな事に巻き込まれずにすんだのにと後悔する羽目になる事を。
◆◆◆
「はあ……。酷い目にあったわ」
コツコツとヒールを鳴らしながら、私は独りごちる。
あれから歩くことが面倒になった私は、風の魔法で身体を若干浮かせながら目的地近くまで来ていた。
ところが、恐らく最上階であろうという階に到達した途端に何故か魔力が打ち消される感触がし、次の瞬間べしゃっと座り込む羽目になった。
床から十センチ浮いているだけだったから膝を床にぶつける程度で済んだものの、これがもし調子に乗って猛スピードで浮遊中だったならば、着地の際足を捻るか顔から地面に突っ込んでいたかもしれない。慎重派で助かった。
とはいえ無傷ではない。
不幸な事に今日はいつものトラウザーズに長ブーツではなく、レリノレア風ドレスの格好だ。
膝を守るものといえば薄いレースのタイツみたいなもの一枚だけで、もうさっきから打ち付けた所がじんじんと痛んで仕方がない。これは十中八九、綺麗な青アザが出来ていることだろう。
メリナとカサーラになんて言い訳しようか。物凄く怒られそうな予感がするのだが。
───せめてものカーペットがあって良かったわ。じゃなかったら擦りむいていたかも。
私が今いるフロアは、階段を登りきった場所から床の真ん中にカーペットが貼られている。しかしながら、膝下の長さプラス約十センチ分落っこちた衝撃は吸収しきれなかったらしい。ちゃんと痛い。
痛みから気を逸らして別のことを考えることにする。
今いるこの場所は、階段を上がりきった場所から続く長い通路のような場所だ。恐らく塔の外周に沿うように続いていると思われる。つまり、このさらに内側にまだ空間があるはずだ。
さらに進んでいくと、いきなり景色が変わった。
通路をぬけた場所の内側は円形のフロアだった。半円から先は更に両側から続く階段があり、吹き抜けの上階に通じている部屋になっているようだ。
天井に目を向けると透明な天井があり、中央の大階段で見た採光と同じ光がここから差し込んでいるようにみえる。
どういう原理かは分からないが、この光がさらに下の階にも透過しているのだろうと思った。
吹き抜けの上階へと続く階段とは別に、塔の屋上へとさらに伸びていそうな細い螺旋階段が中心にあり、その周りを天体の模型のようなものがいくつも浮いているのが神秘的だ。
下の階の部分は恐らく作業スペースなのだろう。魔道具の類と思われるものが部屋の隅の棚の上や机に所狭しと置かれていたり、所々に植物が植えられたスペースがあり、見た事のない木や花が光を浴びて青々と茂っていた。
床には複雑な幾何学模様や円陣が大理石の上に幾つも描かれており、淡い光を放っているように見える。魔法陣の類だろうか。
「これ、入っちゃダメそうな場所だわ。絶対に希少なものとかが置いてありそうだもの」
一つの階層が丸ごとワンフロアのようになっている時点で気がつくべきだったが、ここは多分魔塔の一番偉い人とかの部屋だと思う。
いくら私が魔塔から招かれている立場で養父様の紹介状も持っているとは言っても、無断で入っていい場所では流石にないと思う。
うん。戻ろう。
……。
………。
…………。
ちょ、……あの、ちょっと待って。待ってね。
理解が追いつかない。
何が起こってるのか、は?
はああああああ??
「え、え、ど……なん」
動揺しすぎて口から意味の無い言葉が漏れる。
待った。
待った待った待った。
振り返ったら、どうして閉まった扉があるのでしょうか。
私は今、通路を通ってきたのよ。通路、つまり、道を通ってきている。
扉なんか開けた覚えもない。そもそも無かったはずだ。つまり、閉めた覚えもない。何だこの扉、どっから出てきた?
通路を通って、そのまま開けた部屋に入って来て、景色を眺めて帰ろうと振り返ったら、目の前に壁とドアがでーん!!と効果音付きで鼻先にあるこの状況は!! 一体どういうことなのか!!
流石にこれは、私が方向音痴とかそういうレベルの問題じゃない気がする。もしかしたら、立ったまま私は寝ているのかも。これ夢の中かもしれない。
いや違う。現実よ。だってさっき転んで打ち付けた膝がまだ痛いもの。現実なんだとしたら何がどうして……。
「誰……?」
その瞬間、私は軽く三十センチは飛び上がったと思う。
思わず身構えると同時に振り返ると、視界に先程の円形の部屋が入り取り敢えず今いる場所が変わった訳ではなさそう(?)で安心する。
が、それと同時に認識した声の主が吹き抜けの上階から私を見下ろしている事にも気が付いた。どうやら、私が探していた魔力の持ち主の子らしい。遠目にもこちらを警戒しているのが伺える。
とはいえ、困った。
見つからないうちに出ていこうとしたら、出ていく先が無くなった代わりに子供は見つかった、かと言って見つかったからどうと言うこともなく、警戒されるのは当たり前で、そもそも勝手に不法侵入した側としては言い訳のしようもなく、取り敢えず先ずは謝罪が先か……などとぐるぐる思考が行ったり来たりする。
後から考えてみれば、来た道が綺麗さっぱり消え失せた摩訶不思議現象に、自覚していた以上に堪えていて思考が馬鹿になっていたのだろうと思う。
流石に普段からここまでポンコツじゃないと弁解させてもらいたいわ。
「ね、ねぇ……あの、だ、大丈夫?」
そんな風に私がいっぱいいっぱいになっているのが分かったのか、警戒を解いて今度は心配そうに声を掛けてきてくれた子と情けない自分との差に涙が出そうだ。
寧ろちょっぴり涙目かもしれない。
「ご、ごめんなさい。勝手に入るつもりじゃなかったの。…でも、入ってきた通路が消えてしまって、あの、何処から出たらいいかしら?」
事情を説明すると、声を掛けてきてくれた子は目をまん丸にして驚いた様だった。
「え。ひ、一人で来たの? ここまで…」
ううう。
大人に見つかった時の言い訳は百個でも二百個でも思いつくのに、子供の純粋な眼差しで驚かれると心にくる。
……あ、私も今は子供なんだった。
「本当にごめんなさい」
「ぅえ、ちがっ、そ、そうじゃなくて! ふ、普通は来られないから!」
「そうよね。普通は侍女と一緒に大人しく部屋にいるべきよね」
「っ! や、ぁの、そうじゃなくて、うんとね…」
大反省大会を一人で繰り広げて落ち込んでいる私に、その子があたふたしながら一生懸命説明してくれたところによると。
どうやら、この最上階に繋がるフロアとその部屋に通じるまでの各ルートは、基本的には許可のある人物以外侵入が出来ない様になっているのだそうだ。
また時間で通路や部屋の配置が変わる様に魔法が掛けられていて、許可があっても普通は迷う為、部屋に直接繋がっている転移陣を使うのが当たり前らしい。そしてそれも、許可のある人物しか転移してこられない仕組みになっているらしく、、。
つまり私は、許可も案内もない状態で力技で最上階まで到達してしまったという事で、この子が大層驚いたのはそこだったのだとか。
私は方向音痴なのか勘が鋭いのかどっちなんだろうと、思わず遠い目になった。
某国民的アニメで鬼の首領が根城にしてる琵琶の音で変貌する城……の方が分かりやすいでしょうかね|´-`)チラッ
﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎ ﹎
読んで下さり、ありがとうございました!
良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)




