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032 極めて有用な存在【シリクス視点】

風が大分寒くなって来ました。

皆様、体調には十分ご注意下さい。

 ああ。

 不思議だ。



「それはどの程度の拘束力をもつお言葉でしょうか」


「依頼と言ったが、命令と言い換えてもよい」


「理解しました」



 この反応速度。

 この返答。


 場の雰囲気を察知し、瞬時に正された居住まい。

 それに伴い、私が述べた「依頼」という言葉に食いついてくる鋭さ。

 その真意の程度を知る所まで気が回る聡明さ。



「この件にさしあたっての報酬と、それに伴う危険手当を求めます」



 敢えて「命令」に近いものと知った上で、改めて「依頼」として受け、報酬の更に上まできっちり要求する抜け目のなさ。

「危険手当」と言ったのは、ただ「依頼」として引き受けなければならない事に、どの程度の無茶が必要か知る意味合いもあるだろう。


 こちらが言うよりも前に、そこに気が付く危機感の高さに内心笑みを浮かべ、私は元々用意するつもりだったたものに、少しばかり上乗せした金額を提示した。



「許可しよう。危険手当は事前に、報酬は三分の一を前払いでどうか」


「否やはございません。私では分からぬ場所もあるかと」



 報酬の払い方で、「依頼」の内容がある程度予測できたのか、場所まで探りを入れてくる頭の回転の速さ。

 これには、事前に用意していた内容を告げる。



「問題ない。案内と護衛はつけよう。他には」


「紙面で残す事は」


「不可。約束は守る」


「ならば、これ以上は何も」



 ──ああ……。


 私は、思わず口の端が上がりそうになるのを、ぐっと堪える。


 テルカにはそれが分かったのだろう。

 やや後ろに控えた場所から、心配そうに公爵子息を見詰めているのが気配で感じられた。


 テルカの心配は、私がこの公爵子息を気に入って、無茶をさせないかが心配なのかもしれない。


 尤も、心配したところで私が考えを変えないことも、自分がそもそも彼と引き合わせたからだということも分かっているからか、それ以上何がすることはないようだが。



「結構。それでは、詳しい説明といこう」



 本当に。

 何から何まで、不思議な存在だ。

 レイリアン公爵子息、君は一体、何者なのだろうか。



 ◆◆◆◇◇◇◆◆◆



「はぁ。なんというか、ぶっ飛んでますね」



 ともすると不敬すれすれといった感嘆詞が公爵子息の口から零れ、それにテルカが無言で同意の頷きを返している。


 彼が半ば呆れた様な、畏れ多いような表情で見ているのは、私が彼に提示した、道案内兼護衛である男だ。


 彼は端的に言えば、王家の影の一人である。

 影の中では尤も若輩だが、その実力は上から数える方が早い。

 あと数年経てば、組織の上に立つだろうと目されている程の男を、私は公爵子息の護衛にした。


 それだけ、私が令息にかける期待と今回の依頼は重要だということを、テルカは正しく理解して、半分気の毒そうな目で彼と令息を交互に見ている。



「この方は何とお呼びすれば?」



 公爵子息は半分諦めたような顔で、紹介された男と私を見比べた。


 質問を受け、私は視線を男に写す。

 影の一員であるその男は、少しも表情を変えずに視線だけを伏せた。

 尤も、表情を読むには彼の顔を覆っている布を外さなければならないのだが。



 私は少し思案して、このように説明する事にした。



「レン、と。そう呼ぶといい」




 ◇◆◆◆◇◆◇




「シル兄上、本気ですか」


 公爵家から帰宅する馬車の中で、やや高い位置から呆れた様な声が投げられる。

 公爵子息を説得するにあたり一時解いた認識阻害は、馬車に乗る前に掛け直している。その為、今の私はテルカの半分の高さしかない。



「何がだ」

「レイのことですよ! 何もレイに頼む必要はなかったろって話です。シル兄上直属の誰かにやらせた方が、どう考えたって確実でしょうが!」



 私が何故公爵子息に頼むのかを分かっているはずなのに、それでもわざわざ聞いてくるほど、彼はテルカの中で大きな存在らしい。


「分かっているはずだ、テルカ。私が使えるものはなんでも使う性格だということを」


「そういう事じゃないですから!」


 雑なのだか丁寧なのだか分からない、いつも通りの騎士団特有の言葉遣いに戻ったテルカに嘆息しつつ、私は窓の外を見た。

 テルカにだけ聴こえる声量で、静かに続ける。



「この前の襲撃班達が、尋問中に自死したのは知っているな。丁度、私の呪いが解けたあたりの頃だったが」


「それは、はい。俺の所にも話は来てますが、自白妨害の暗示だったらしいと聞きましたよ。何処から送られてきたかの見当もつかないと。7年くらい前から増えてきた集団の一味という話でしたか」



