035 魔法至上主義って感じ
人は、本当に驚くと大したリアクションが取れなくなるらしい。
現に私やカサーラ、サムの三人は揃ってポカンとした驚愕の表情で固まっていた。ジルベールだけは表情は変わらないものの、気配で驚いているのが感じられる。
───これは、想像してなかったわ。確かに"魔塔"と呼ばれるわけだわね。
目の前に広がる想像だにしない光景を前に、思わず感嘆のため息が漏れ出る。
そんな私達の反応を見て満足そうにするおのは、揃いのローブを着た者たちだ。
───建物の中に、建物があるわ。何これどうなってるのーー。
何を言ってるんだという話だけれども、そう表現する他ない。
だって、本当にそうなのだ。
私達は今、屋内にいるはずだった。
普通なら玄関を入ってすぐエントランスがあるはずの建物の内部に、大きく聳え立つ立派な塔を中心として、円を描く様に建物があり林が広がっている。塔までは舗装された道が続き、まるで小さな町がそのままそっくり納まっているかのようだった。
それに、天井がありえないくらい高い。
中心にある塔はピサの斜塔くらいの高さはある目算なのに、塔の天辺より遥か上空にかろうじて見える程遠くまで目を凝らして、やっとガラス張りの天井らしきものが見える。
それがあるからこそ、今いるこの場所が建物の中なのだという実感が湧いた。
全くもって浮世離れしている光景だ。
なんか、前世の技術では再現不可能としか思えない構造建築をみて、今更ながら転生したのだという現実を再認識した。これは規格外すぎる。
「ははは、驚かれましたかな。初めてこの場所に来た者は皆、その様な反応をされますよ」
「ええ、とても素晴らしい眺めですわ。魔塔と呼ばれる所以が分かりますわね」
「そうでしょうな」
先導している男が振り返りながら話し掛けてきた。因みに、馬車をおりた時にいた七人は挨拶してきた人物とその側近らしき人物を残して、建物に入った後別れている。なんでも、先に行って色々することがあるらしい。
私の賞賛に満足そうに頷いて、男は話を続ける。
「ですが、魔塔の本領はこんなものではありませんぞ」
「これ以上があるのですか?」
「勿論。塔の中はもっと凄いのですよ」
やけに自慢げな様子で語る男に続いて塔へと足を踏み入れた私達は、今日二度目の驚愕に見舞われた。
塔の内部は、塔の外見を更に上回る程広大だった。
螺旋状に続く大階段が何処までも上へ上へと延びており、その要所要所で各階層へと繋がる通路が設置されている。
薄暗さなどは全く感じない。見上げても終わりが見えないほど遥上空から虹彩が降り注ぎ、空間全体がまるで晴れた昼下がりの如き明るさを保っていた。
そしてなんと、大階段の中心の柱は全て本棚だった。どの段もぎっしりと革の背表紙や巻物で埋められて、本好きやアンティーク愛好家が見たら発狂ものの蔵書量であることが窺える。私もちょっと興奮気味かもしれない。その上更に。
「! 本が…」
驚いた。
誰も触っていないのに、壁の本が時折すっと引き抜かれたり差し戻されたりして宙を飛び交っている。それらを視線で辿れば、階段上にいる魔法士の手元や各フロアの扉の奥に向かっていた。
多分、物を呼び寄せたり元の場所へ戻す類の魔法なのだろうと推察する。
これだけの蔵書量の中から一々目的の本を探さなくても済むというのは、作業効率の上昇だけでなく書物の保全の意味でも大いなる貢献だろう。
ああでも、保全と考えてよくよく観察すれば、本棚と宙を飛び交う書物から何やら魔法の気配がするから、もしかしたら破損防止か何かの魔法も掛かっているかもしれない。
一つに気が付くと他の魔法にも気が付くもので、「よくよく見たらあんなところに、あああんな場所にも!」みたいな感じで、次々と興味深い発見があった。
何だこの場所。
歩いてるだけで楽しい!!
「……お嬢様」
「はっ」
カサーラにそっと呼ばれ、我に返る。表面上抑えていたつもりでも、いつも私を観ているカサーラには興奮気味だったのがバレていたらしい。
……けほん。落ち着こう、純粋に楽しんでる場合じゃなかった。私には重要な任務があるんだった。
目線で大丈夫かと聞かれ、落ち着きを取り戻した私はカサーラに小さく頷きを返した。なんか若干呆れた気配がサムの方から漂ってきている気がしなくもないけど、この際無視しよう。ふんっ。
私達はそれらの横を通りながら、建物の上へと移動することとなった。といっても、どうやら徒歩ではないみたい。私達が案内されたのは。
「さあ、こちらへどうぞ」
「これは……」
いや。
もう何を見ても驚かないぞと思っていたのに、こんなものを見たらそうも言っていられない。
自分でも口の端が引き攣っている気がするけど、取り繕えているだろうか。
「エレベ……昇降機ですか」
「おや、よくお分かりですな。まさしく、これは昇降機という魔道具でして。魔塔内は広大ですので、これで移動を簡略化するのですよ。それにしても流石ですな、これをご存知とは。国内でこれを使用しているのはこの場所だけなのですが」
───おっとぉ?
