003 アタシはレイ(♂︎)
今回はちょっとしたシリアス回です。
起きてみると、目の前に金色の瞳があった。
何だろうと考える間もなく、瞳の主が下がってくれたので、よっこらせと上体を起こす。
──ああ、やっぱり夢じゃないのね。私、生まれ変わったんだわ。
感慨深いものだが、余り深くは考えない。
神様に言ったように、この世界で生きていくと決めたからには馴染む努力をせねばなるまい。
──で? 孤児なのは分かったけど、私の名前ってそもそも何だったかしら? さっき呼ばれてた気もするけど、神様の話が衝撃すぎて覚えちゃいないわ。あ、この子に聞けばわかるかしら?
部屋の中には、自分と目の前にいる男の子のふたりだけのようだ。
先程から何だか驚いた顔で固まっていることが気にかかりはするが、まぁ問題ないだろう。
「誰?」
「………………。は?」
直球で聞きすぎたようだ。いきなり「誰?」は不味かったらしい。答えてもらえなかった。
──死ぬ前に子供と話したのなんて、いつ以来かしら? まだ結婚もしてなかったし。弟は8歳差だったけど、もうお互い大人だったからなぁ。
ぶっきらぼうになってしまうのはご愛嬌よね。
「ねぇちょっと、聞こえてる? あんた誰よ。あんたって言い方はあれかしら、でも子供同士だし別にいいわよね? それで、誰なの? ああそうだわ、ついでにあたしの名前も教えて頂戴ね」
「は?」
「は、しか言えないの。あ、喋れないのかしら。いえ、さっきは話してたはずよね? 何なのかしら。あたしってもしかして、虐められてたりするのかしら。ちょっとどうしましょう。記憶がすっぽり抜けてて分からないわ。もう! あの神様ったら怠慢すぎよ! 記憶が無くなるなんて、早速困っちゃうじゃない!」
話していて気が付いたのだが、どうも前世の記憶が戻る以前の記憶がさっぱり残っていないようなのだ。
これはマズい。
美しいは正義とはいえ、この年頃の子供は“自分とは違う”に敏感なはずだ。
あまり怪しまれていては、孤児院での生活に差し障るかもしれない。
かといって、記憶がないのでは対処も何も出来ないとおもうが、どうしろというのか。
「ねぇ。教えて欲しいんだけど?」
「ッ?!」
自分のことを他人に聞くとはなんとも情けないことだが、この際致し方ない。恥を忍んで聞いてみるが、なんとしたことだろう。
うんともすんとも返事を返してくれない。
そればかりか、不機嫌そうな顔でジーーっと食い入るように見つめられている。
やはり、訝しまれているのだろうか。
──にしてもこの子、私とは別ジャンルの美形になりそうだわ。砂漠のシーフみたいな? 肌の浅黒い感じとか髪が黒髪なのに瞳が金色な所とか。全体的に堀も深いし、骨格もがっしりしてるし。孤児院にいるからか痩せているけど、筋肉もそれなりについているわね。
互いに見つめ合っていると、不意に幼い子供の声が聞こえた。
「レ、レイお兄ちゃん!? 起きたの!?」
「ハッ?! ち、近ぇよ! 離れろ!」
反射的に声のした方を見れば、グイッと押しのけられてしまう。
痛いではないか。
──ん? もしかして私、レイっていう名前なのかしら?