 テルカの所属する騎士団は、"影"の表の顔だ。かの騎士団のうち、"影"に所属する団員は普段、それを仲間に絶対に知られぬようにしている。


 尤も、仮に知ってしまったとして、消されるということは無い。数日間の記憶とさよならするだけで済む。しかし、例え拷問されたとしても、知らない事は喋りようがない。そういう為の措置である。


 テルカ自身も、王族として"影"の表を担う騎士団が存在するのを知ってはいても、自身の所属する所がそうとは知らない。

 公爵子息と二人きりで離宮に乗り込んできた時も、足止めしていたのが、普段何食わぬ顔で一緒に過ごしている仕事仲間達だとは考えもしていなかったはずだ。


 けれども、騎士団そのものが"影"の隠れ蓑として存在するから、離宮襲撃の報もその後の尋問の進捗も、ある程度団内に上るのだろう。裏を返せば、"影"だけでは数が足りぬという苦い実情がある。


 尤も、テルカの有する情報がカラム叔父上伝いなのか、騎士団伝いなのかは知らないが。



「加えて、隣国から流れてきた奴隷商人の動きが妙だと、叔父上が話されていた。ここ数年で貴族社会に浸透した極端な思想集団の中にも、彼らと繋がりのある人物が動き回っているという噂がある。まだ確証がないが、大元が同じの可能性は極めて高い」



 私が離宮にいる間、外の事はカラム叔父上と"影"達が集めてくれてはいたが、その詳細を知るにはあまりにも手数が足りなかった。


 情報収集としてだけならば騎士団でも事足りる。が、それが機密事項を含むものであれば彼らは殆ど使い物にならない。




 7年ほど前より、国内に侵入を許してしまった隣国からの毒は、この数年の間に規模を増やし、我が国の民を攫っては密かに他国へと売り捌いていた。


 その実態は霞のようにとらえどころがなく、拠点の総実数すら私達は掴めなかった。辛うじて得た情報で一つ拠点を潰したとしても、奴らにこれといった打撃を与える事は叶わず、いつの間にか立ち所に甦る。

 忌々しさに歯ぎしりするしかなかったが、奴らのせいで"影"の多くの人員が割かれる羽目になった。



 ところがだ。



 二年ほど前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 どのような理由かは不明。

 単なる縄張り闘いという見立てもできようが、それまで静観を決め込んでいたはずのその組織は、突然、事を起こした。同じく一掃に向かっていた騎士団に先んじて、殲滅を行ったのだ。


 カラム叔父上達が到着した頃には、拠点は(ことごと)く壊滅し、全て無人となっていたと聞く。その凄惨さは、仮に拠点を立て直すとしても数年は不可能だろうとの見立てだ。

 その上更に、彼らは自分達が行ったという痕跡すら残さなかった。


 騎士団並、もしくはその上をいく機動力と数、実力を兼ね備えた、本来ならば騎士団とは相反するはずの、その組織。



 ──我が国内に"影"と同程度の集団がいる。



 その事実に、カラム叔父上は珍しく上機嫌な様子で、詳細の手紙を寄越して来た。


 そして、時同じくして保護された子供がいる。



「不思議だと思わないか。何故、それまで静観を決め込んでいた組織が、何の前触れもなく、突然害虫駆除に参戦したのか。聞く所に拠れば、レイリアン公爵子息は公爵に確保される前、孤児院にいたそうだぞ? 加えて、害虫駆除を指示した人物は、彼の知己だと言うじゃないか」


「新しい玩具を見つけた、みたいなノリで言うこっちゃねえですよ、それ。第一、あんまり虐めないでやって下さいよ? あいつを泣かせたら、シル兄上でも怒りますかんね、俺」