あら。あらららら。まずい。
前世でお馴染みのエレベーターがいきなりデーン!!と効果音付きで出現したせいで、うっかり言い当ててしまった。
この反応は、魔塔外では殆ど見掛けないものを知っていたから、知識の出処を訝しんでいる感じだろう。どうにか誤魔化さなければ。うーん、、。
「ええ、きっと、なにかの書物で読んだのですわ。私、いつも書物を読み漁っているので」
焦っていたせいか、実に月並みな言い訳しか出て来ない。しかもなんだ、"読み漁る"って。令嬢の使う言葉じゃないな。
やってしまった感に、貼り付けた笑顔が自然と深まる。しかし、聞いてきた男はさして疑問を抱いた様子もなく頷いていた。
「本がお好きなのですか? それならばこの場所は天国ですぞ。他では見られぬ文献の数々が魔塔設立時より集められております故」
「そのようですわね。私も是非読んでみたいわ」
「ははは。貴女が魔塔に属する事になれば、お読み頂けるかと思いますよ」
危っぶない、セーフっ!
どうにか誤魔化された(?)みたいだ。
皆で昇降機もといエレベーターに乗り込みながら、私はこれ幸いと話を逸らして会話を続けることにした。
「私が魔塔の一員に? でも、魔塔関係者は魔法使いとして優秀な者しかなれないと聞きますわ。私になれるのかしら」
「謙遜せずとも、貴女はその幼さで魔法界の謎を一つ解明したのですから、もっと誇りにお思いなさい。貴女が我らの仲間になれば、きっと長もお喜びになることでしょう」
ふむ。一見上から目線な物言いに聞こえるけれど、多分これは彼らなりの賛辞なのだろう。
年齢差や身分差よりも、如何に魔力が高く魔法に精通しているかに重きを置いた発言なのだとすれば、魔塔関係者とはつくづく魔法至上主義の集まりなのだなぁと思う。まぁ分かりやすくていいか。
昇降機の中はなかなか広く、また外の景色が見えるようになっていた。前世のエレベーターと違う所は、中の壁側は座れるようになっている事だろう。
私と案内の男が着席し、ジルベール達は少し離れて控えている。
因みに、昇降機は殆ど前世のエレベーターと同じような操作方法で動くらしい。ただ、ボタンの代わりに白く滑らかな石の操作盤のようなものが取り付けられており、それで動かすみたいだ。
恐らくこれらの仕組みも、魔塔の一員になれば詳しく教えてくれるのだろう。
「そういえば、この塔は設立当初からこのように屋内にあったんですの? 建物の中に建物があるなんて、仕組みが気になるところですけれど」
「本来この塔は、魔塔が設立されてより暫くはちゃんと外にあったのですよ。ですが、色々な問題が相次いで起こりましてね。今では建物の内部に本部が置かれるようになったというわけです」
「侵入者避けみたいなものかしら」
「まぁ、そんなところですな」
私が相槌を打つ間も、昇降機は静かに動き続けている。景色がほぼ変わらないので、今どの辺にいるのかは分からなかった。ただ、見える景色がかなりのスピードで動いている事から察するに、車並みの速さはありそうだ。
男の説明は続く。
「今では許可のある者以外の侵入を阻止する技も見出され、その心配は限りなく減ったのですがね。……っと。ああ、着いたようですな。足元にお気を付けて」
気が付くと、昇降機が停止していた。あまりにも静かに動くものだから、止まったことに直ぐに気が付かなかった。
入ってきたのと同じ場所が開いて、先に男が降りる。
私たちが降りた場所からは塔の中心に続く通路と円状の踊り場があり、踊り場からは更に上と下とに階段が伸びていた。
ふと思い立って、手摺りから今どのくらいの場所にいるのかを確認する為、眼下を見下ろしてみた。
……。
軽く、三秒前の自分の行動を後悔した。
後ずさった私の様子につられて同じ様に下を覗き込んだサムとカサーラからは、周りに聞こえない程度ではあるものの小さな悲鳴が漏れる。
有り得ないくらい高い。
もう、三階層下あたりからが何にも見えない。いや明るいので見えることには見えるのだけれど、遠すぎてぼやけている。
そういえば、昇降機の外の景色と乗っている時間からしてかなり掛かるなーなどと呑気に思っていたけれど。まさかこんなに高いとは思わないじゃないか。