思い返してみれば、さっきもほかの子供やシスターとやらから「レイ」と呼ばれていた気もする。
確認しようとしてたった今部屋に入ってきた子供を見やると、その子供は今度は心配そうな顔でシーフ風の子供と私とを交互に見ていた。「アンフェルお兄ちゃん…せっかくレイお兄ちゃん起きたのに、どうしちゃったの……?」とオロオロしている。
つられて視線をやれば、何やら頭を抱えてうめいているシーフ風の男の子。
──つまり、こっちがアンフェルって事か。にしても……。
「なんかよく分からないけど、思ってることが口から全部で出んのよねアンタ。面白いけど……」
「なっっっ?!?!?!?!」
自分では気が付いていなかったようだ。私に指摘されて真っ赤になっているのを見るに、なかなか可愛いところがある。
だから、つい、笑ってしまった。
「フッ。……可愛いわね?」
「ッ〜〜〜〜〜?!?!?!」
アンフェルという子供は、元々赤かった顔をこれ以上ないくらい真っ赤にして、眉間に盛大な皺を作ったまま胸元を押さえてしまった。
──やばっ…、ちょっとからかいすぎたかしら。悪いことしちゃったわね。
子供というのは、特に男の子というのは繊細な生き物である。女の子の方が感受性豊かなのだが、精神年齢が早熟な分、どっしりと構えられるものだ。よくいう“好きな子いじめ”をするような見た目も中身もお子様な男子たちの傍ら、女子は逞しく成長していくのである。
男という生き物はいつまで経っても精神面での成長が見受けられな──。
そこまで思考し、慌てて首を振った。
──いけないいけない。私の悪い癖よね。どうも、“男”に関して狭量になってしまうのよ。ま、原因は分かってるんだけど……。
原因が頭を過ぎりそうになり、慌てて打ち消す。
──やめやめ! 今世では理想の男に私がなれば良いのよ! だから、今までの事は一端横へ置いてまっさらな自分になるの! 男とはいえまだ子供……それも親のいない子供にアンタなんて呼びつけたりするのはいけなかったわね。反省しなくちゃ。
改めて決意を固め、表情を引き締める。
小さい男の子に、怖がらせないよう優しく微笑みながら質問する。
「ねえ、ボク」
「え? ぼ、僕のこと? 僕はマークだよ、レイお兄ちゃん。あたまは大丈夫なの? もう痛くない?」
「頭?」
マークという男の子はオドオドしながらも精一杯心配した様子で伝えようとしている。
が、しかし。
「…ごめんなさいね、マーク。あたし、よく覚えてないのよ。自分のこともあなたのことも、何があったのかも。教えてもらえるかしら」
「お、覚えてないの?! うそだよねっ?! みんなのこと忘れちゃったの!?」
分かりやすく絶望したようにうろたえ始めたマークを見て、心が痛む。
なんと答えようか迷っていると、後ろから「おい」と呼ばれた。
振り返ると、アンフェルとかいう子供が不機嫌極まりない顔で腕を組み、仁王立ちでこちらを見下ろしていた。
「本当なのか」
「え?」
“は”以外も話せるんじゃないのと思っていると、彼の眉間の皺が更に深くなった。
「だから、本当に何も覚えてないのかって聞いてんだよ。嘘じゃねぇのか」
「……嘘じゃないわ。本当に、分からないのよ。あんt……あなたは、アンフェルというの?」
「……チッ。嘘じゃねぇのかよ…。………クソッ!」
舌打ちされたかと思えば、何やら口の中でモゴモゴ言いながら荒々しく部屋を出て行ってしまう。
「何なの? シカト?」
あんまりな態度に呆然としていると、マークが恐る恐る話し出す。
「レイお兄ちゃんは、あの、あんまり、皆とおしゃべりしなかったんだ。だから、アンフェルお兄ちゃんがレイお兄ちゃんのこと心配してたんだけど………その…」
「心配? あれが?」
嫌いの間違いじゃないか?
疑わしい目で彼の出て行った扉を見ているのが分かったのだろう。マークは慌てたように彼の弁護を始めた。
「あ、あのねアンフェルお兄ちゃんを嫌わないであげて! ち、ちょっと怖いし、ぶっきらぼうだし、口も悪いけどね…ほ、ほんとは優しいんだよ! だから、本当のレイお兄ちゃんのこと知ったら、仲良くなれるって、ぼく……だから…ひっく…」
次第に泣き出したマークをヨシヨシとなだめながら聞いた話をまとめると。
どうやら私は、
一、かなり最近になってからこの孤児院に来たこと
二、全くの無口で誰とも会話らしい会話をしてこなかったこと
三、アンフェルをはじめとした年長組が気にかけていたが、梨の礫だったこと
四、次第に距離を置かれていたのを、アンフェルだけは(彼なりに)気遣っていたらしいこと
五、年少組の子供達には(なぜか)好かれていたこと
六、マークが私とアンフェルの仲を取り持とうとして、失敗したらしいこと
七、遂にキレたアンフェルに腕を捕まれてほんの少し押されたこと
八、抵抗もしなかった私はそのままバランスを崩し、転倒