 テルカは、自身が懇意にする存在が孤児院出身と聞いても、大して反応を示さなかった。

 叔父上から事前に聞いていたのか、単に興味がないのか。

 どちらにせよ、出自など瑣末事、テルカの興味を引く理由にはならないのだろう。それだけ公爵子息本人が、テルカの心に響く何かを持っているという事だ。


 これも、私には不思議な事なのだがな。


 私の知る限り、テルカはかなりの人間不信だ。簡単には人を信用しないし、懐にも入れない。それこそ、騎士団の連中や極親しい身内以外は。


 幼少の頃、日常的に周囲から認識されない日々を送っていたテルカは、幼心に小さくは無い傷を負った。



 王宮では、様々な人間が闊歩している。勿論、その誰もが腹に一物を抱えた貴族連中だ。

 そんな集団に、テルカは存在を知られぬまま接し続けられたのだ。

 さぞかし、聞きたくない事も見たくないものも山程、目の当たりにしたことだろう。



 まぁ、可愛らしい程人間不信な子供だった。



 色々あって、こんな私を実の兄同様に慕う様になったのには笑ったが。

 そんなテルカが気を許した()()だ。気にならないはずがあるまい。


 それに。


 奴隷商人同様、いつからか我が国の貴族社会に蔓延るようになった、極端な純血思想を広める思想集団の件。先日下っ端が、侯爵家での祝いの場で魔法使用という騒ぎを起こしたとして、牢に入れられていたと記憶している。


 騎士団が事情聴取した際、某伯爵の弟が述べた供述には侯爵家五男と婚約したとされる、とある貴族令嬢の話が上がった。

 なんでもその令嬢は、ハンスベルク縁の高貴な令嬢として姿を現し、(ことごと)く婚約話を突っ撥ねていた五男との婚約に漕ぎ着けたばかりか、長年不明とされていた『家の色を受け継がぬ子供』の出生の秘密の発見者だという。


 あの頭の硬い"魔塔"連中ですら、最近はその話ばかりしているとオルカに聞いた時は、私も思わず笑ったものだったが……。



 貴族社会に激震を走らせた、謎の令嬢。

 だが、かの令嬢の噂は驚く程に少ない。


 今の所、侯爵家五男の婚約者らしいという話と、貴族社会に貢献したという話以外、どの家の出自なのかすら話にあがらないというのは、些かおかしい。あまりにも不自然すぎる。


 まるで、誰かが情報を遮断しているかのようだ。


 それに。

 レイリアン公爵子息。彼の噂も驚く程にないのは、果たして偶然か?



 いや。

 私はこの二人を、同一人物として確信している。


 だが、だとするならば残る疑問は、一つ。

 何故、令嬢として姿を見せる必要があったのか、だ。



 思いつくのは、公爵令息として、あまり目立てぬ訳があるということ。

 そうして考え、興味が湧き、実際に会って──今日で会うのは三度目だが──そんな疑問は直ぐに解明した。




 果たして。あれは、あの聡明さは、とても七つになる子供とは思えなかった。

 本人はあれで努力し、隠しているつもりなのだろうが、はっきり言って無意味な奮闘としか思えない。



 あれは、()()()()()

 だが、私の様に姿を偽っているのではない。しかし、断言出来る。レイリアンという存在は、外見のそれと中身が全く異なっていると。



 とはいえ、彼がどの様な存在かというのは、最早問題ではない。どの派閥、出生、家の柵を持つかは、どうでも良い。

 彼自身が有用か、否か。


 私達が頭を悩ませてきた大きな問題を、直接であれ間接であれ二つ先送りにし、更にもう一つ根本から解決したのだから、答えは明らかだ。



 これで我らには、時間が出来た。



「奴隷商人と思想集団の扇動者は隣国より流れてきたと言う話だ。だが、先日の侯爵家での騒ぎに使用されたとする魔道具。お前の話では、その意匠は蛇だったそうだな?」


 外に向けていた視線をテルカに戻すと、やや首を傾げたテルカが一つ頷きを返す。


「レイの記憶通りなら、そのはずですよ」

「やはりな」



 魔道具の製作には、国の許可が必要となる。

 その昔、己で制作したものを高値で売りさばき、魔道具の供給バランスを崩した者がいた事や、魔道具製作の可能な者をさらって監禁し、不当な環境において大量に作らせ、利益を得ていた者がいた事で、国際的にそのような取り決めがなされた。