絶句している私に、案内の男が声を掛けてきた。
「大丈夫ですかな? かなり高いので驚かれたでしょう」
「ええ、少し。それにしても、この中心の螺旋階段はどこまで続いているか際限が見えませんね。あの昇降機がなければ、昇り降りが不便そうですわ」
「ああ、この大階段は殆ど飾りの様なものですな。踊り場と踊り場を繋ぐくらいの役目しかなしておりませんよ。各階への移動はもっぱら移動の魔法陣や、フロア奥の階段ですよ。貴女はまだ貴族院にて魔力制御を行う前ですから、移動の魔法陣では魔力酔いを起こしてしまいます。ですので、今回はあの昇降機を利用しているのですよ」
成程。道理で、階段や昇降機を利用している人が少ないと思ったんだ。魔法使いは殆ど移動の魔法陣を使うので体力がないという話を師匠から聞いたことがあったが、そういう事か。
因みに、空間移動系の魔法は個人で使用するにはかなり魔力を消費しなければならないらしく、その為大体は移動の魔法陣を部屋などに固定で設置して使うというのが常識らしい。
それに、移動の魔法陣は設置する費用が尋常ではない程高く、それ故に移動の魔法陣を家に設置出来るのは高位貴族だけらしい。
そんな代物を乗用遣いするこの魔塔の人達とは、まったくどれ程稼いでいるというのだろう。などと、少々場違いな感想が浮かんだ。
予想外の事に驚きつつ昇降機のあるフロアから移動して案内された先には、公爵邸でもお馴染みの応接室の様な場所があった。
とは言っても、応接用テーブルと椅子があるだけで、他は何もない部屋である。けれども、先程見た驚きの景色の高低差と空間の広さからすれば、今いるこの場所の狭さは寧ろ落ち着く感じですらある。まるでジェットコースターが終わって漸く地に足を着けた時のような安定感、というか。
「この後は貴女の魔力と適性についてお調べする用意が御座いますので、今暫くこの部屋にてお待ちください。ああそれと、念の為申し上げておきますが。貴族院に行かれる前のレリノレア嬢はまだ魔力登録がされておりませんので、あまり部屋からお出にならないようなさるが宜しいかと。魔塔内で迷われても探索が困難ですので。では、また後ほど」
私達が部屋に入って直ぐに、それまで案内していた男がその様に言って部屋を出ていった。
きっかり三十秒数えて、部屋の周りに私たち以外の気配が一つもないことを確認し、私はずっと立ち上がる。
さてと。
なんやかんやあったけれど、一先ず監視の目がなくなったところで、本来の目的を遂行といこうかしら。
「ああ、つまらないわ。私、もっと色んな魔道具が見られると思ったのに! それに色んな魔法使いの方々に話が聞けるかと思ったのに、こんな場所で待つだけなんてあんまりだわ」
【いよいよ行動開始よ。私はこれから、色々な場所で騒ぎを起こしてくるわね。外に人の気配はないから、今のうちよ】
私はそこそこ大きな声で、カサーラとサムに向かって愚痴を言った……風を装って目線と仕草で会話を始めた。
カサーラとサムも、顔を見合せて私をなだめにかかった……風の演技をする。
「レリノレア様、落ち着かれなさいませ。どこで誰が聞いているとも限りませんよ」
【レイリアン様、お気を付けて。どうやら盗聴魔法が仕掛けられています】
「その通りですよ、レリノレア様。お気持ちは分かりますが、どうぞ、座って大人しくなさっていて下さいませ」
【家具や照明に細工などはしていないみたいですわ。部屋の中に潜んでいる者もおりません】
二人は酷く落ち着いた声で、如何にも癇癪を起こした主人を宥めているという風に声を張上げている。この内容だけ聞けば、間違いなくそのように勘違いするだろう。
実際は私は癇癪を起こすどころか壁に耳を当てて外の音を聞いているし、サムもカサーラも似た様な状態なのだが。
───それにしても、盗聴魔法か。事前に合図を考えておいてよかったわ。このまま取り繕ってた方が良さそうね。
サムは私従きの侍従になる前は、養父様の所で諜報をしていた公爵家の隠密だ。その彼が言うのだから、この部屋に盗聴魔法が仕掛けられているのは間違いない。
といっても、魔法の権威であるこの場所ではどんな魔法が仕掛けられているか分からなかったものだから、事前に身内だけで理解出来る合図や言い回しを考えておいている。