「で、三日も意識を戻さなくて、漸く目が覚めたと思ったら奇怪千万なことを何やら叫ぶだけ叫んでまた気を失ったと。起きたら起きたで今度は記憶がないと言われ、どうしようとなった今ここというわけなのね」
「ひっく、グスッ……うん。やっぱり、あたまをぶつけたせいなのかな…。ぼくが、じょうずにお兄ちゃんたちを仲直りさせられなかったせい……?」
エグエグと泣きじゃくっている所申し訳ないが、恐らく、違うと思う。
──これ、私の魂が上手く覚醒してなかったせいじゃないかしら。(前世の)記憶が戻る前の私にそれらしい人格形成がみられなかったのって、記憶が戻った後(前世の)性格に引っ張られても不都合がないようにするためだったのかも。でもそう考えると、全く感情らしい感情のなかった私をよく構おうとしたわね、あのアンフェルとかいう子。マークの言うとおり、かなり無愛想だし口も悪そうだけど、本当は優しいってのも、あながち間違いじゃないのかもね。
折角話しかけたり気にかけている相手からうんともすんとも反応が返ってこないのだから、アンフェルのしたことはしょうがないと思う。むしろ、気にくわないからと食事に虫を入れたり、一人だけ掃除を押しつけられたり、ある事ない事好き勝手に噂されたり、このきれいな顔に傷をつけられなかっただけ、なんと健全なことだろう。
──こりゃ、私が百パーセント悪いわ。謝らなきゃね。他の子にも、気分の悪い思いをさせてしまっていたようだし、お詫びしないと。そもそも、新入りなのよね、私。
古今東西、新入りとはいびられるものだが、この場所ではそれがなかった。ならば、今からでも打ち解ける姿を見せねばなるまい。
女が廃る……いや、男が廃るというものだろう。
「よし! そうと決まれお詫び行脚ね! マーク、皆の所へ連れて行ってくれるかしら? 私、遅いかもしれないけど、皆とお友達になりたいの」
「ほ、本当? 許してくれるの?」
「あら、当たり前じゃない。むしろ、謝らないといけないのはあたしの方よ。今まで気にかけていてくれてありがとうね、マーク」
「う、うん! どういたしまして!」
ニコーっと満面の笑顔になったマークを見て、思わずぎゅっと抱きしめてしまう。
なぜだか急に、前世での弟に会いたくなった。
──はぁ。まだ擦れてない幼児のなんて可愛いこと! あの子にもこんな時期があったわね……。
弟が生まれた頃、両親の忙しくて手があかない時はいつも、おんぶひもで弟の世話をしていたのは自分だった。泣き止まないのを必死で歌ったり、くすぐったりしてあやしたりしたあの頃は、ただただ幼い弟の笑った顔が見たくて頑張っていた。周囲の同じ弟持ちの子は弟なんて憎らしいだけだと言っていたが、全くそんなことはなく、小学校高学年に受験を始めるまでは本当に可愛らしかったのだが……。
──いつの間にか、私にはどこで覚えてきたのかもの凄く口が悪くなっちゃって。あの子が第一志望の大学付属K中学に受かってから、私は私で大学生になっていて実家には帰らなかったし。そのまま社会人になったから一人暮らしで急がしかったし……。晩年は年末年始にちょっと顔合わせる程度だったわね。
勿論、弟が自分を嫌ってぞんざいな態度を取っていた訳では無いことは分かっていた。ただ、彼はそういうお年頃で、私は忙しかっただけなのだ。
──それに、アイツのせいで、男全般に会いたくない時期だったせいよ。ちょっと、間が悪かっただけ。
だから、お互いに落ち着いたら、きっとまた、いつか───。
「レイお兄ちゃん? ……泣いてるの?」
「……あなたは優しい子ね、マーク。私は大丈夫よ、泣いてないわ。でもちょっと、お目々にゴミが入ってしまったみたいなの。もう少し、こうしていても良いかしら?」
「うん、良いよ! ぼく、レイお兄ちゃんにギュッてしてもらうの好きだよ。レイお兄ちゃんは暖かいし、良い匂いがするんだ」
「そう……。そうなのね……」
前世では、生まれ変わったら輪廻の輪に戻って、また大切な人と巡り会うのだと思っていた。何度生まれ変わっても、両親や弟、友人達とまた、家族や友達になるのだと。
──それはちょっと、先のことになりそうだわ。
先のことになったとしても、一度結ばれた縁が簡単に切れてしまうことは無いはずだ。信じてさえいれば、再び会える日は絶対に来る。
──柄にも無く感傷的になるのは、これが最初で最後よ……。
だから、目から雫が落ちているのだとしたら……。
ほんのちょっとばかり、目にゴミが入ってしまっただけなのだ。
少しばかり前世を思い出して感傷的な気分のレイ。ちょっとばかり、目にゴミが入ってしまっただけなのです。
次回、アンフェル視点で物語は進みます!
***
読んで下さり、ありがとうございました。
良いね・高評価★★★★★して下さると、作者もとても嬉しいです!