 製作者の保護と供給バランスの安定化、魔石の売買の流れを一定化させるなど様々な要因が絡み、以降魔道具製作には国の許可が必要となり、許可を受けた魔道具はそうと分かるよう印が刻まれる様になった。


 大体の場合、魔道具のどこかに許可を受けた国の意匠を施すというものがある。

 我が国ならば、獅子の紋。隣国ならば、馬だ。


 犯罪に使われた魔道具があり、それが密輸入品だった場合、使用者だけでなく、売った者や許可を出した国にまで責任が及ぶこともある。

 国の名を騙って魔道具製作がなされぬ様、意匠の盗用には厳しい罰が下されるのも、魔道具を作るものの常識だ。


 今回使用されたのは、蛇の意匠の腕輪。

 蛇の意匠は、隣国では使われていない。



「隣国なら馬のはずですよね。蛇といや、アースガルド帝国がそうだったような?」


 テルカも気が付いていた様だ。

 私は頷いて、テルカに肯定を示した。


「そうだ。北東の帝国アースガルド皇帝は、大蛇の意匠を使うときく。我が国と国交はない為知る者は少ないが、同じ意匠がかの国の魔道具には施されているはずだ」

「でも、レイが言ってたのは、頭が沢山あったって話なんですよ? 帝国の意匠を無断で使ったとして、その上勝手に意匠を変えたなんて知られたら、どんな報復が待ってるか考えなかったのかねぇ……」


 呆れた様に言うテルカに、私は一つだけ付け足した。


「帝国の意匠を無断で使用した者がどのような末路を辿るか、歴史を見れば明らかだろう。あそこの国は代々気位が高く、傲慢で戦好きの皇帝がその椅子に座ると聞く。危ない橋を渡る国はいるまい」


「はぁ、じゃあ、帝国皇室関係者が無断で作成したか売り捌いたかしたって事ですか」

「だろうな」

「はぁ……通りで親父が楽しそうな訳だ」



 私の予想とそう違わない事を、テルカが溜息とともに結論づける。カラム叔父上もとっくにお気付きだったようだ。


 だが、まだ一つ残る問題がある。



「問題は、誰がその魔道具の」

「持ち込みを許可したか、ですか。……あっ!?」



 我が国では、魔道具の輸出も輸入も厳しく取り締まっている。それはとある機関に一任され、国境を越えて持ち出された或いは持ち込まれた魔道具は全て、その機関に報告が行くようになっている。

 例えそれが、密入国した者の持ち物でもだ。



 国内で件の魔道具が作製されたという報告はない。そして、持ち込まれたという報告も、ない。

 その機関というのが……。


 テルカは何かに気がついた様子で、苦い顔をしている。私はある程度答えを予想しつつ、尋ねた。



「件の魔道具について、"魔塔"はなんと?」

「……証拠隠滅された物を、解析する事は難しい。"魔塔"は手を貸せぬ、と」

「決まりだな」

「あんのクソジジイ共がっ!!」



 予想通りの回答に私が笑うと、髪の毛をガシガシと掻きむしっていたテルカは、睨み付けるようにしてこちらを見た。



「……そうか、そういう事ですか。それで、レイが必要なんですか!」


 咎めるようなテルカの眼差しを、私は一笑に付した。私は、使えるものは何であれ使う主義だ。たとえそれが、自分の恩人であっても。


 しかし私も、この短期間で立て続けに成果をあげる程極めて有用な人材を、みすみす逃すつもりは無い。だからこそ、彼が存分にその力を発揮できるよう、私が信用する部下の一人を付けたのだから。



「彼には、"魔塔"に潜入してもらう。その為に、あれを付けたのだから」




 これを機に、我が国の膿は全て炙り出す。


 レイリアン公爵子息。

 表に出て来られぬというのなら、それも良かろう。

 だがその力、我が国の為存分に奮ってもらおうか。










やべえ人に目を付けられてしまったレイリアン。目立たずひっそりの暮らしを送るのは、簡単なことではありません(笑)

さて、お気付きの方も多いでしょう。"魔塔"が魔道具の監視処のはずなのですが、その中には裏切り者がいます。

はてさてレイリアンとその護衛の二人は、無事に裏切り者の存在を探る事が出来るのか!



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読んで下さり、ありがとうございました!

良いね・高評価★★★★★頂けると、作者もとても嬉しいです( * ॑꒳ ॑*)

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