私はゆっくりと一度瞬きをして、更に大きな声を上げた。
「こんな事なら家で魔法書を読んでいた方が良かったわ。しかも、迷子になっても探せないですって。失礼しちゃうわ!」
【事前打ち合わせの通り、皆は待機していて頂戴。撹乱は任せたわね!】
「「レリノレア様……」」
【了解致しました】
頭を下げて見送るサム達を部屋に残し、私はそっと扉を閉めた。そして改めて今からやるべき事を脳内で繰り返しつつ、そっと廊下を歩き出す。
──さぁてと。今のところは、予定通りにことが進んでるわね。問題なく魔塔内に入り込めたわ。レン様も今頃この魔塔内のどこかでしょうし、最初の関門は突破、っと。
レン様が魔塔内を調査する間、私がレリノレアとして魔塔関係者の目を引き付けるというのが、今回の大まかな作戦だ。
本来魔塔の出入りには、魔道具の出入国管理時と同様どんな人間が出入りしたかを感知する魔法が掛けられている為、関係者として登録のない魔力は尽く発見されてしまう。
よって通常は魔塔は関係者以外の立ち入りが許可されない場所となっていて、いかに王家の影といえども全く感知されずに侵入するのは難しいという事らしい。
そこで王太子殿下が私に依頼したのが、囮の役目だ。
つまり、関係者でない私が招かれて魔塔に入る時ならば、隠密に長けた影を潜入させるのに相応しい絶好の機会となりうる。そういう事だ。
丁度私は、魔塔から幾度となく招待状を受け取っていた。今まで謎とされていたセルゲイの様な両親の髪色を受け継がない子供についての謎を解明した、魔法への興味を人並み以上持つ将来有望なお披露目前の子供としてである。
よって、魔法好きの令嬢レリノレアが魔塔を訪問したとしても怪しむ者はいないし、その令嬢がもっと魔塔内部を探索してみたいという好奇心から案内された応接室を抜け出して迷子になったとしても、さほど訝しまれることはない。
そうして、迷子になった私を魔塔の人々が捜索している間に、レン様が件の人物を探すという寸法だ。
ちょっぴりお転婆が過ぎる令嬢という印象がつこうが、そもそもレリノレアは架空の人物だし、その後ろ盾はハンスベルク公爵家だ。文句などいえるはずもないし。
尤も、魔塔内では身分差より魔力の方が重要視されているみたいだけれども、その点も問題ないだろう。
私の魔力量は養父様が出張ってくるレベルの多さで、私が今こんな所にいる理由だ。伊達に公爵家と王族の血を引いているわけではないが、そんじょそこらの魔法使いには全く引けを取らないと思う。
──今まで私より圧倒的に魔力量が多かったのなんて、養父様と王弟殿下、それに師匠くらいだったかしら。養母様や叔父様や王太子殿下は、一応私よりは高いと思うけど、怪しいわね。お義兄様は多分、私より少ないだろうし。……ああ、そういえば。レン様はさっぱり分からないのよね。あの人は色々謎だわ。
実の所、私を上回る圧倒的な魔力差がある人には片手で数えるくらいしか会ったことがない。お義兄様ですら今の私より少ないのだ。
王太子殿下は姿を偽って会っていた時は若干私より多いかな…くらいだが、本来の姿の時はもう少し多かった気がする。
それだけ上手に魔力を制御しているという事だろうが、それでも師匠や養父様、それに1度だけ会った王弟殿下の抑えていて尚滲み出る魔力量には及ばない。というのが、私の見立てである。
因みにレン様に関しては、よく分からないとしか表現出来ない。王家の影としての特徴なのか、王太子殿下以上に完璧に気配と魔力とを隠しているのだと思う。機会があったら一度手合わせ願いたい程の実力者であることはまず間違いない。
とはいえ、良い事を聞いた。私の魔力を辿られることはないらしい。
部屋を出た男がどのくらいで戻ってくるかは分からないが、今歩いている場所にも人の気配は感じない事からして、もう暫くはかかりそうだ。これは撹乱に専念出来そうである。
「よし。まずは、ここよりもっと上の階に通じる場所がないか調べてみましょ。塔の中心の大階段以外にも、各フロア奥に階段があるって話だったものね。ついでに、私は私で色々調べていけばいいわ」
そう小さく呟いて、私は魔力と気配とを改めて消しつつ探索を開始した。




